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エレィニアの救世主  作者: Archangel
救世主、『職』に就く
9/13

天は求めずとも人は贄を求める

 聖都エーナテーペ。古くは始祖の家とも呼ばれ、エレナとデイルの子である最初の夫婦が暮らした聖地とされた。魔王統治以降は聖エレナ大聖堂を中心に整備がなされエレナを主神とする天神教団の中心地として、また魔王により建立された大聖堂への巡礼や観光により発展した街である。

 聖都の中心にある聖エレナ大聖堂は長大な中央尖塔そのものを指すことが正式ではあるが、その周りを囲う九本の外苑尖塔とそれらを繋ぐ壁状通路を含めることが一般となっている。外苑尖塔の内五本は護国同盟各盟主国の神官らの執務の場であり官邸としても利用されている。


 中央尖塔のほぼ最上階に置かれた応接間は、引かれた薄手のカーテンでは容赦なく差し込む日の光を遮ることができず煌々と照らされていた。魔術というのは便利なもので、見た目はいかにも暑苦しいこの状況でも快適に過ごせるように空調が施されていた。


「――とはいえ、もう少し厚手のカーテンを引くとかなんとかできないのか? 眩しすぎるんだが」

「太陽はエレナ様でもあるので、本来は薄手のカーテンですら不敬と見なす方もいるのでこれが精一杯なんです。……ああ、でもハル様の鶴の一声で――」

「言葉に気を付けなさい。あなたがそういったことを忠言しなければならない立場なのですよ」


 アリスが冗談半分で言ったことをアマリアがたしなめる。


「天――ん……ハル様も要らぬ禍根の種を蒔かぬためにもそのような権威の使い方は慎んでいただきたいのですが」

「気の置けないお前達の前でくらい文句を言わせてくれ」


 そういうことならと口を尖らせ不承々々納得した風を装ってはいるが頬が微妙に緩んでいる。

 ちなみに「ハル」というのは春彦が親しい者から呼ばれていた愛称で、「天与」と呼ばれるのを嫌い三人にそう呼ぶように命じた呼び方だった。さすがに「様」だけは体面もあるからとアマリアとアリスが頑として譲らなかったので甘受する他なかった。


 ヤヤンは新任の守り手への引き継ぎがあるので太陽の泉に残り、彼女を除く三人で教主アデルに会うためここを訪れたのだが、運悪くアデルが席を外していたためこうして彼女を待っていた。


 差し込む光に赤みがかかりだしたころに漸く扉をノックする音が静かに響く。アリスが小走りに駆けて行き外を覗いてアデルの来訪を告げる。


「おまたせしました。先方に引き留められ中々戻れなかったもので」


 まだ天与の降臨は公にはされていないため気にしない旨を伝えるとアデルは向かいの席に腰を下ろす。


「何はさておきこちらへお越しいただいたのはこれをお渡しする必要があったからです」


 簡単な挨拶の後、彼女は腕時計の化粧箱のようなものを三つ取りだしこちらへと寄越す。

 それを開くと親指の爪ほどの大きさの金属でできた金色の環の中に十字が置かれ、その中心に菱形の透明な宝石が埋め込まれ――アリスがこれは金環十字と呼ばれ、天神教団の徴であると耳打ちしてくる――左右に翼のモチーフが具わる印章が納められていた。


「それは大巡礼の証と言いこの地で大巡礼を行う際に渡されるもので、天神教団の者であることの証となるものです」


 見た目は確かにそれっぽいがどうにも偽造のしやすそうなそれに疑問を抱いているとアデルが続ける。


「それを偽造することは天を欺くことにるため、この世界の者であればやろうという愚かな者はいないはずです。それでも信用できないという者がいたなら、それとペアリングした後であれば、その中央の魔石に魔力を注ぐことでそれを証明するものが浮かぶ仕掛けが施されています。……天与様、右の人差し指をお借りできますか?」


 そう言われ差し出すとチクリと針を刺すような痛みがあり指先に血の玉ができる。それを先の魔石に垂らした後アデルが傷口を押さえると軟らかな光を発し元通りになくなる。


「これで完了です。貴方たちは自分でできますね」


 アマリアらも先のアデルに倣い同じようにペアリングをおこなう。

 それを脇に見ながら渡してきた大巡礼の証への魔力の注ぎ方を説明する。


「人差し指を立てて、他の指を折った右手を魔力の入った水差しに見立ててください。掌の辺りは水の溜まっている部分で水の代わりに魔力が溜まっています。人差し指を注ぎ口と考え一滴垂らすイメージで――お見事です」


 言われるままにイメージしながら魔石に触れると空中に文字が描き出される。


「アリス、読んでくれ」

「はい……あ、こちらに向けてもらえますか?」


 どうやら逆向きだったらしく大巡礼の証の向きを直してやるとアリスが読み上げる。


「この者、当代教主の名に於いて大巡礼の信徒であることを証明し、この者へ害なすもの全てを天敵とみなす。署名、天神教団教主アデル・エーリナ」

「アマリア、一応聞くがおかしなところは?」

「ありません。大巡礼とは天神教団の聖職が大陸に存在する四元の祠を巡る旅のことで、天与様のこれからのご使命を大巡礼としても間違いではないものです」


 文字の消えた大巡礼の証を手に取り眺めながら続けてアデルへとつぶやく。


「それにしてもその大巡礼ってのはよくできてるな。天与の使命をカモフラージュするのにぴったりじゃないか」

「……そうですね。この世界の決まりごとの多くは先の天与様方により、より天与の使命を円滑に果たせるようにと整えられてきたものが多くあります」

「天与のための世界か……」

「本末転倒かもしれませんが、天与なくして世界は終末を向かえることになりますので」


 弄んでいた大巡礼の証を化粧箱に戻す。


「じゃあ天与が使命を放棄したときは教だ――っと、世界はどうするんだろうな」


 隣でアマリアとアリスが緊張するのを感じる。アーサーの件はあの場にいた者のみの秘密とし、他言するなと釘を刺しているので口を滑らせなかっただけ良しとしよう。

 そんな二人の気持ちを知ってか知らずかアデルは淡々と答える。


「教団はなにもいたしません――というよりすることはできません。天与が使命を放棄した場合、それはエレナ様からのご加護も放棄することとなります。……非常に申し上げづらいのですが、本来召喚される天与様が元の世界では死にゆく運命にあったということは――」

「こちらでも死ぬ、と」

「そうなります」


 引き継ぎ正面から見詰める春彦の目をアデルも正面から見詰め返す。


「それではこいつらはどうなるんだ?」


 アマリアとアリスを指し示す。


「彼女らは既に天与様を介しエレナ様の祝福を得ています。ですから天与様がお隠れになろうともその地位には揺らぎはありません」

「そいつはよかった――」


 「但し」とアデルが続ける言葉に春彦の眉間に皺が寄る。


「彼女らは、天与の巫女ということには変わりはありませんが、彼女らの使命は果たされなかったことになります」

「それで?」

「先程もお話した通り、彼女らは天与の巫女という地位にある以上は人の裁くところにありません。ですから彼女らには屋敷が与えられ隠遁していただくことになるでしょう」

「隠遁ねえ……。ものは言い様だな」


 これは二人とも承知していることらしく俯いたままなにも言葉を発しない。


「それでは、使命を果たした後に加護を捨てたらどうなるんだ? 天与はそのまま死ぬとして、こいつらは」

「その場合も特になにも変わりません。ただ天与様のご使命を助けたことで今以上に歓迎されることはあるかもしれませんが」


 「それなら安心した」と続けようとする隣でアリスが春彦のシャツの裾を引っ張る。

 一瞥するとアリスが見つめ返してくるのを面倒臭そうなので無視することにした。


「取り敢えず俺が使命を果たしさえすれば――って、鬱陶しい!」


 無視されて一層引っ張るアリスの額を春彦が弾く。


「うう……痛いです」

「当たり前だ。そうでないと放さんだろうが」


 涙目で額を押さえるアリスを半眼で睨み付ける。


「だってハル――天与様が使命を果たしたら死ぬなんて言うから」

「もしもの話だ。大体誰が好き好んで二度も死にたがるものか」

「でも昨日からことあるごとに投げ遣りにゃっ――いにゃいねす、天にょはま」


 未だに上目遣いで抗議を続けるアリスの鼻を摘まみ面倒臭そうにため息をつく。


「アマリアを見習え。お前より半日も付き合いが短いのに落ち着いているだろう」

「ふぇ!? ……あ、ああ、そうですね。はい。アリス、あなたはもう少し天与様を信じなさい」


 春彦の言葉にアマリアが明らかにみょうな声を上げる。


「お前もかよ!」

「みょ、みょうひはへあいあへん」


 アリスからアマリアに向き直り右頬を摘まみ上げているとアデルから小さな笑いが漏れる。


「随分となつかれているのですね」

「まあ嫌われるよりは良いんじゃないか」


 たしかにとアデルが応え、続ける。


「正直申しますと、私はその子達が大事にされていて安堵しています」

「思いっきり鼻や頬を摘まんでるんだが」

「はい。それでもその子達がそうやってあなたを慕っていることが証拠ではないかと私は思います」


 「証拠ねえ」と宙に目を泳がせながら考える素振りを見せる。本音を言うなら、もう少しこの二人には疑うことを考えて欲しかったのが春彦の思うところだった。たしかに天与としてはやりやすいのだろうが、とても危うくも感じる。

 恐らくアデルの危惧していたこともその辺りなのだろう。


「過去には、巫女を人として扱われない天与様も少なからずいたということを伝え聞いております。我々は天与のために存在すると言っても過言ではなく、巫女となる可能性のある守り手となる者達は特に従うよう言い聞かせてまいりました。その結果、彼女らに並々ならぬ苦労をかけさせることになるかもしれないというのは歴代の教主の心配事の一つでもあるのです」


 アデルが一旦瞑目したのち深く頭を下げる。


「その子達は私にとっても子と同じです。まだまだ若輩ゆえいたらぬところもあるかと思いますが、どうか、どうかその子達をよろしくお願いいたします」


 窓に目をやると既に夕日はその残滓すら残さず室内は人工的な明かりで満たされ四人の姿が映されている。


「天神教団てのはこっちじゃ世界で信仰されているんだったよな。俺は元々一般人でな、そういう大きな組織の主に頭を下げられるのになれてないんだが」

「これは彼女らの成長を見守った一個人として頭を下げております」


 ため息が一つ部屋に響く。


「アンタに頼まれなくてもこいつらをぞんざいに扱うつもりはないし、こいつらを放って使命を放棄する気もない。これでいいか? それにさっきの質問でこいつらの立ち位置も理解したつもりだ」

「立ち位置、というと」

「思った以上の生け贄っぷりでびっくりだ」


 漸く顔を上げたアデルの質問に眉間に皺を寄せながら答える。

 最初のアリスが取っていた絶対服従の姿勢から感じていなかったわけではないが、春彦が命を失うタイミングでの彼女らへの処遇を聞いて確信した。天与の巫女だとか大層な呼び方をしてはいるが、単なる贄なのだ。

 だからその使命を果たせなければこちらの人の世界からは追放されるし、使命さえ果たせれば何食わぬ顔で持ち上げられる。


「想像以上で気分が悪くなる」

「天与様がそう言ってくださる方で安心しました」

「俺はアンタにも――って、試しやがったな」


 悪戯の成功した子供のように微笑むアデルに今度は違う意味で眉間の皺を深める。


「申し訳ありません。いかに慣例とはいえ、私の代で――いえ、私の目の黒い内は彼女らをそのような境遇に会わせるつもりはありません。ですが、天与様がどうされるのか、確信が欲しかったのです」

「……まあその辺は安心してくれ。元の世界に残してきた奴に頼まれたからな。こいつとこの世界を救ってくれって、俺がそうしてると信じている間は頑張れるとか勝手なことをぬかしやがる。そしてお前はその場にいたんだからそれを忘れてんじゃねえ」

「しゅみましぇえん」


 ため息交じりに隣に座るアリスの頭を掻き回すと情けない声を上げる。


「それでは天与様、他になにか心配事はございませんか。日も暮れてしまいましたし、今日はお疲れでしょう」

「そうだな。いくつかあるんだが――」


 質問というのはなかったが、春彦が気になっていたこと、やりたいことをいくつか伝えるとアデルが少し考える素振りをする。


「わかりました。可能なものから明日以降で順に対応いたします。それでよろしいでしょうか」


 勿論だと答えアデルとの会見は終了した。

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