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エレィニアの救世主  作者: Archangel
『救世主』はじめました
8/13

天与の加護

 豊穣の乙女の案内で入った太陽の神殿は大きく分けて三つに別れている。

 先ず入り口がある小広間。ここは殆どないが、数少ない入ることを許された特別な者達とエレナらが謁見するのに使われる。二部屋目は中央に囲炉裏が切ってある大広間で、かつては神々が集い宴会やら遊興に励んでいたらしい。そして最奥の三部屋目にエレナが座し、神々や天与との謁見に使われるという。


「結構上に扱われてるのな、天与」

「それは勿論。なにせエレナ様の使いとして召喚された方ですので」

「まあ強制なんだがな」


 ぼそりと漏らした言葉に豊穣の乙女が振り返りあらあらと応える。


「でも春彦は元の世界には未練はないようなことを言ってませんでしたか?」

「……未練ねえ。そりゃそれなりに自由にしてきたからな――って、やっぱりこっちに来たときに話しかけてきてたのはアンタかよ」

「まあ、気付いてなかったのですか?」


 言いながら彼女はあざとく頬を膨らませて見せる。

 たしかに声質はにているような気がしていたが、高所から落下中の身ではっきりと覚えられる余裕などなかった。……いや、覚える気もなかったのだが。


「あちらではあれだけよくして下さったのに春彦はつれないですね」


 ころころと表情の変わる彼女は少し聞き捨てならないことを言いながら今度は悲しそうに肩を落として見せる。


「ちょっと待て。先の推挙がどうのもそうだが、俺はアンタと会ったことがあるのか?」

「あら、やはり気付いてはいなかったのですね。……そうですね、以前の春彦は私のことを白助(しろすけ)と呼んでいたと言えば思い出してもらえるでしょうか」

「……あの白カラスがアンタかよ」


 もう二~三ヶ月前になるが山で怪我をしたカラスを助けた覚えがある。姿こそはカラスなのだが真っ白な羽根に透き通るような青い瞳、そして頭頂部から一筋金色に光を反射する羽根を持つそれは翼に傷を負い飛べずに(うずくま)っていた。

 放っておいたら獣の餌になるだけなのに同情心が湧き暫く世話をしたのだ。

 豊穣の乙女の話によると地球に新たな天与の選定に訪れた際にうっかり狸に教われてしまった。なんとか逃れたものの思いの外に傷が深く飛ぶこともできず、また異世界への干渉を最低限にするため人の姿を取ること、そして魔法も制限されていて往生していたところに現れたのが春彦だったそうだ。


「天与様、豊穣の乙女様とお会いされてたんですね。なんだか豊穣の乙女様の話だと感じが違いうのであちらでの天与様はどんなだったか気になります」

「いや、こっちはただの……じゃないか。色の変わったカラスだとしてしか認識してなかったからな。普通に世話してただけだぞ」

「それはそれはとても大事にしていただきましたよ。正直こちらに帰るのが少し惜しいくらいでした」

「……なんか私と扱いが違い過ぎませんか? なんか昨日は散々(はた)かれたんですけど」


 こそこそと尋ねてくるアリスに応えていると豊穣の乙女が割り込み、それにアリスが口を尖らせながら額をさする。そんなアリスと春彦の間でアマリアがあたふたと顔色を変えているがもう気にしないことにした。


 そんな話をしている内に大広間奥手に到着する。ここには扉はないが光の壁が行く手を阻んでいた。


「この奥にこの世界の(あるじ)、光と太陽の神であるエレナ様が控えております。春彦、貴方にはこの先で選択を迫られます。この世界を救うか、元の世界へと帰還するか。この神殿へ来たということは覚悟はできているということですね」


 改まって訊ねる豊穣の乙女へ春彦は静かに頷いてみせると彼女も満足したようで先ほどまでの優しい笑顔に戻る。


「では、私に続いてください」


 豊穣の乙女が光の壁に触れると霧散し、それまでが嘘のようになにもなくなる。奥にはこちらも優しい笑顔でこちらを見詰める女性が一人、その左手に面頬で表情は見えないが全身鎧の男性が見えた。

 こちらを見詰めるのがエレナで、全身鎧のが天上の守護者だと豊穣の乙女より耳打ちされる。

 豊穣の乙女が先に入室し春彦らがそれに続き入室する。彼女はエレナの前で立ち止まり、ここで控えるようにと言い残しエレナの右手に並ぶ。アマリアら三人は春彦の一歩後ろに横並びに待機している。

 場の全員が落ち着いたのを見計らいエレナが話し出した。


「なんの断りもなくこちらへ召喚したことを許してください。早速ですが、貴方の使命についてはもう聞きましたか?」

「ああ、一応な。だかどうにも腑に落ちないのはなんで異世界の住人であった俺がそれをやらなければならないかだ。それについては話を聞いたアリスにも答えられなかった」


 一旦瞑目したのち彼女は先ずエレィニアの死者の行く末から語り出す。

 エレィニアでは死んだ者の魂は死と闇を司どるデイルの治める死国という死者の世界へと下り、そこで浄化された後に地上へと巡るという。

 そしてエレィニアの人々はエレナとデイルとの間に生まれた者の子孫であり、そのため人に対して不死や不老をエレナの名に於いて授けることを禁ずる決まりが死国の主でもあるデイルとの間に結ばれていること告げる。


「……俺が知りたいのはここの輪廻についてではないんだが――」


 優しく頷き先を聞くように促される。


「貴方には私から幾つかの贈り物をしたいと思います。先ずは既に貴方に渡っている強大な魔力と魔法に関する才能、物事を体得するための才能、あなたを万難から守るための武具。そしてこちらの者からは『時の呪縛からの解放』と呼ばれるものです」

「時の呪縛……不老か。ああ、それでこちらの世界のではだめなのか」


 エレナがこくりと頷き肯定する。


「たしかに世界を回るとなるとその方がいいのか。だがこいつらはどうなる? 俺がいつまでも老けないのはいいが、婆さん連れてちゃ同じだろ」

「その者たちへはあなたが加護を授けるのです」


 どうにも取り決めの抜け穴を利用してるだけのようにも感じるがエレィニアがなくなれば困るのは同じらしくデイル自身もこれに関しては知らぬふりを通しているらしい。


「だが、俺はそんな――加護の授け方なんて知らないんだが……」

「安心してください。それに関してはこちらで手配しますので安心してください」


 これには豊穣の乙女が答える。

 だからお前らがやったんでは同じじゃないのかとはそろそろ天上の守護者の雰囲気が不穏なものになってきているので自重する。


「春彦、改めて聞きます。この世界と私の子たちを救っていただけますか?」

「どうせ弥生との会話を聞いて答えはわかっているんだろうが……帰っても将来はないんだ。完遂できるかはわからんが余生を楽しむ程度にはやってやるさ」

「感謝します。それでは私の加護をあなたに授けましょう」


 豊穣の乙女が細かい紋様の入った金の杯を用意しエレナの前に置く。エレナが左の人差し指と中指で右手首に触れたのち、水差しに右手を差し伸べると光の筋が降り注ぐ。暫く続けまた同じように指を触れ止めると金杯を持った豊穣の乙女がこちらへ向き直る。

 すぐ傍まで来て飲み干すように指示を受け、一息にあおったそれは薄い桃色掛かった透明な液体で、強烈な味こそないが僅かな甘みがあり身体中に染み渡るような満足感を与える。


「これでエレナ様の加護は与えられました。次はあなたから彼女らへ加護を与える番です。さあ春彦、右手を差し出してください」


 言われるままに差し出すと豊穣の乙女の乙女が優しくそれを手に取り、先のエレナがしたように手首に触れる。


「――つっ!」


 突然の鋭い痛みに顔をしかめたが豊穣の乙女は笑顔を浮かべている。そしてそのまま手首を反すと今度は春彦の手首から下に受ける金杯へと光の筋が注がれる。


「もしかしてこれは血なのか?」

「いいえ。命そのものだと思ってもらうのが一番適当ですね」


 ぎょっとする春彦に影響の出るような量ではないと補足される。


「春彦はエレナ様の命の一部を、彼女らは春彦の命の一部を共有することでそれぞれの力の一部を得ることになります。さすがに不死を授けるのはデイル様も見逃してはいただけないので春彦に与えられるのは不老に(とど)まります」

 

 再び手首を返し触れながら説明を続ける。放された手首をまじまじと見詰めたが傷のようなものは全く見当たらなかった。


「春彦の身体を傷付けているわけではないのでいくら目を凝らしてもなにも見えませんよ」


 クスクスと微笑みながら今度はアマリア達に三分の一ずつ飲むように指示を与えている。魔力だとか命を共有だとかこの辺りは最早こういうものだと割り切るしかないのだろうと思うようにしやければとは昨夜からのアリスらとの雑談で教わったことが、やはり春彦にはまだ理解しきれないことだった。


「さて、この杯は春彦に預けます。もし春彦がこの者はと思うものが現れたら、そのときは春彦自身が加護を授けてください」

「……いや、さっきのやり方がわからないんだが」

「それなら大丈夫です」


 そう言い金杯の太陽を象った印象に触れると底が消え、そのまま側面が縮まり環状になる。それを春彦の右手に通すと更に縮んで嵌まってしまう。


「これで相手に右手を差し出し先程の光景を思い出しながら念じれば同じように加護を授けることができます」


 それなら最初からそうしてもらえると痛い思いもせずに済んだのにと溢すと、イメージを記憶に焼き付けるのが大事なのだと諭される。


「続いてはあなたが身を守るための武具を与えましょう」


 エレナの宣言で元の場所に戻る豊穣の乙女と入れ替わりに天上の守護者が前に出る。


「非礼なる者よ。遺憾ではあるが我が(あるじ)の命により、そなたに力を与えよう」


 面頬の奥でぎょろりとした目が春彦を睨むのを正面から上目遣い気味に睨み返し数瞬視線が火花を散らす。あれだけ不遜な態度で対すれば嫌われても仕方ないが、寧ろ後ろを見ずとも(おのの)いているのがわかるアマリアとアリスの方が気になる。

 瞬きをし、一瞬嘲笑するようにも見えたが再びその眼力に威厳を持たせ語り出す。


「汝がもたらすは希望か。汝がもたらすはいさかいか。汝がもたらすは災厄か。汝が欲するは平穏か。汝が欲するは混沌か。汝が欲するは破滅か。今こそその魂に聞こう」


 言葉に合わせ胸の高さまで上げた右手の掌に淡い光が溢れ出す。


「全てを支えし大地あり」


 淡い光から土塊が現出し円盤上に形成される。


「全てを癒し潤す泉あり」


 円盤の中央から小さな噴水のように幾本かの水柱が吹き出し上面を濡らしていく。


「世界を巡る息吹あり」


 小さく風が渦巻き水や土に細かい紋様を刻む。


「力を与える命が燃える」


 円盤の周囲から燃え上がりあっという間に全面に炎が広がる。


「こにあるはエレィニアが魂。こが産み出すはエレィニアが希望。いざ眼前に救世の力を顕現せしめん」


 燃え上がった円盤が外側から捲れ上がり内へ内へと巻き込まれていく。まるで見えない手で捏ねられている粘土のようにそれは段々と形が整えられていき、やがて鉄色に鈍く光り鞘に納まる剣へとなる。

 それを手に天上の守護者はエレナを振り返り、ひざまづいて恭しくそれを掲げる。


「エレナ様、この者の牙に祝福をお与えください」


 エレナがこくり頷き右手でそれに触れると眩い光に包まれる。

 それが治まると細やかな草紋の施された真っ黒な革で覆われた鞘に納まり、同じく黒革の握りに白銀の鍔と柄頭に白く透明な宝石の嵌められた剣へと姿を変える。

 天上の守護者は再びこちらへと向き直り手にする剣を見下ろすと「なるほど」と彼は独り言ちる。そして瞑目したのち春彦へと差し出す。


「さあ受け取れ。これはそなたのための剣だ」


 天上の守護者の差し出すそれを受け取ると確認するよう促される。

 カチャリという音と共に少しだけ引き抜くと鍔と鞘の間に白銀に輝く片刃の剣身が覗く。そこから一気に鞘を走らすと――


「なんだこりゃ」

「ははは。言うことだけは偉そうなそなたに相応しき得物ではないか」


 鞘から姿を現した剣身は曇りのない輝くような片刃なのはいいのだが

、それは両手持ちも可能な柄の長さや鞘の長さとはちぐはぐに(つるぎ)と呼ぶのはおこがましく、最早ナイフと言っても間違いないのではいう代物であった。

 呵々と笑う天上の守護者に渋面で返事をするとその面頬の奥の瞳に先までの怒気とはまた違う真剣な色に変わる。


「その剣は、様々な可能性を孕んでいる。そなたに意のままにその姿を変えることになるだろう。それを身に付けること、それこそがそれと付き合うためのそなたの最初の一歩となる。春彦よ、そなたの身内に宿る可能性を見事我が(まなこ)に、我が記憶に刻ませよ」


 天上の守護者は後ろに控える三人を一瞥後顎に手を沿え一呼吸考える素振りを見せる。


「そなたに我が祖父の代理として、風の祝福を与えてやろう」

「風の祝福?」

「そうだ。そなたの巫女はそれぞれ火、土、水の祝福を受けておる。ならばそなたに風の祝福を持たせるのがよかろう」


 天上の守護者がエレナを振り返ると頷き了承の意を表す。


「左手を差し出せ。そして受け取れ。決して強大な力ではない。しかしそなたの旅の一助にはなるだろう」


 天上の守護者に応え左手を差し出すと掲げた彼の右手から力が流れ込む。先のエレナの加護を受けたときとは違い、冬の朝の冷たく澄んだ風に身を、心を洗われるような感覚に背筋が延びる。


「個人の感情はともかく。元々そなたには関係のない異世界であろうが、我らの世界と世界の子らをよろしく頼む」

「……ああ。できる限りのことはしよう」


 春彦と天上の守護者はお互い見詰め、頷き合った。

2016年11月02日 不要個所の削除

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