救世主、ハンターになる
キネグラスはむすっとしたままラッテが数部屋離れた控え室に飛び込むのが小さく聞こえたところで再び鼻を二、三度続けて鳴らしたあとに盛大に吹き出す。
「見たかキース。あいつの慌てよう。余程私の芝居が上手かったようだぞ」
「王も質が悪い。彼はまだ日が浅いというに。あなたをまだ知らない者にあれではあまりに惨い」
「それは悪いことをした」
そう言いながらもにやにやと悪びれた様子はない。どうやら笑いを堪えていただけで苛立ちから鼻を鳴らしていたのではないようだ。
呆れて溜め息をついていると隣で未だに理解できていない半泣きのアリスが視線で訴えてくる。
「人払いのためだけにこのご立派な王様は怒って見せられたんだそうだ。大体あのくらいで客人を殺すようなら器が小さ過ぎるだろう」
「これは手厳しい。だが天与様、実際のところあのような物言いをされれば気分の良いものではない。腹をたてるにあれで十分な者も私は知っておりますぞ」
「悪いがこいつらに対する扱いに不服があるのは間違いじゃない。たまたま巫女になったアリスらを今までと同じように扱うのであれば、例えエレナだろうが敵に回すのも気にするつもりはない」
いかにも旧知の仲で世間話でもするようにキネグラスは話し、相変わらずの態度で春彦が応える。
離れたところから未だに聞こえるラッテとアーサーの騒ぐ声を聞きながら二人が見つめ合う。
徐にキネグラスは立ち上がり腰の剣を鞘ごと引き抜き、身体の右側一歩分ほど離れたところに置き春彦の前に跪く。
「エレィニアの諸王の代表として、天神教団の監督も勤める身として、天与様を試させていただきました。数々の無礼、どうかお許しいただきたい」
先ほどまでとは変わり落ち着き威厳を出そうとした態度で話すキネグラスだがどうにも目尻の涙がそれをなかなかに抜けたものにしている。
「巫女に対する扱いは私もこのキースもアデル同様に今を善しとはしておりません。あってはならぬことですが、天与様がご使命を全うされなかったとしても我々が護ってみせましょう」
再び視線を交わして、今度はため息まじりに春彦が「今はそれを信用するしかないだろう」とその沈黙を破る。初対面で不信などいくらでも持てるが、それでは話が進まない。譲れないものがあるとはいえ可能であれは権力者とは友好的に付き合って損はないのだ。
いつまでもセントレイド王を地べたに跪かせているのも落ち着かないので椅子に座るよう薦めるとひとこと礼を述べてキネグラスは元のようにどっかりと座り直す。そして彼は春彦のエレナから授かった天与の武具を改めさせて欲しいと申し出る。
「これも一応の義務でしてな。お渡ししたいものもあるのだが、このためにわざわざ王都までご足労いただいたと言っても過言ではないのだ」
そう肩を竦める王に見せたいのは山々だが、そもそもその剣は別室にある。そしてそれは春彦でないと持ち運びすらできないので恵に調べさせるときにも離せなかったし、今もアーサーとラッテが離れた部屋で騒いでいるのだ。
「なに、それなら簡単なこと。天与様がアーサーにここへ持ち運ぶことを許可すればよいだけですぞ」
心の中で順を追って剣に指示を出すイメージをすればいいだけだと事も無げにキネグラスが言う。今、控え室からこの食堂まで、アーサーが、春彦の剣を、持ってくるように、と。
言われるままに春彦が心の中でそれらを思い浮かべるとアーサーらの歓声が聞こえてきた。
「ふむ。どうやら成功したようだな。この時点で十分天与と認めさせていただいてよろしいでしょう」
そう言ってキースに目配せをするとキースが退室する。出掛けにアーサーが来たらしくアーサーだけ入室するよう指示を出して、どうやらラッテを伴ってどこかへ行ったようだ。
「天与の武具はそれを賜った折りにエレナ様より加護を授かった天与様とその加護を共有するもの、あとは天与の子孫や天与の武具に認められたもの以外はこうやって一々許可を下さねばならんのです。まあ、これは魔法の基本でもあるので覚えておいて損は――アーサー、なにをボーッとしておる。早く天与様にその剣を届けぬか」
入口から顔を出し親しげに話すキネグラスと春彦を困惑した目で窺うアーサーにキネグラスが指示を出すとアーサーは慌てて春彦の下へとやって来る。春彦に剣を渡したあと一歩下がり跪くアーサーを眺めながら相変わらず真面目だなとキネグラスが独り言ちるがアーサーは聞こえていないように目を伏せ応えない。
それからキネグラスの要望で剣を抜いて見せ、天上の守護者や恵のとき同様にその姿に吹き出されたり、この剣についての恵の見解と実際この一週間試してみたこと、そして恵がどうやら正しかったらしいという話をしているとキースが帰ってきた。
キースはまた新しい人物を連れ、ラッテにワゴンを押させて扉まで来るとラッテを扉の外に待機させて二人で入室してくる。
キースの連れて来た人物は青紫色のローブに身を包んだ赤髪の女性で、腰辺りまであるその髪を細い三つ編みにしていくつも垂れ下げ先の方には様々な形の金属や宝石のようなものをぶら下げていた。更に目を引くのは両目をすっぽりと被う金色の細かい装飾が施されている黒い眼帯だった。彼女はそれを着けているにも関わらずラッテから引き取ったワゴンを押すキースに手を引かれるでもなくなにごともないように歩いている。
「天与様、でよろしいのでしょうか。そちらの方が驚いているようなのですが、私の紹介はまだなのでしょうか」
赤髪の女性がそうキースに尋ねるとキースの視線にキネグラスが肩を竦めて応える。
「いや、そなたの出で立ちを見て天与様がどう反応するのか楽しみでな」
相変わらずおもしろがるようにキネグラスが応えるとキースから説明がなされる。
彼女は鑑定師と呼ばれる魔術師でそのなかでもこの国で五本の指に入るカーミラ・ウェルトであると紹介された。
鑑定師とは魔術により対象の性質や辿った経緯など様々な情報を読み取り調べる者で、その際に視覚的な先入観を生まないために盲目の者がなることが多く、そうでないものの中には精度を上げるためにわざわざ己の眼を潰す者も少なくないという。
「私の場合はきちんと視力は残っています。ただ実際影響を受けやすいのでこのようなものを着けさせていただいております」
そう言うカーミラが弾く眼帯は中身が金属らしく高い金属音を響かせる。
彼女によると鑑定に使うものと同じ魔術で目を覆っていても普通に目で見る以上に周囲を確認することができるのだと言う。なるほど扉から不確かなものを感じさせず歩いてきた上に春彦の様子まで言い当てた辺り言っていることに食い違いはないらしい。
「わざわざ天与の存在を知らせた上でカーミラを読んだのは天与様に渡したいものがあってな。それを渡すのに天与様の資質を知る必要があったのだ」
キースの押してきたワゴンからカーミラが道具を用意するのを横目にキネグラスが説明する。
「天与様にはハンターと呼ばれる職に就いてもらうのだが、そのためには一応試験があってだな。だが定期的に行われる試験を待っていたのでは時間がかかるのでここは鑑定師にそれを委任するに足るかどうかというのをここで調べさせていただきたい」
「ハンター」というのは所謂賞金稼ぎのようなもので依頼人の要望に応え報酬を得るのだが、今ではその仕事の一部となった害獣や魔獣を狩ることが主だったことから今でもそう呼ばれている。この大陸に五つの国それぞれにハンターのギルドが存在し、隣接するギルドの国境に限りほぼ自由に往き来ができるという特権が与えられており、天与の使命を果たすのには丁度良いのだ。しかもここセントレイドは大陸中央に位置しているためにここを経由すれば大陸にある全ての国と往き来ができるので更に都合が良いのだとキースが捕捉する。
「なに、調べると言っても大しことではありません。この玉に触れて私の指示する通りに魔力を注いでくだされば二人合わせても十分とかかりません」
そう言ってカーミラが拳大の薄く緑がかった透明な玉を左手に示す。純度の高い人工の無属性の魔石で作られており、表面に彫られた細かい紋様は魔術式で対象者の魔力やその性質を調べるのに使われる道具だと説明される。
カーミラの指示で先ずは春彦からその魔石球に手を添えて春彦の魔力と資質を調べ始める。先ずは可能な限り微量な魔力を、次に最大の魔力を、最後にその中間を。それを数度繰り返す。続いて玉の中に石を現出させるイメージを思い浮かべるように言われその通りにすると小さな石のようなものが現れる。そのままつむじ風を、小さな炎を、波立つ水を、また立方体や球体などを指示されるがままに現出させていく。
「なるほど。天与様はかつての魔王様や聖王様がそうであったように絶大な魔力と資質に恵まれております。魔力量もさることながらそのコントロールにも優れておいでです。特に物質創造魔法への才が認められます。風の祝福を受けられているようで、火や水の魔法を覚えられるとその技に幅が広がるでしょう。ただ放出系の魔法を使う場合は気を付けられた方が良いですね。若干絶大魔力の放出時にブレがあります。恐らく力をまだ御しきれていないのが原因でしょう。下手をするとあらぬものを攻撃してしまうというこもあり得る。そうなれば魔力が強いだけに被害も甚大化しますので気を付けてください。ハンターとしての資質は十分です。ただし仕方ないとはいえエレィニアのルールをあまりご存知でないようなので必ず有資格者の同行を前提としていただきます」
旅には巫女の誰かが同行するのだしそれは問題ない。そう伝えると「では、その巫女様を調べさせていただきます」と続いてアリスにも同じように玉に触れさせる。
「天与様には魔力量では劣りますが、より微妙なコントロールができるようですね。水の祝福を受けられていて、自身もそれを理解されているようで水系の回復魔法を修得されていますが、これからを考えますとある程度強力な攻撃系魔法も覚えることをお薦めします。天与様の影響も受けられているようですし、風の力を借りるのがよろしいでしょう」
カーミラはそこまで話して少し考える素振りを見せ黙る。
「そうですね。その、不安は残りますが……巫女様もハンターを任せるに十分でしょう。天与様の同行者としても申し分ありません」
カーミラの言わんとしているところを当のアリスはわからず首を傾げているが、春彦にも検討はつく。その辺りは逆に春彦が監督すれば良いだろうと考えていると例の鑑定魔術で察したのだろうカーミラが微笑みながら頷くのに肩を落とす。
黙して聞いていたキネグラスも満足したように頷き、それを受けてライセンスの発行を明朝の出立までには間に合わせることを約束してカーミラは退室しようた。しかし思い出したように手のひらに収まる程度の大きさの手帳を取り出し春彦に差し出す。
それはセントレイドで公式に手配されているものの懸賞金リストであり、また巻末にはハンターとして最低限覚えておいた方が良いことを書かれているのものなので一度目を通しておくと良いだろうということだった。中には描き込み具合の程度はばらばらだが人物や動物、鉱石や遺物など様々な対象の絵に懸賞金の金額や簡単な説明が添えられたものが並んでいた。巻末にはカーミラの話したとおり特に重要なものを抜粋したものであろう決まりごとや各種手続きも簡単に説明されていた。
この手帳は季節ごとに刊行されていてギルド関係の施設には最新の物を置いてあるので見掛けたら顔を出すと良いだろうと最後に言い置いて、今度こそワゴンを押して退室した。




