フルプレートに最大エンチャントは基本です!
翌朝、食事を終え太陽の泉へとヤヤンと交替に向かうアマリアを送り出してから入れ替わりにアーサーがアデルからと前日に頼んでいたもののいくつかを持って顔を出す。
彼が来たということは彼を暫く付き人として連れ歩きたいとの依頼も通ったのだろう。ドールゴーンへ行くのもそうだが、暫くはアマリアとヤヤンが後任への引き継ぎのためエーナテーペを離れるときはアリスと二人になるので心許ない。この辺りの治安は良いらしいが用心のためにもそれなりに動ける者が欲しかったのだ。
日本から着の身着の儘だったので取り敢えずの服が欲しいとも頼んでいたのだが、これに関しては体格の近いことからアーサーが私物を提供してくれた。負い目に感じていることもあるのだろうが本人の着るものが無くなるのはこちらも気が引けることを伝えると全く問題ないとの答えが反ってくる。元々数に余裕があり、ドールゴーンへ赴く際にアーサーの実家――彼はドールゴーン出身――に寄ればいくらでも補充できるから気にしないで欲しいと彼は言う。
続いてアーサーが金環十字の刺繍が施された袋を取り出す。
「あとこちらは教団のローブになります」
受け取ったものを取り出し軽く広げてみるとなるほどアリスらが昨日着ていたものと同じものらしい。
「これは俺も着ないとだめなのか」
「暫くこちらの気候に慣れるまでは着られていた方がよろしいかと」
アーサーの説明によるとこのローブには温調の魔術が施されており、極端な暑さ寒さでなければ快適に過ごせる。また重量軽減の魔術も施されているため、このローブ自体やこの上に着けたものであれば体感で一割程度の重さになる。どちらも慣れぬ土地で過ごすのに少しでも負担を軽減できればとのアデルの配慮だという。
「それとこれを。私の予備で申し訳ないのですが、剣帯をお持ちしました」
そう言って腰のポーチから丸めた白い革で作られたベルトを取り出す。バックルも真っ白な楕円の板に派手な装飾で邪気払いの呪いも施されたものだった。
今は剣を手で持って歩くかアリスが仰々しく持ち歩いているのを見てそれでは不便だろうと思い、アーサーが予備として置いてあったものを持参したそうだ。
素人目にも立派なもので気が引けたのだが「大事に奉るより使われる方がこれも喜びましょう」とのアーサーの言葉でありがたく受け取ることにする。
アーサーから一通り受け取り剣帯の使い方などわからないものもあり着用を手伝ってもらおうと声をかけかけたところでじっとりと怨めしそうな視線に気付く。
「ありがとう。それじゃ――ああ……アリス、ちょっと手伝ってくれるか」
「はい!」
頼れと言うならこちらも頼ってやらねばなるまいとアリスに頼むことにした。気持ちの良い返事が反ってくるのを見るに彼女もその方が嬉しいらしい。
着付けといってもシャツやパンツは普段から着ていたものとあまり変わらないので、わからないのはやはりローブや剣帯の使い方くらいだった。それを任せることでアリスがにこにこしているのを見て満足には感じたが、さすがにローブの皺の入り方にまでこだわりだしたのは止めさせた。
そのあとこれからの旅装とセントレイド王との謁見で使う礼装を仕立てるために南通りを一本東に入ったところにある木版の看板の掛かったとある店へと出向いた。
「香月堂?」
「まあ、ハル様はこの文字が読めるのですか」
軒先に掛かる木版の看板を見ながら呟くとアリスが感心したように声を上げる。
「……いや、漢字に似ているから。それで、合ってるのか」
「はい、こちらはカゲツドウと読むそうですよ」
なんでもここの主人が遥か東にある国――そのままだが東国という――の出身で、その国に伝わる天帝文字というものでエレィニアでも特異なものらしい。正確には細かいところが違うが大まかなところは漢字そのままにも見える。
「なあ、こっちの言葉は共通じゃなかったのか」
「言葉自体は変わらないのですが、かつての王様がもたらした文字だそうであちらでは縁起物だそうですよ」
最初の夜にアリスから聞いていたことを尋ねると東国も話言葉こそは同じだが、東国にはこういった独自の文字などがあり、こういうものを置いておくと客引きにも使えるのでこうして掲げているのだそうだ。
そんなことを話していると声をかけられる。
「その天帝様は遥か西方の地より来て我ら東国の民に幸福を約束されたと言う。アデル殿の話を聞くにもしや天与殿と同じくエレィニアの異訪者だったのではないかと私は思うのだがな」
いつの間にか引き戸を少し開いて黒髪の女が顔覗かせていた。身長こそは春彦ほどあるが華奢な体格に黒髪の長髪で日本美人を思わせる。
「アデル殿からは聞いてるよ。そんなとこで話し込まれても他のお客さんが入れないし、取り敢えず中に入ったらどうかと思うのだけど。どうかな」
「まあ、それほど客入りがあるわけではないけどね」と笑ってみせる彼女は香月恵と名乗り、この店の主の妻だという。「気軽に恵と呼んでくれたらいいよ」と本人が言うようにアリスやアーサーは彼女のことを「オケイさん」と呼んでいる。
店内は意外と広く色々なものが並んでいた。旅装を調えるというだけあって武器や防具、衣類まで並んでいる。それに鍋などの日常品や隅の方には使い道のよく分からない面だとかまで並んでいた。この店の主人が鍛冶師だけあって金物のほとんどは彼が打ったもので、また恵の趣味が長じて衣類などの一部は彼女によるものだという話だ。
最初は刃物から始まり武器や防具が中心だったが、比較的平和な地域であるエーナテーペではそれだけでは食べていくのも難しく段々と取り扱う商品の幅が広がり、いつのまにかこのような混沌とした状態なってしまったと恵は説明する。
一通りの自己紹介を済ませるとぽんとひとつ手を打ち本題に入る。
「さて、天与殿はどんな装備がいいのかな。アデル殿からは天与殿の好みに合わせて欲しいと聞いてるのだけど」
カウンター越しに問いかける恵にアリスがそれならと慌ててポーチをごそごそと探りだすのを横目に見ながら春彦がさっさと注文をする。
「取り敢えず軽装で見繕って欲しい」
「――ああ! それじゃダメです。アマリア様からちゃんと頼まれているんですから」
漸く出したメモを片手にアリスが抗議をする。どうせアマリアの過保護が満載なのだろうと一応尋ねてみると案の定な答えが反ってきた。
「えとですね……フルプレートで――」
「軽装で頼む」
聞いた自分が馬鹿だったと遮ると泣き顔を作り恨めしそうに視線で訴えてくる。相変わらずそれが似合うから腹立たしい。そういうあざとさには弥生で馴れているので無視をしようとしたが、今度はローブの袖を引っ張ってくる。
「私がアマリア様に怒られるんです!」
涙を浮かべるアリスにため息をついて子供を諭すように話しかける。
「いいか、アリス。そもそもの話、俺は今まで鎧なんてものは着たことがない。これは理解してもらえるな」
こくりと頷くアリスによしよしと続ける。
「そんなのがいきなりフルプレートとか着てまともに動けると思うか」
「でもでも……」
「アマリアの気持ちもありがたいんだが、実際着るのは俺だ。大体襲撃する立場になってみろ。動けないようなもん着てるのがいて、そういうときどうするよ、アーサー」
「そうですね。先ずはそういう間抜けから……あ、申し訳ありません」
突然振られたアーサーが素直に答えるのをアリスが不満そうに睨み付ける。逆に睨み付けてる方が泣きそうで全く凄みもないのだがアーサーはそれでもたじろいでいる。
「アーサーを虐めるんじゃない」
視線に割って入って鼻を摘まむと「ふえっ」という間抜けな声を漏らす。
鼻を押さえるアリスをよそに改めて軽装を注文する。ついでにローブに施されているように魔術は鎧でも可能なのかと尋ねると恵は少し考える素振りを見せて答える。
「そうさね。さっき話してたフルプレートほど詰め込めはしないけど軽装でも各所に分散させればそれなりにはできるよ」
それならとローブにかけられているという温調と重量軽減の魔法はどうかと尋ねるとそれは可能だとの返答が返ってくる。
それ以外にもまだまだ詰め込めるとのことなので脇で拗ねていたアリスを引っ張って、必要だと思うものをアマリアのメモから選んで頼めと言うとあっさりと機嫌を直す。
「し、仕方ないですね。それではわたひが――いはいれふあるはむぁ」
どや顔で話すアリスにうっかり頬を摘まみ上げてしまった。
それから礼装用の採寸もして一通りの手配も済み一週間もあれば十分間に合うだろうとなり、最後に他にはなにかないかと恵に尋ねてくる。
春彦は少し考え、剣帯から鞘ごと剣を外しその珍妙な剣の使い方を尋ねてみることにした。鞘に納まっている分には片刃の剣のようなのだが、引き抜くと極端に短く両手持ちもできる柄なのに剣心は長めのナイフという姿に恵も思わず吹き出す。
結局恵には抜くことができなかったので春彦が持った状態で様々な方向から確認して答えが出たようで一旦店の奥に引っ込む。
奥から出てきた恵が持っていたのは鞘に納まった春彦の剣同様に片刃の剣だった。それを引き抜くと当然春彦のそれとは違い鞘の見た目通りの剣が姿を現す。
「こいつは普通の剣心もあるんだけどね、こうやって――」
一度引き抜いた剣を戻し、柄にある小さな突起に触れながら捻るとカチリと小さな音がする。
「あとは魔力を注ぎながら抜いてやると……ほれこの通り」
そこに現れたのは先ほどあった金属の剣心ではなく魔法で作られた光を帯びた剣心だった。
これは剣型の魔導器といって魔力を注ぐことで剣心を自由に作ることができるものだと説明を受ける。形状や斬れ味だけでなく、上位者になれば通常の刃金と区別がつかないような剣心まで作り出せる物だという。
春彦の剣の柄には小さな魔石がいくつか埋め込まれてあり、また剣心に彫られた装飾が古い魔術の術式にも似ていた。恐らく柄の中に全て納まっているかどうかの違いで、今ある剣心は飽くまでも術式の核であり、それを包むように春彦の思うままに剣心を展開できるのではないのかというのが恵の見解であった。
一通りの説明が終ったところで先の魔導器を恵が差し出してくる。
「こいつは天与様に献上しよう。本体である柄は小人の工房、剣心は我が香月堂自慢の業物。天神に賜ったその剣には敵わないかもしれないが、慣れるまでの間に合わせに持ち歩いて損はさせないよ」
「小人の工房」とはエレィニアでも有数の武器、防具、また魔導器の工房だとアーサーが耳打ちをする。
「――おっと、献上するのはいいがそのやり方では二本差しは無理だね」
わざとらしく春彦の剣帯を見て、鞘に剣帯を一度巻いてやる方法で固定しているのを初めて気付いたように恵が声を上げる。身を屈め今度はカウンターの下から扁平なバックルのようなものを取り出す。
「そういうときはこれが必要だろうね。複数差し用のホルダなんて、どうかな」
剣帯に簡単に装着することができ、部品の組み合わせで履く剣の数を増やせるだけでなく様々なものが取り付けられようになる優れものだと言う。更には表面の装飾で重量軽減の魔術まで発動させられ、これもオプションで色々と追加できるのだと補足する。そして「将来の英雄殿のためにお安くしとくよ」と付け足す。要するに、魔導器を無償で譲っても元を取れるだけの値段のする物だということだ。




