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第3話 王都へ買い物

 週末、楓はレイとリリィの買い物に付き合っていた。王族であっても普通に街中へ出る。


 「レイ様もリリィ様も普段からこのように出掛けるのですか?」


荷物を持つ楓が話しかける。


 「そだよーっ。国民の人たちと出来るだけ距離を縮めるためにねっ。アイリス王家の伝統なのっ」


 「なるほど…それで、街の人々もあまり驚かないんですね」


店に入っても丁寧な接客ではあるものの、一般客とさほど変わらない様子だった事に合点がいく。


 「母様も私たちくらいの頃には街で遊んでいたと聞いています…」


リリィが付け加えた。


 「そうでしたか。そろそろお茶のお時間ですが、いかがされますか?」


楓が時計を見ながら尋ねる。


 「じゃあいつもの店いこっかー!」


どうやらレイには行きつけがあるようだ。3人はとある喫茶店へ入った。店名を書いた看板が出ていないのが気になる。


 「いらっしゃい!ってアイリス姉妹か!」


威勢良いマスターが挨拶して来た。


 「久しぶりーっ!」


 「お久しぶりです…」


2人も慣れた様子だ。


 「レイさんよ、そこのイケてる男は誰なんだい!?」


スーツ姿の楓に目をやる。


 「あ、紹介するね?私とリリィの執事さんなのっ」


 「四条楓と言います。」


短めの挨拶。楓の中ではマスターに対する警戒心が解けていない。


 「へぇ、姉妹の執事さんか!俺は、レオ・フェラーリ。この喫茶、跳ね馬のマスターさ!」


気さくなマスターだ。


 「失礼ですが…レイ様、リリィ様とはどういうお知り合いで?」


 「さすが執事さんだな…身辺もきっちり把握って訳だ。何のことはないぜ?この喫茶店は本業じゃねーんだ。」


 「と言いますと?」


レオがカウンター奥の扉を開ける。

 

 「こっち来てみな!」


呼ばれたので行ってみる。


 「こ…これは…」


そこには沢山のワイン樽が並んでいた。


 「こっちが本業でよ!王家御用達なのさ!どうだ!」


胸を張るレオ。


 「これはこれは…失礼しました。しかし、なぜ喫茶店を?」


御用達ならば経営に困る事はない。だからこそ、気になる。


 「王族だってたまには身分ほっぽり出して気楽に過ごしたい事だってあるだろ?その為の場所なのさ」


 「なるほど♪」


レイもリリィも人付き合いは下手ではない。学園でも慕われているのは間違いないが、やはり王族というのは違った目線で見られてしまう。街中でも慣れているとはいえ、王族の相手はやはり内心で緊張してしまう。そういう所に姉妹は敏感に勘付いていた。だからこそ、どこか申し訳なさも感じるし、遠慮もしてしまう。そんな2人の為にこの喫茶店があるのだ。


 「マスターっ。いつものっ」


 「私もいつものを…」


カウンター席から2人が注文する。


 「はいよっ」


 「楓も何か頼みなよーっ」


レイが勧める。


 「そうですね、ではコーヒーを」


 「おっ、渋いねぇ!」


レオは何も気遣ったりせず、ありのままで接客する。これがありがたいのだ。


 「できたぜ、レイさん、リリィさんよ!」


そう言いながら出したのはココアだ。レイのは甘さをかなり強めに、リリィのは控えめにしてある。


 「マスターのココアほんと好きなんだよぉー」


 「私も好きです…落ち着きます…」


2人が和む。こうして見ていると、王族だという事を忘れそうだ。


 「さて、執事さんのコーヒーも入ったぜ」


少し真剣な顔でコーヒーを注ぐ。


 「では…」


楓が薫りを確かめ、ゆっくり飲んだ。


 「どうだい?」


 「…美味しいですね!今までに執事修行であらゆるコーヒーを飲みましたけど、そのどれよりも美味しい!」


地球では味わえない味だと直感した。まさに極上、珠玉の一杯だ。


 「あんたもいいセンスしてるぜ?いきなりコーヒー頼むんだからよ」


 「えー?どーいうことー?」


レイが口を挟む。


 「喫茶店を評価する時に、最も手軽に見極める方法がコーヒーをオーダーする事なんですよ。喫茶店で基本となる飲み物。これを最高の味で出せる店こそが一流というわけです。一流の店ほど、喫茶店に限らずあらゆる店でそうですが、奇をてらったりはしません。基本に忠実なのです。当たり前の事を100%当たり前に行える事。これが一流の証ですよ♪」


執事として主に相応しい店を探すのは重要な使命だ。故に、一流を見極める事は得意中の得意である。


 「楓はムズカシイ事ばっか考えてるー」


レイは深く考えていないようだ。


 「レイさんの執事としてもったいないんじゃないか?」


レオが茶化す。


 「あーひどーい…それじゃ私がおバカさんみたいじゃん!」


 「姉さまは時々、信じられない程子供っぽい思考回路になりますよねー…」


リリィも茶化した。


 「リリィまで…楓はどう思ってるのさー!」


レイがムスっとした顔で楓に話を振る。ここでどんな答え方をするのか全員が注目する。


 「僕にとって、レイ様は主です。執事は主をサポートする存在です。ですから、レイ様が例え思慮に欠いたとしても僕が埋め合わせを致します。ですから、レイ様はそのままのレイ様で居てください。」


 「ば…ばーか…」


その返答にレイは少し顔を赤らめた。

 

 「いよっ、名執事!」


レオが笑顔で声掛けする。


 「姉さまかわいい…♪」


リリィが微笑んだ。とても和やかな雰囲気に皆が笑顔で居られる。


 (ここには時々、来たいな)


楓も個人的にとても気に入った店だ。ワイワイ楽しんでいると、店に誰かが来たようだ。


 「いらっしゃい!って、ユーリさんか!」


まさかのユーリだった。女王もこの店が行きつけのようだ。


 「久しぶりっ。ってレイとリリィ、楓君も来てたのねー」


 「母様、どうしたの?」


レイが尋ねる。


 「ちょっとレイに来て欲しくて、今日は王都へ出掛けるって言ってたからここかなって。あ、紅茶お願いねっ」


答えながらオーダーする。


 「何かあったの?」


 「少し、女王として話しておきたい事がね」


目つきが真剣だ。


 「分かった…」


これにはレイも王女として従わざるを得ない。


 「その前に紅茶飲むけどっ」


 「お待ちどうさん!」


女王相手でもレオは物怖じせず接客する。王族の人間からすれば、この普通さこそが癒しでもある。


 「あの、ユーリ様はどうやってこちらにいらしたんですか…?」


セキュリティ的な面から楓が心配する。


 「え?王宮からふっつーに歩いてきたのよ?そんな遠くないからね」


最早、ノリは近所のママだ。


 「女王陛下…せめて護衛をお付けください…」


意見具申する楓。気が気ではない。


 「そんな治安悪くないし、王都内なら大丈夫よー…私も、女王の肩書たまには忘れたくなるの…外交問題とかさー…ドラゴンに関する問題とかさー…たまには、レイやリリィとゆったり家族の団らんでもしたいわ…」


言っている内容は女王なのだが、雰囲気はOLな気がしてしまう楓。


 「あの…レイ様とリリィ様のお父上は…?」


 「旦那は亡くなったわ…」


ユーリが紅茶を飲みながらしんみり答える。


 「これは…失礼しました…」


 「いいよいいよ…もう受け入れてる事だし…でも、この子たちに母親らしい事もっとしてあげたいんだよねー…」


そう語るユーリはどこか顔が赤い。


 「そうですか…って…ユーリ様?」


 「なぁにー?」


 「お体大丈夫ですか…?顔色が…」


 「大丈夫だってばぁ」


どう見ても大丈夫ではない。


 「はぁ…母様ったら…紅茶で酔うんだから…」


レイがため息をつく。


 「えーと…大丈夫なのですか…?」


 「流石の執事さんもユーリさんの酒癖ならぬ紅茶癖の悪さには驚いたかいっ」


レオが楓の肩を叩く。


 「体調が心配なのですが…」


 「酒じゃねーから大丈夫さ!」


ガハハと笑うレオ。カウンターにつっぷしているユーリはとても女王とは思えない。普段とのギャップになぜか笑えてしまった楓。


 「えーと…私、母様と王宮戻るわ…楓はリリィと残りの買い物お願いね!」


ユーリがダメダメな時はレイが何とかする。これも慣れた事だ。


 「わかりました。」


 「母様をよろしくです…姉さま」


こうして皆が店を後にした。



 楓とリリィは夕飯の食材を買い、帰路につく。


 「ねえ楓…」


唐突に話しかける。


 「どうされました?リリィ様」


 「楓は…恋とか興味ある…?」


いきなりだ。


 「恋ですか…正直に言いますとありますよ?僕も執事である前に男なので。それはどうしようもないですね」


正直に答える。主の問いに偽りなく答えるのは当然だ。


 「私もね…興味あるの…」


少し小声のリリィ。


 「お年頃ですし、特におかしいという事もないのでは?」


 「そうなのかな…でも、私よりきっと皆、姉さまを好きになると思う…」


レイとリリィは仲良しだが、性格はやはり違っている。明るく活発でアクティブなレイ。これは母親に似たものだ。リリィは物静かで穏やか。冷静だが優しい。こちらは父親に似たもの。2人とも人付き合いはちゃんと出来るが、目立つのはやはりレイなのだ。リリィは少しばかり嫉妬している節がある。


 「レイ様を好きになる人は勿論いるはずです。ですが同じように、リリィ様を好きになる人もいるんですよ」


 「そっか…楓は…姉さまが好きになる人ってどんなタイプだと思う?」


視点を変えた質問だ。


 「そうですね…やはり、ヒーローみたいな気質の方でしょうか」


 「あ、私も同じ予想してた…♪」


リリィが微笑む。


 「ではリリィ様はどんな方が好みなのですか?」


 「冷静だけど…ちゃんと笑える優しい人。目立ったりしない、派手でもない、だけど頼れる人…かな」


 「リリィ様ならきっと出会えますよ♪」


リリィを励ました。そんな会話も束の間、学園の寮へ帰ってきた。



 その頃、王宮内ユーリの部屋にて、


 「レイ…」


 「母様…?」


ユーリが真剣で重い表情で語り掛ける。


 「これを見て…」


ユーリが袖を捲る。


 「これは…ドラゴンズ・アーク…」


レイが静かに見つめるもの。それは王族に宿るドラゴン出現の証だ。


 「ええ…でも、こんなアーク見た事ないのよ…」


 「確かに…」


ドラゴンズ・アークはどのドラゴンが来るかを特定する重要なものだが、ユーリに浮かび上がったそれは見覚えがない。


 「しかも女王の私に宿るというのが気になるわ…」


 「それほど、強大なドラゴンならアークも資料によく出てくるようなものになるはず…」


強大なドラゴンとは即ち有名なドラゴンという事でもある。


 「ねえ…レイ。」


 「なに…?」


 「明日、学園図書館で調べてくれないかしら…未確認のアークを公表すればきっと皆が混乱するから、先に情報収集したいの。」


 「分かった…彩には話さなくていいの…?」


 「そうね…話しておくべきだわ…明日会ったら伝えてくれる?」


 「任せて」


母親として最も信頼できるのは他でもない愛娘だ。女王として頼むという以前に母親としてやはり一番最初に話すのはレイだ。


 「今日は母様と寝る…後で来ていい…?」


レイが甘えたそうな顔で尋ねる。


 「いいわよ♪夕飯済ませたらいらっしゃい♪」


微笑むユーリ。レイは小さい頃から甘えん坊な所があった。成長してもやはり、母親には甘えたいようだ。その日の夜、レイはユーリに抱きしめられながらぐっすり眠った。

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