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中編

 



 季節は緩やかに流れ、本日は学園の卒業パーティー当日です。

 

 ええ、当日なのです。


 卒業式は昨日行われたので今日はパーティーだけなのですが、私をエスコートして下さっているのは、なぜか麗しの王子様こと、卒業と同時に王太子となられたセンディエル様。


 会場に入場した瞬間、すごい視線の嵐でしたよ。

 そりゃそうだよね、本当なら、婚約者のアンネローズ様をエスコートして然るべき場所で、たかだか貧乏子爵家の娘をエスコートしてるんだから、そりゃあ人目を引くわ……。


 突き刺さる視線は四方八方から向けられ、中でも一際華やかな一団……ああ、あれはアンネローズ様と取り巻き一行ですか。


「サラ、気を付けろ。奴らが来るぞ」


 こそっと怖い事を言うのはジール様。

 殿下がエスコートをするという事で、伯母様が妙に心配をしていたらしく、息子であるジール様に私を守るようにとおっしゃったとか……。

 だから、ジール様は初めから側に居ますよ。殿下と私の背後にこっそりと―――


「心臓に悪い事をおっしゃらないで下さいな、ジール様。それでなくとも周りの視線が痛いのに……」


「君でも、怖いものがあるんだね?」


「人をなんだと思っているのですか、殿下? はぁ、早く帰りたい――」


「逃がさないと言っただろう? この場に君を伴って入場した瞬間から君の未来は決まったんだよ、サラ」


 耳元で告げられた言葉に鼓動が跳ねます。

 強引なのは分かっていたけど、前触れもなく赤面セリフを言われるとさすがに動揺します!


「顔が赤くなってる。可愛いね、サラ」


 微かに耳朶に感じる柔らかい感触は、殿下の―――!


「な…何をなさっているのですか?」


 声が上ずっているのは仕方ないと思います!

 だって、殿下が私の耳に口づけたんだもの!


「皆に知らしめようと思ってね。君のその翡翠色の髪も新緑を思わせるその瞳も、今日から全て私のものだよ、とね」


 悪戯めいた口調で話しているけど、それって明らかに挑発でしょう!


「…殿下」


 ほら来ちゃったっ!!




 ★




「…殿下、本日はどうしてわたくしをエスコートしてくださいませんでしたの? 父から知らせを受けた時は信じられませんでしたわ」


 うわ~、始まっちゃった。

 

 目の前には、恐ろしいくらいに目を吊り上げる美女こと、アンネローズ様とその取り巻き一行がまるで居殺さんばかりに私を睨みつけている。


 さすがに目の当たりにすると怖いかも……。

 ちょっと殿下の後ろに隠れて良いかな…?


「大丈夫だよ、サラ。私が傍にいる」


 宥めるように私を労わる殿下に、さらにアンネローズ様の眦が吊り上がる。


「あら、随分大切になさっておられるのね。わたくしというものがありながら、それはあんまりではありませんの?」


 傷ついた態を見せているけど、アンネローズ様の目は明らかに現状を楽しんでいるよね? そして、取り巻き一行は、


「たかだか貧乏子爵家の娘程度で、アンネローズの婚約者たる殿下に媚を売るとは嘆かわしい」


 そう言うのは、アンネローズ様の従兄妹でもある侯爵家次男様。

 ゲームでは、アンネローズ様の事を酷く嫌っていた設定のはずなのに、今ではかなりの信奉者。何があったのかは知らないけど、これも、記憶もちによる幼少時からの攻略のたまものですか……。


「殿下、もう茶番はそのくらいになさいませんか? アンネローズ様は何もかも分かっておられますよ」


 諭すように殿下に進言する長身の青年は、伯爵家嫡男で同じく攻略対象の一人。

 線の細い見かけとは違い、その魔術の実力は学園上位。


 確かあまり人を信用しないキャラだったような気もするけど、これもアンネローズ様の攻略のたまものですか。幼少時から接して、信用を勝ち取ったという……。

 おかげで私は、初めから目の敵にされていましたよ。


「ローズは、私の何を分かっているというのかな?」


 見た目穏やかに、その内面、かなり険悪な殿下は、伯爵家子息の言葉に問い返しています。


「アンネローズ様はいつもおっしゃっていましたよ。殿下は、その娘に騙されていると……」


 私をちらちらと気にしながら言葉を発するのは、何をかくそう私の幼馴染のはずの子爵家子息。


 ええ、はずの、です。


 ゲーム上では、貧乏子爵家の娘と知って尚、親身に助けてくれる心優しい攻略相手であったはずなんだけど、やっぱり彼もアンネローズ様の攻略の魔の手にかかっていたようです。現実は、幼馴染どころか、学園に入るまで面識がありませんでした。


「アンネローズは、いつも言っていたよ。殿下は、いつかきっと気づいてくださる、と! それなのに…ずっと耐え忍んでいた彼女を、君はまだ苦しめるというのか?」


 責めるように言う最後の取り巻きは、殿下の幼馴染でもある公爵家子息。

 ジール様と双璧を成す殿下のよき側近であるはずの彼も、アンネローズ様に落ちていたようです。

 

 微かに聞こえるため息は、すぐ背後のジール様から。

 もしかして、ジール様がアンネローズ様の事を訊ねると決まって機嫌が悪くなるのはこの公爵子息の所為ですか?


「ジール、君も分かっているはずだ。アンネローズ以外に殿下の相手に相応しい令嬢はいない、と」


 挑発的な眼差しを軽く受け流し、ジール様は私の頭を撫でながら口角を上げて微笑んだ。


 かなり、怖い、笑みです―――


「アンネローズしかいない、ねえ。どう思う、センディエル?」


 殿下を呼び捨てにしているのは、あえて親しさを強調するため?

 いや、これ、かなり怒ってるんじゃない?


 ジール様の呼びかけに、殿下…センディエル様は、殊の外楽しそうに微笑みながら、まるで見せつけるように私の肩を抱き寄せる。


 だから、私を巻き添えにするな! 


「そうだね。確かに君しかいなかっただろうね」


「ならば……」

「昔なら……」


 公爵子息の言葉と、センディエル様の言葉か重なった。


 懇願するような子息の声音に対し、センディエル様の声はかなり冷え切ったもの。それだけ気分を害しているとなぜ気づかないんだろう?


 あら?


 アンネローズ様が、傍目には殿下に蔑にされた令嬢を装って肩を震わせているように見えるけど、私にはなぜか、懸命に顔がほころぶのを我慢しているようにしか見えないんだけど、気のせいかな?


「今のローズ、いや、アンネローズ嬢にはその資格がない」


「資格がないとは、いったいどういう事ですか? わたくしがいったい何をしたというのです!」


 怒っているのだろうけど、どうもその表情は、何かを期待している風に見える。


「私が知らないとでも思っていたのか?」


「何をですの?」


「君がサラを苛めていた、という事だよ」


「あら、苛めてはいませんわ。そこの身の程を知らない娘に、自分の立場を弁えなさい、と教えて差し上げたのですわ」


「それだけではない。ローズ、君はサラに危害を加えただろう?」


「それは魔術の訓練ですわ。危害を加えるだなんて人聞きの悪い……」


「人目を避けての一方的な魔術の訓練、ね……」


 そう、ボソッと呟いたのは、ジール様。

 センディエル様はというと、僅かに目を眇めながらアンネローズ様を凝視していた。


「…非を認めないか」


「わたくしの何処に非があるのか教えてほしいものですわ、殿下。それとも、婚約者のわたくしより、その娘の言葉を信用いたしますの?」


 アンネローズ様の言葉に、センディエル様は僅かに口元を綻ばせた。

 

「ああ……私はサラの言葉を信じるよ」


「…それほど愚かにおなりですか、殿下」


「愚か…ね。むしろ、愛する者の言葉を信じずに誰を信用するというのだ?」


「騙されているのです! その娘に!」


「ほぉ…君は、私が甘言に乗り騙されるような人間だと思っているのか?」


「騙されているではないですか!」


「君にそこまで言われる筋合いはないよ」


「どうしてですか? わたくしは貴方の婚約者です。間違いを正して何がいけないのです!」


 感情むき出しのアンネローズ様に対して、センディエル様はものすごく冷静。

 あまりの温度差に呆気にとられる程…。

 

「あくまで婚約者と言うのか。ならば仕方ない……。本来なら、ここで言うつもりはなかったが……」

 

 どこか呆れ口調のセンディエル様だけど、その言葉を聞いたアンネローズ様の目が……目が笑ってる! これって、あれ? もしかして、決めのセリフを待ってる?


「ローズ…いや、アンネローズ嬢、君との婚約は解消する」


 あ~~言っちゃった!!


 駄目…駄目だよ! これ、完全にヒロインざまぁなフラグ立っちゃったよね?

 え? もしかして、私? 私がざまぁされるの? 絶対嫌だ~!


「解消など、本当に出来るとお思いですか? わたくしと殿下の婚約は国が定めた事。それを貴方様は独断で破棄なさると?」


 淡々と、されど口調はどこか楽しそうに言を告げるアンネローズ様は、勝者のように私を見つめる。


「それに、そこの貴女? 貴女に殿下の妃が務まりますかしら? なんの教養もない貧乏子爵家の娘が、陛下並びにこの国の重鎮に認められるとでも?」


 え…と、ここで口を噤んじゃいけないんだよね。ヒロインだったら、確か……「出来ます! 私は、何があっても殿下を支えていくと決めたのです。アンネローズ様には本当に申し訳ないと思います。でも、私は殿下を…センディエル様を心から愛しているのです」と言って、センディエル様と視線を交わす、だったっけ?


 無理~~~! 絶対に出来ない! なんであんな恥ずかしいセリフを言わなきゃならない! もうこうなったら、何も言わないに限る。口は閉じたままにしよう、そうしよう! 


「どうして何も言わないのかしら。ああ、貴方も自覚していらっしゃるという事? そうならば、すぐにでも殿下の側を離れてくださいませ!」


 はい、離れます!


 アンネローズ様の怒声にビクッとなり、反射的に離れようとした私の腰を殿下は絶対に逃がさない、とでも言うようにガッチリと捕まえていました。


 なんで力を入れてるんですか!


「私から逃れようとするなんて、いけない子だね、サラ」


 はい、ごめんなさい!


 甘い言葉とは決して言えない!

 だって、耳元で囁かれたその言葉の続きに「この場から逃げるなんて、許さないよ」と言われたら、逃げようがないじゃないですか!


「サラがセンディエルの側を離れる必要はないよ」


 ジール様が、大丈夫だから、とでも言いたげに私の前に立ちました。

 アンネローズ様を真正面から見据えている格好です。


「どういう事でしょうか、ジール様」


「ジール……」


 そのアンネローズ様の隣には、取り巻き一行が陣取ります。

 声を発しているのは、公爵子息ですか――


「本当に…相も変わらず彼女に翻弄されて、まったく、頭が痛いよ」


「なに…?」


 向けられた言葉は、公爵子息にですよね?

 挑発されたと思ったのか、公爵子息の顔色が変わっているもの。きれいな顔立ちなのに、まるで般若のよう……。


「あれほど忠告したのにな、私は…。殿下の婚約者でもあるアンネローズ嬢に好意を向けるな、とね」


 あら、そんな忠告をしてたんだ。


「アンネローズを大切と思う気持ちがなぜいけない…。そもそも、おまえだって、アンネローズに助けられただろう!」


 あら、ジール様ももしかして攻略されていた?

 

「助けられた…ね。ふふふ…あははははっ!」


「何がおかしい!」


「だってさ、その助けられた事自体が不自然だったんだからアンネローズ嬢に好意を向ける事は無いよ!」


 そうだろう、アンネローズ? と続けられた言葉に、アンネローズ様は、訳が分からない、とでも言いたげに不審そうに眉を顰めている。


「君は言ったよね。まだ、幼い時分、サラの存在も、母の妹…叔母上の事さえ知らない時に、君は確かに言ったんだ。日々、憔悴していく母に心を痛める私に君は「見つかりますわよ、叔母上様。そうですわね、学園に入られたら、きっと叔母上様の娘が入学してきますわ。そして、貴方のお気持ちも、きっと伝わりますわ」とね」


「…あっ」


 何かに思い至ったのか、アンネローズ様の表情から笑みが無くなっている。いや、若干焦っている?


「おかしいと思わないか? 私自身が知らない自分の叔母上やその娘の事をなぜ君が知っていた?」


 それって、ジール様の攻略イベントにあったよね?

 確か、攻略を開始してからだから、学園に入ってからのイベントで、その時にはすでに叔母の存在を知っていて、その境遇も粗方わかっていてのイベントだった気がするんだけど…。   


「私には従兄妹がいるんだ。とても、苦労しているみたいだから、いつか力に成りたいと思っているんだよ」

「いつか会えますよ、その従兄妹さんに。大丈夫、ジール様のお気持ちはきっと伝わります」

「そうだろうか…」

「はい」

「君が……サラが、私の従兄妹だと良いのにな」


 という、イベントのはず。


 そのイベントを起こしたの? まだ、叔母の存在すら知らない時に? ましてや、私の存在なんて、知っている方がおかしいよね?


 もしかして、最悪のエンディングを回避する為に手当たり次第攻略していたの? 四人はうまく攻略できたから、隠しキャラのジール様もいけると思った? ていうか、肝心の麗しの王子様攻略せずに、何してたんですか!?


「私が不審に思うのは当たり前だよね、アンネローズ嬢?」


 答える事が出来ないのか、アンネローズ様は、ただ唇をかみしめたままジール様を睨みつけていた。


 しかし私は見た! 

 アンネローズ様の唇が微かに「隠しキャラのくせに…」と呟くのを―――


 うわぁ~、本当に記憶もちだよ。

 やっと、確認できた!

 やっぱり――いつからかは分からないけど、たぶん私より早くに思い出している気がする――ずっと攻略してたんだね。


 でも、それならなんで王子の攻略を失敗してるんだろう。アンネローズ様を見てると、絶対に王子様の事、好きだと思うんだよね。


 もしかして、好きだからこそ失敗した?

 どうせ、ヒロインを好きになるなら初めから近づかない方が良いとか、どんなに想い合っても、ヒロインが現れれば補正が入って奪われる、とか思っていたりして…。


 あれ?

 それって、私のせい?


 い…いやだ~~!

 のしをつけて差し上げますから、私は帰らせてもらっていいかな……。




 駄目…ですか?




 



ありがとうございました!

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