第6話 繋がる気持ち(ハッピーエンド 稜←真)
「ね。俺みたいなのが、真也みたいな子を好きになっちゃ迷惑なんだよ? ……わかってくれる?」
「……それでも、好きだ」
好きだ、と瞳を見つめてもう一度。確実に届くように言ってやった。
「え……っ、おい……」
稜司の目が見開かれ、薄闇の中でもそうと解るくらいに頬が紅潮する。
きっと、自分のこの言葉はかなりのカウンター攻撃になったんだろう。ちょっと気分がいい。
――ざまあみろ、と思う。
「寝る。おやすみ」
「……え、え……? 真也……?」
戸惑う声も無視して、リモコンを取って部屋の灯りを完全に消してやる。
電気を消しても、何やかやで窓の外から入ってくる光のせいで暗闇は柔らかい。
どうせ忘れられてしまうんだから、今だけでも。
(お前に……少しでも響けばいい)
小さな棘となって、僅かな間でも稜司の心に刺さってくれたらいいなと思った。
◆ ◆ ◆
ここに越してきた時もそうだったけれど、大きな家具や家電がない単身者の引っ越しはあっさり終わってしまう。
運送会社の小型トラックに荷物を任せ、真也達は電車で新しいマンションへと向かった。
「なかなか良い部屋じゃん。眺めも最高!」
「その分、駅から結構遠いけどな」
まあ、それはこの家賃で相殺だ。
このマンションにはエレベーターもあるし、あの404号室よりは生活しやすい……はずだ。
「そっかぁ……真也はここで暮らすんだなあ……」
「うん……」
ぐるりと部屋を見回しながら改めて言われても、何だかまだ現実感がない。
時間が経てば、ここを自分の部屋だと思えるようになるんだろうか。
「んじゃ、真也はまずざっと床の掃除な。俺はカーテンを取り付けるか。真也の身長じゃ大変だしなー」
「……お前なあ……」
「あはは、冗談だって!」
張り切った様子で椅子に上った稜司のポケットから、携帯の着信音が鳴り響いた。
「……っと、もしもし? ああ、うん……え、今?」
画面の表示を見て表情を曇らせ、声にも苦みが滲んでいる。
……あの男からだ、と真也は直感で理解した。
「今すぐって言われても……。そんな怒鳴るなって……」
携帯から漏れる会話からすると、稜司はあの男から呼び出されているのだろう。
離れていても、電話の向こうから怒気を孕んだ声が聞こえてきた。
「ああもう、ちょっと待ってくれよ……」
通話を保留にし、稜司は大きく溜め息を吐いた。
「悪い、真也……俺、ちょっと急用」
「え……!」
渋い表情のまま、稜司は椅子から降りて部屋を出ようとする。
「手伝いの途中なのに、ごめんな」
「稜司っ!」
(そんな……あいつの所に行くのか……?)
頭の中に、訳のわからない感情がぐるぐると渦巻く。
嫌だ、と叫びたかった。行くなと、縋ってでも止めたかった。
(でも、俺が止めても……意味なんてないんだよな)
ぐっと拳を握り、喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。
「……ごめん、ホント急ぐんだ。また連絡するから、落ち着いたら飯でも行こうな。じゃ!」
「あ、……っ」
バタバタと慌ただしく、稜司は走っていってしまった。
「稜司……」
ぽつんと一人残された部屋で、迷ったのはほんの一瞬。
(――行かなきゃ)
追い掛けて、掴まえなきゃ。
稜司が出て行って、この部屋で一人になって。
これからずっと、こうして一人で暮らしていくのだと実感した瞬間、真也の中でかけがえのない気持ちが込み上げて決壊した。
好きだ、と。どうしても好きなんだと。
「俺、やっぱり、諦めたくない……!」
こんな所で俯いてなんていられない。
真也は稜司を追って、思いっ切り駆け出した。
エレベーターを待つ間ももどかしく、階段を駆け下りて外に出る。
真也は必死で稜司の姿を探した。
(稜司……、稜司……ッ!)
息が切れて、胸が苦しい。それでも、どうしても掴まえたかった。
こんな別れ方なんて、したくなかった。
「……だから、今そっちに向かってるって! すぐ行くって言ってるだろ!?」
(――――あ)
電話をしながら歩いている稜司の背中を見付け、真也は全力で走りながら手を伸ばした。
(届け――!!)
「便利屋じゃないんだから、そんなにすぐ着くわけな、――ッ!?」
追い付いた真也は後ろから手を伸ばして、通話中の携帯を奪い取った。
息を呑み、驚愕に目を見開いた稜司が振り返る。
「……っ、はぁ……はぁ……っ」
走って乱れた呼吸のまま、真也は稜司を睨み付けた。
「し――真也っ!?」
手に持った稜司の携帯からは、男の怒号が聞こえてくる。
真也は大きく息を吸い、携帯を耳に当てた。
「俺が稜司の新しい恋人だっ!! お前になんか渡さないんだからな! 二度と近付くなッ!」
電話口の男が唖然としている間に、真也は言うべきことを言って通話を切った。
「あ、あの~……真也……?」
呆然としている稜司に携帯をつき返し、真也はもう一度大きく息を吸い込んだ。
「……おいっ、稜司!!」
「は、はいぃっ!?」
「惰性であんな男と付き合ってないで、さっさと俺を選べっ! 寂しい思いなんて絶対させないんだから、浮気する暇もない!!」
へ、と間の抜けた声を上げた稜司は、ぽかんと口を開けている。
「――好きだッ! お前のことが、好きなんだよ!!」
「真也……」
勢いでやらかしてしまったが、ほんの少しでも我に返るとどっと恥ずかしさに襲われる。
興奮と羞恥と、色んなものがない交ぜになった感情で頭がグラグラした。
「真也……顔、真っ赤」
「~~~っ、当然だろうが! 一世一代の大告白だぞ!? これで冷静になんてなってられっかよ!!」
半ばやけくそになって怒鳴ると、くすりと稜司が笑う吐息が耳に聞こえてくる。
――ふ、と。唐突に目の前が陰ったと思ったら、柔らかいものが唇に触れた。
(…………え)
それがキスだと気付いたのは、屈んだ稜司の顔が離れていってからだった。
「り、稜司……っ!?」
「ホントに俺でいいの? 俺が真也を選んじゃっていいの? ……俺、めんどくさいよ?」
春の陽射しの中、稜司がクスクスと肩を揺らして笑う。
「俺……恋愛事には重いよ。きっと、真也を縛るよ? 傍にいてくれって縋るよ?」
「……いいよ。どんな稜司だって、俺は受け止めるから」
稜司の笑みが僅かに歪み、闇を匂わせる。
……それでも、彼を想う気持ちはこれっぽっちも変わらない。
「お前が寂しいって言うなら、寂しくなくなるまで傍にいる。約束する」
「……っ」
(ああ、ほら……その顔)
病的なまでに昏い笑みの底に、泣き出しそうな表情が隠れている。
不安に怯える子供のように、純粋に人の体温と気配を欲する心。彼の中にある傷。
「大丈夫。俺は、壊れないから」
何があったのか、どうしてそうなったのかは、これから時間を掛けて知っていけばいい。
一人では変われないのなら、二人で癒していけばいい。
「――好きだ。稜司」
「…………」
稜司の両瞳から、すっと涙の筋が落ちる。
それはとても静かで、美しい涙だった。
「……真也……俺、真也と一緒にいてもいいの?」
「うん。……っつーか、一緒にいてくれよ」
「404号室に、帰ってきてくれるの?」
「うん。帰りたい」
頷くと、稜司は泣きながら笑った。
「新しいマンション、契約したばっかなのに」
「そ、それは……、どうしよう……引っ越しも、ああっ!」
「いいよ。俺が上手く交渉してあげる」
初めて会った日の口八丁振りを思い出し、真也もくすりと笑った。
「……うん。すっげー頼りにしてる!」
柔らかな陽射しの中、微笑み合う視線が絡まる。
それが合図だ。言葉なんていらない。
どちらともなく瞳を閉じ、そうするのが当然のように二人の唇が重なった。
帰ろう。あの部屋へ。
俺達が暮らす、あの家へ。
――そして、二人で拙い恋を一歩ずつ始めるんだ。
「じゃ、帰ろっか。今日トイレットペーパー特売だから買い溜めしときたかったし、真也いると助かるなー」
「はいはい。荷物持ちでも何でもやるよ!」
笑いながら手を繋ぎ、同じ帰り道へと歩き出す。
繋いだ手と、繋がった想いをしっかりと結びつけて――この恋を大切に育てていこう。
面倒でも、重くても、大変でも、時には逃げ出したくなるくらい辛いことがあっても……どんな恋愛だって、二人ならきっと楽しいのだから。
HAPPY END(稜←真)