第5話 「好き」
「月城様、それではこちらにご本人様の署名と捺印を」
「あ……はい」
「お父様は、そちらの保証人の欄に署名と実印をお願いします」
不動産屋の事務所で、新しい部屋の契約書にサインをする。
未成年である真也が部屋を借りるには、保護者の同意が必要になる。今日の契約にも、義父が一緒に来てくれていた。
「これで、必要書類は全て揃いましたね。この度はご迷惑をお掛けいたしまして、誠に申し訳ありませんでした」
手際よく契約を済ませ、担当者は肩の荷が下りたように微笑んだ。
「ハウスクリーニング後にお部屋のお引き渡しを致しますので、ご入居は1週間後からになります」
「……わかりました」
新しい部屋への引っ越しは1週間後。……あの404号室を出る日が決まった。
不動産屋を出て、父親と二人で街を歩く。日曜の駅前は賑わっており、連れだった人々で活気に満ちていた。
(家族連れと……恋人同士、かな)
ぼうっと人の流れを目で追いながら歩いていると、隣の義父から声を掛けられた。
「二重契約と聞いた時はどうなることかと思ったが、良い部屋が見つかってよかったなぁ」
「あ、うん……今日はありがとう、お父さん。休みの日にわざわざごめん」
「謝ることはないさ。父親として当然だろう? 真也と一緒に出掛けられて、むしろ嬉しいよ」
義父は二度目の内覧と契約にも嫌な顔一つせず、真也に付き添ってくれた。
こんな風に仲良く歩いている姿は、端から見れば義理の親子だなんて誰も思わないだろう。
「真也、これからどうする? もうすぐ昼だし、飯でも食っていくか?」
「あ、ごめん。俺、帰んなきゃ。昼飯の当番なんだ」
「当番!?」
義父は目を円くしてこちらを見る。
それはそうだろう。今まで、家では全く料理なんてしたことないんだから。
「俺ね、同居人に教えて貰ってちょっとだけ料理できるようになったんだよ。すげぇ簡単な物ばっかだけど、肉じゃがとか、きんぴらとか」
稜司との生活で、少しずつ色んな事を覚えていった。
「アイロンの掛け方とか、洗濯物のたたみ方とかも、色々」
あの404号室に住んで――たくさんのことを知った。
日々の挨拶を交わすことの心地よさや、人との暮らし方や、いろんなこと。
嬉しいこと、楽しいこと、穏やかな気持ち。
泣きたくなるほど切なく――人を好きになること。
(初めての……恋人の、キスも)
大切なことを、たくさん覚えた。
「そうか。いい人と暮らしてたんだな」
「うん……楽しかったよ、すごく」
するりと自然に言葉が出てきた。
そうか、と改めて真也は自分の気持ちを振り返る。
(うん、楽しかった……)
びっくりさせられることも多かったけど、毎日が本当に楽しかった。
「同居してる人とは始めにお母さんが電話で話したそうだが、お父さんも一度ご挨拶に行った方がいいかな」
「え、いいよ! ほら……もうすぐ引っ越すし」
「そうか……。じゃあ、引っ越しが終わってから、改めて菓子折でも持ってご挨拶に行こうか」
義父の言葉にうんと頷き、駅の改札を通ってホームへ向かう。
ここで、帰る場所の違う義父とは別れることになる。二人はホームに上がる階段の前で立ち止まり、それぞれの方向の電光掲示板を見上げた。
「こっちは今出たとこだな。真也は?」
「俺の方は……っと、あと1分だし次のにする」
「いいのか?」
「うん、そこまで急いでないし」
駆け込み乗車をしなければならないほど、時間に余裕がない訳でもない。次の電車で帰っても、昼の支度には十分間に合うだろう。
ふっと、二人の間で会話が途切れた。
義父がホームに上がるまでは、あと5分といったとこだろうか。
聞きたい事や話したい事はあるはずなのに、こういう時に限って何も言葉が出てこない。
真也がまごついている間に、沈黙を破ったのは義父の方だった。
「真也……すまないな」
「……え」
「お前一人を家から出させるようなことになってしまって、本当に申し訳ないと思っているよ……」
「お父さん……」
なんとなく二人共が触れずにいた部分に、義父は思いきって踏み込んできた。
「契約をしたばかりだが……その……いっそ引っ越しをやめて、家に戻って来ないか? なんなら、お父さん達が家を出てもいい。だから真也は――」
「お父さん」
少し強めの声で、真也は義父の言葉を途中で遮った。
それは、自分が一番望んでいない結末だ。
「……美緒は……元気にしてる?」
久し振りに口にする名前。可愛くて、大切な妹。
「ああ、元気だよ。美緒も、お母さんも元気だ」
「そっか。よかった」
真也は顔を上げ、もう一度「お父さん」と呼び掛けた。……今度は、ちゃんと笑顔で。
「大丈夫。俺、結構楽しくやってるよ」
「真也……」
「休みには帰るよ。家には、なるべく顔を出すようにする」
母も、義父も、そして義妹である美緒も。かけがえのない家族だと思っている。
(だからこそ、今はまだ時間が必要なんだ)
――生まれた恋が、彼女の中でほろ苦くも優しい思い出になるまで。
「そろそろ電車来るよ、行かなきゃ」
そう言って背を軽く押すと、義父は真也の頭を撫でて優しく微笑んだ。
「……ああ。そうだなあ、今度、真也の手料理を食べてみたいな」
「あー、うん。なんかリクエストあったらメールしてよ。練習しとく」
手を振り、階段を上る義父の背中がホームに消えて行くのを見送ってから、真也は404号室へと帰るための電車に乗った。
◆ ◆ ◆
「よ……っと、安いからってちょっと買いすぎかなあ」
いつものスーパーに寄った真也は、昼食の材料と一緒に消耗品類を入れたカゴを両手で持ち直した。
「いや、でも油も切れかかってたし……」
特売のサラダ油を更に追加すると、重みでカゴの手持ち部分がぎしぎしとたわむ。
これを袋に入れて、マンションまでのあの道程を歩くのかと思うと少しげんなりした。
「はーい、お困りですかー?」
「……っ、わ!?」
ひょいっと横からカゴを奪われ、急に両手の重量を失って思わずよろめく。
間の抜けたような明るい声。もう、振り向かなくても誰だかわかっている。
……こんな事をする奴なんて一人しかいない。
「稜司! 危ないだろっ!!」
真也から奪ったカゴを空のカートに載せ、犯人は悪びれもせず、ごめんごめんなんて言いつつへらりと笑っている。
「こーゆー時はカート使えばいいのに」
「そんなにたくさん買い込むつもりはなかったんだよ……安かったから、つい……」
「だよなー。日曜日のスーパーは車で来る家族連れ用に、こういう重い物が特売になっちゃうもんねえ」
そう言われて辺りを見回すと、普段学校帰りの平日夕方に寄る時とは客層が随分違っていた。
大量の荷物と一緒に、小さな子供を乗せる椅子が付いた車や動物を模したカートの数がやたらと多い。
「……なんか、遊園地みたい」
「あはは、そーかもな。上の階にキッズコーナーとかあるし、子供には遊園地気分なんじゃね?」
「つか、稜司なんでこんなとこいんの? 買い物?」
「いや、俺は大学に顔出してきたとこ。ちょうど帰り道に、真也の姿が見えたから追っかけてきたの」
そう言って、稜司は携帯を開いて画面を真也に見せる。
「じゃーん。我がチームの、ウズラのヒナが孵ったのだ!」
「ふぉ……っ、か、かわい……」
あまりに可愛すぎて、思わず変な声が漏れた。
ひよひよ、ぴぃぴぃ、とムービーの中で生まれたてのヒナ達が忙しなく動いている。
これを見れば、どんな人間も瞬殺でメロメロになるだろう。
「だろ? だろ~? 孵りそうだって連絡もらって、速攻飛んでったぜー。もー、ホンットかわいいんだよー!」
目尻を下げる稜司の姿から、あの時感じた病的な危うさは全く伝わってこない。
(本当に大学に行ってきたんだな……)
あの男に会いに行ったんじゃないんだと思って、安堵の気持ちが広がる。それと同時に、そんな風に疑ってしまう自分にちょっと罪悪感を覚えてしまった。
カートを押す稜司と並んで、陳列棚を見て回る。
「うお、醤油やっすーい! 買うー」
「あ。俺、コーラ買いたい」
「いいぜー、どんどん載せろー!」
家族連れの熱気にあてられたのか、何だか必要以上にはしゃいで色んな物を買ってしまった。
……となると、結果は火を見るよりも明らかな訳で。
大量のビニール袋を手に提げて、真也と稜司はスーパーを一歩出たところで途方に暮れた。
「お、重い……」
「そーだよなー……つい釣られて買いまくったけど、俺ら、車じゃないもんなー」
「……どうすんだよ、これ」
調子に乗って買い込んだ、調味料やジュースのペットボトル類がずしりと掌に食い込む。
「タクシーとか……」
「だめ!」
ぼそりと呟かれた稜司の言葉を即座に却下する。特売品を買ってタクシーで帰宅なんて、本末転倒もいいところだ。
「うぅ……真也がきびしーよう……」
「これから節約しなきゃなんだし、贅沢してらんないだろ!」
自分で言って、自分の言葉にはっとなる。
稜司も同じことに気付いたのか、ほんの僅かに息を呑んだ。
「そっかー……そーだよな。うん。来月から、家賃払わなきゃいけないもんなー」
「そうだよ……俺だって、引っ越しで物入りだし、新しい部屋の家賃もかかるし」
「今日、契約行ってきたんだよな。引き渡し、いつからになるって?」
「……来週。休みでちょうどいいし、その日に引っ越そうと思ってる」
そうか、と稜司は頷き、荷物を持ち上げた。
「休み休み、のんびり歩いて帰ろっか。すっげーいい天気だし、お散歩気分ってことでさ!」
「……うん」
両手に袋を提げて、腕が伸びそーなんて二人で笑い合いながらマンションまでの道を歩く。
この道をこうして歩くのも、あと一週間の間なんだと思うと何だか鼻の奥がつうんと痛くなって、視界が滲んできた。
(これも、いい思い出だって振り返られる日が来るのかな……)
両親や妹とは、離れて暮らしてもその愛情は変わらない。
そこに、家族としての絆が確かにあるからだ。
(でも、稜司とは……)
同居人という間柄がなくなってしまったら、後に何が残るのだろう?
(良くて友達……いや、何も残らないのかも)
ここに越してきた頃はまだ冬の終わりだったが、降り注ぐ陽射しはもうすっかり春のものへと移り変わっている。
真也は汗を拭う振りをして、潤んだ瞳を袖でごしごしと擦った。
◆ ◆ ◆
学校に行って、普段通りの生活をして、新しい部屋へ引っ越すための荷造りをして。
そんな毎日を過ごしていたら、一週間なんてあっという間だった。
「ふぅ……こんなもんかな……」
荷造りを終えた部屋を丁寧に掃除し、真也は大きく息を吐いた。
今夜寝るための布団、着替えや洗面道具など身の回りの物を残して、他は全て積み上げられた段ボール箱の中だ。
「明日、引っ越すんだなあ……」
ここで暮らしたのは、結局2ヶ月と少し。
たった2ヶ月だけど、きっと一生忘れることはないだろう。
コンコン、と軽いノックの音が、真也の思考を遮った。
「真也ー、これも持ってく?」
「ちょ……稜司、もういいって! なんで洗剤……」
「洗剤は大事だぞ!」
ドアから顔を出した稜司は、洗濯用の洗剤を片手にえっへんと胸を張る。
この調子で、さっきから缶詰だの買い置きの歯磨き粉だのを持ってきては、真也の荷物に詰めていく。
「もう全部箱閉めたし、洗剤くらい買うからいいよ……」
「腐るもんじゃないから、持ってけー。ここ詰めたらまだまだ入る! うりゃっ!」
「稜司……お前、田舎のおかんみたくなってんぞ」
げんなりする真也を余所に、稜司は勝手に鞄を開けて洗剤の箱を押し込んでいる。
「あのさ……どうしたんだよ、お前。さっきからホント変だぞ?」
「ん~……なんか、真也が行っちゃうと思ったら、無性に何かあげたくなってさぁ」
「…………っ」
照れ臭そうに頭を掻く稜司に、何か言わなくちゃと思っても上手く言葉が出てこない。
「……もう、いっぱいもらったからいいよ」
「そうかー?」
「うん……、ホント、もう……」
ヤバイ、と思った。
――泣きそうだ。
「んじゃ、もう遅いし寝るかー。明日は俺、一日ヒマだし引っ越し手伝ってやるよ」
「……ありがと。助かる」
「布団敷いといてやるから、真也はそのバケツと雑巾片付けてこいよ」
「うん」
稜司は真也の布団を持って、当然のようにリビングへと歩いていく。
その姿が完全に見えなくなってから、真也は詰めていた息をようやく解放した。
(声……震えなかったかな……)
ちゃんと、返事できたかな。
コップにいっぱいの水を張ったように、ぎりぎりのところで踏みとどまっている感じがする。
あと一滴でも注がれたら、きっと――溢れてしまう。
(泣かないって、決めたんだ)
ちゃんと、笑顔で別れられるように。
パジャマに着替えてリビングに行くと、既に電灯が消されて豆球の灯りだけになっていた。
「真也ー、こっちこっちー。早くー」
稜司はぽふぽふと隣を叩いて真也を呼ぶ。
「はいはい、今行くって……」
「こーして寝るのも最後だし、今日はくっついて寝ようぜー!」
「えぇ……」
「はいそこ! 嫌そうな声出さないっ!」
「うぎゃっ!?」
手を掴まれ、布団の中に引っ張り込まれる。そのまま、抱き枕のようにぎゅっと思いっ切り抱き締められた。
「こらっ、苦し……って! 馬鹿っ!!」
「えへへー」
文句を言うと、あっさり腕の力は緩まった。代わりに、手を強く握られる。
「はー……落ち着くー……」
真也の手を額に当て、目を閉じた稜司は深い呼吸を繰り返す。
「……お前……これからどうすんだよ」
「どうってー?」
「俺が……いなくなっても、ちゃんと眠れるのか?」
真也の言葉と同時にゆっくりと目を開け、稜司はじっとこっちを見つめてくる。
「……どうだろ。でも、何とかするよ」
「…………」
眉間に皺を寄せた真也を見て、くすりと微かに稜司が笑った。
「あいつとは、暮らさないから。流石にもう懲りた」
「ん……」
「そんな心配すんなって。適当にどっか潜り込んだり、まあ……色々と手はあるし。そーなると、ただ眠るだけじゃ済まないのが面倒だけどさ」
「面倒って、なに」
真也の質問に対して、う、と稜司は一瞬言葉に詰まり、言いよどむ。
「えーと……あ~……なんだ、その、つまりはカラダでお支払いするギブアンドテイクってこと」
「お……お前なぁ……」
「ストップ! 真也の言いたい事はわかる。でも、これが俺なんだよ。もうどうしようもないの」
「…………っ」
もっと自分を大切にしろとか、陳腐な台詞はいくらでも頭の中に浮かんでくるけど、握られた手の熱さがそれを掻き消した。
「……お前は、それでいいのか? 好きな奴、いるのに……他の相手とそんな……」
「真也には、理解できないだろうな」
「できないよ、そんなの……」
人の温もりと呼吸を感じたいと欲して、好きでもない相手と身体を重ねる。
そんな行為はしたくないし、できない。……そして、好きな相手にも絶対して欲しくないと思う。
「なあ、稜司……お前の中で、恋愛って、何なの」
「寂しさを埋める手段」
さらりと平坦な声で断言されて、その冷たさに鳥肌が立った。
――それは違う、と。
ここに住む前はきっと解らなかったけど、今ならはっきりと解る。
(だって……だって、そんなの……!)
寂しいと思う隙間を平坦にするためだけに、誰かと寄り添って。
ひび割れた心をムリヤリ埋めて……それで?
(それだけで、満足するのか……?)
そんなの、全然素晴らしいものなんかじゃない。
(俺の中にある気持ちは、そうじゃない)
恋とは――もっと、満ちて、溢れて。自分の中をいっぱいにするものだ。
「……寂しいから、人を好きになるのか? どんな風に?」
「どしたの、真也。最後の夜だからって、ぶっちゃけ本音トーク大会?」
「茶化すな。ちゃんと答えろよ」
……やっぱり駄目だ。
こんな、はっきりしないままで放っておけない。
「そうだなぁ……。一目見ていいなーって、そのままなだれ込むのがほとんどだけど」
「顔かよ……!」
「あっ、そればっかじゃないぞ? もちろん、顔もあるけど……声とか、雰囲気とか、好きなタイプってあるじゃん」
ふうん、と頷く。……あの男はそのタイプなんだろう。
(くっそ、あんなのが好みなのかよ……)
自分とは正反対のタイプの男を思い出して、何だか腹が立ってくる。
「なーに、しかめっ面してんの」
「…………!?」
指先に柔らかい感触がして、はっと息を呑む。
口付けられたのだと理解した瞬間、一気に頬が熱を帯びた。
「り、稜司……」
「あと……気付かない内に、いつの間にかじんわり好きになってるのもある」
(え……)
「優しくされたり、心配されたり――」
甘く掠れた声と、柔らかな眼差しが真也の胸の中にしっとりと流れ込んでくる。
「一緒に寝てくれて、俺のために怒ってくれて、泣いてくれて……一生懸命、想ってくれて」
ぞくりと体に震えが走った。
(何だよ……稜司、そんな声……反則だろ……)
「最初は口下手でぶっきらぼうだったくせに、段々なじんでくれた。おはようも行ってらっしゃいもおかえりも、自然に言ってくれた。料理も苦手だったのに、すごく頑張った」
「稜、司……?」
どきん、どきん、と胸が高鳴る。
勘違いするな。……思い上がるな。
深い意味なんてない。稜司は、誰にでもこんな優しい表情を向けるんだ。
そう思っても、この甘く狂おしい動悸を抑えられない。
「まっすぐで、素直で、可愛くて――目が離せなくなる」
「り、稜司……っ」
駄目だ――もう、鼓動が激しすぎて、目眩がしそうだ。
「真也……可愛い……」
稜司が身動ぎすると、長い髪がさらりと揺れる。その一筋の流れすらも、真也の目を奪って止まない。
「……っ、……」
(どうしよう、もう……泣きそうだ……)
漏れそうになる嗚咽を必死に噛み殺す。
……と、稜司が唐突に起き上がって、おろおろと慌て出した。
「って…………あれ? ええっ!? あれっ、俺、真也のこと好きなのかも?」
「…………はぁ!?」
――頭の中が真っ白になった。
「え、ええっ、どうしよう? 言ってたらなんかそんな気になってきたー! わー、どーしよー?」
「~~~馬鹿かお前はっっっっ!! 何が『あれっ』だ! ……何が『好きなのかも』だ!!」
がばりと起き上がり、思いっ切り怒鳴る。
限界まで高まった感情がぷつりと一度切れて止まり、反動で逆方向に爆発した。
「ちょ、真也……夜中夜中ー。ご近所迷惑ー」
「うるっせえ!! ああもうっ、信じらんねぇ……!」
勢いで起き上がった真也は、へなへなと脱力して布団に突っ伏した。
「いやー、ごめーん……ほら、順を追って口に出してみて、初めて気付くことだってあるじゃん?」
「…………っ、お前なあ……!」
ごめーん、なんて軽く言われて、はいそうですかとでも返せると思うのか。この馬鹿は。
「お前、マジもんのバカ? ホント何考えてんだ馬鹿野郎っ!」
「そんな馬鹿馬鹿って連発しなくても~……」
拗ねたように口を尖らせて、稜司は真也の隣に潜り込んで横になる。
「まあ、でも……俺は気付こうと気付くまいと、変わらないよ。これ以上、どうする気もない」
「え……」
「真也を好きだなあって思うけど、あいつとも離れられないし。寂しいって思ったら、俺は誰とでも寝るし」
ずきん、と胸が痛んだ。
これがいつものふざけ半分な言い方なら、まだ救われたかもしれない。
だけど、稜司の口調は淡々と紡がれる。
「前も言ったけど、真也は俺に引っ掛かっちゃダメ。恋に夢も希望も持てる人間が、こんなのを選んじゃダメなんだよ」
「……っ、なんで……」
違うと言いたかったけれど、稜司の真剣な瞳に押されて言葉が途切れてしまう。
あやすように頭を撫でられて、完全に反論を封じられてしまった。
「ね。俺みたいなのが、真也みたいな子を好きになっちゃ迷惑なんだよ? ……わかってくれる?」
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