バッドモーニング
なんだって? 死にゆく者? いや、そんなことはどうでもいい。
状況を把握しないと……俺は脳味噌をフル回転させる。
「てめえは誰だ!! 姿を表せ!!」
目の前の筋肉隆々としたガチムチ婆さんが、声高に叫ぶ。
なんで婆さん!? いや、なんであの婆さんガチムチなんだ? 全裸だ……
いや、そんなことはどうでもいい。整理しろ、なぜ、俺は素っ裸でレンガ造り の広場にいる? 気を散らすな、俺。
「ほう、威勢のいい。じゃあまずは君からだ」
そう低い声が響きわたると、ガチムチの婆さんが、のどを押さえ、倒れ込んだ。
「う……や……め……ろ……助け……て……」
手を俺に伸ばしながらガチムチ婆さんは息絶えた。その身体が白く光り、粉々に砕け散り空に立ちのぼっていく。
何が起きたのか、すぐには理解できない。低い声が響いて、ガチムチ婆さんが苦しみだし、消えた。婆さんが何者かに、なにかしらの方法によって殺されたのか。
本当に不意の出来事には、人は、理解できず、呆気にとられる。周りの全裸集団も例外ではない。徐々に理解していき、未知の恐怖に静まりかえっていく。しかし、例外がいる。俺と、遠くに見える黒いシルクを身に纏っている少女だ。
「これで理解していただけただろうか? 諸君の命は、我々『自由の革命軍』が握っている。生かすも殺すも我々しだいだ」
全裸集団に恐怖の表情が浮かぶ。
「諸君には、あることをしてもらう。革命だっ! 現実を壊すための破壊と創造のための革命!」
低い声に熱がこもる。
「革命? 何をしろっていうんだ?」
全裸集団がざわめきだす。
「そうだな、まずは裸踊りをしてもらおうか……そこの女」
先ほど「変態!」と叫んで、豪快にビンタをした豊満な胸の女の頭上に、リーフオンラインの三角の立方体が現れた。そしてそれは、その女を指していた。
女は周囲の視線を感じ、頭上を見上げた。
「ヒィッ!」と、どこから出したか分からないような奇声をあげた。
「そう、貴様だよ、貴様。我を楽しませよ」
女は、手で、胸と局部を隠し、クネクネと、体を左右に動かした。踊っているというより、もだえているような、そんな動きだ。
「ファッファッファッ! 愉快愉快!!」低い声が笑う。
女は、顔を赤く染め、唇をくいしばる。今にも泣きそうだ。
「あら、悪趣味ね。こんなのはいかがかしら」
声のした方に向く、黒の薄いシルクを羽織った少女がいる。ふっくらした身体のラインが透けて見える。乳房や、ヒップラインがもう少しで見えそうだ。
整った顔立ちに、大きな黒い瞳、男勝りで気の強そうな表情をしている。
周囲の炎に照らされてきらめく長髪が揺れる。白く長い肢体を広げ、ゆっくりと、回転する。そして、噴水の周りを、優雅に舞った。
ごくり。俺は、思わず息を飲んだ。時の流れがスローに感じる。あまりの美しさに俺は、見惚れてしまった。
「素晴らしい!! 最高だ! 名は何という??」
興奮した様子の低い声が言う。
「私はユリ。全てが見えているなんて、品がないわ。見えそうで、見えないくらいが、萌えるでしょう? あなたもそう思わない?」
ユリは不敵な笑みを浮かべ、俺に言葉を投げかける。
「こっちに話を振るなよ。俺は……」
どうでもいい、といおうとしたが、言葉を飲む。
「少なくとも、世の男は、見えるかもしれないと想像できる方が好きなようだ。
『絶対領域』なんて言葉もあるくらいだから」俺は、誤魔化すように言う。
「私はあなたの意見を聞いたのだけれど……。まぁいいわ。……おい、お前! 『自由の革命』だか、何だか知らないけど、そのへんにしなさい! 殺したければ、殺せばいいわ。なんなら、今ここで、舌をかみ切ってやろうかしら」
ユリは舌をかむ仕草をする。
本気だろうか、強い眼差しの表情を見るだけでは、判断できない。にしても、何か違和感を感じる。
「……いいだろう。だが、一つ言っておく。目を覚ますのだ。諸君は、真の自由のために、我に従うことになる」
低い声は響かなくなった。
辺りは静まりかえり、俺とユリだけが視線を交わす。
「……なあ、あんた……」
そう言った瞬間、誰かにさえぎられる。
「ビューティフォー! レイディー!」
耳障りな声がする。なんちゅう英語の発音だ。エセ外国人め。
さえぎってきた声の方を振り返ると、俗にいうイケメンがいる。
切れ長の目、瞳はブルー、外国人かと思うような高い鼻、嫌味なようにどこからともなく吹く爽やかな風に流れる金色の髪、ソフトなマッチョ。そう、まさしく、全裸の彼は、ソチラのサイズもダビデ像。
「俺と結婚しようっ!」
ユリの両手をガシッとつかむと、ブンブンブンと上下に振りながら、金髪の男は言う。
「手を放しなさい。金のブタ。汚らわしい」
ユリは両手を払いのける。
「俺はブタじゃない、ライガってんだ。ライって呼んでくれ」
ライは、そう言って親指を自分に向ける。白い歯をキラーンと光らせながら。
これが奴らとの最初の出会いだった。