ぼったくり
「あぁ、やっぱ売れないか。この値段じゃ」
血色の悪い顔をした俺は、真っ暗な部屋でつぶやく。
そしてぼったくれる方法を考える。
どうすれば、高く売れる。どうすれば、もっとお金を増やせる。
この駆け引きに没頭している時が一番充実している。
そんな風に、俺はネットゲームとにらめっこをしていた。
何かから逃げるように……
……中学校に行かなくなって五年が過ぎた。最初はずる休みだった。
授業は一言で言えば、ぬるかった。テストも勉強しなくても、ある程度の点はとれる。だから、『今日くらいは、いっか』と休み、次の日学校に行っていた。授業に遅れず、成績も良好。
誰にも文句は言われない……はずだった。
「俺君、ずる休みしてるっしょ?」
クラスメートの茶色の髪をしたチャラ男が話しかけてきた。
「……」
俺は、めんどくさかったからシカトした。
「あ、やっぱそうなんだ。ずっりぃーの」
チャラ男の口元が歪む。
あぁ、チャライな、うざい、コイツ。話しかけるなよ、俺に。
「せっかく話しかけてやってんのに、調子に乗んなよ」
チャラ男の顔が赤くなる。
ん? なんだ?
どうやら俺は、気づかないうちに、口が滑ってしまったようだ。
次の日から、俺はクラスでイジメの対象になった。学校へ行けば、本当に花瓶が机に置いてあることもあったし、当然、靴には画鋲が入っていた。見えない部分を殴る、蹴るは日常茶飯事。ズボンを脱がされるなんてこともあった。
あぁ、そうそう、あれなんてひどかったな……あまりに生々しいので割愛しておこう。まぁ、そのなんだ、察してくれ。
もともと、学校には興味がなかったし、どうして、義務教育があるのかも理解できなかった。
学校へ行けば、皆が必死に『友達作り』とやらに、いそしみ、愛想笑いが蔓延する。異常な世界だった。
親は「学校へ行きなさい」というから理由を聞けば、『義務教育』だの『俺のためだ』のと言う。
子どもの頃から、構ってもらった記憶がないのだが、こういう時だけ、親面をする。うんざりだった。
大人になれば分かるものなのか、それとも学校を卒業した人には分かるのだろうか。かく言う俺も、後一年で選挙権をもつ成人になる。
今はもう、どうでもよかった。ただ、この空虚な俺を、何かで満たせるなら。
きっと今の俺なら、新聞にだって載ったのかもしれない。もちろん、悪い意味で。
カチカチカチッ。
真っ赤に充血した目を擦りながら、マウスのクリックをする。
「しょうがない。10%値下げで、今夜限りのセール!! でどうだ?」
パソコンのモニター画面は露店を開いた状態だ。疲れた俺はマウスを握ったまま、眠りについた。
――翌朝――
「!!? 105万8千30コイン! しかも、商品が全部売れてんじゃねぇか!?」
露店の商品がすべて売れるなんてことは初めてだった。興奮で息が荒くなる。
「しかし、まぁ、何であんな燃料アイテムが1個30コインで売れるかねぇ」
燃料アイテムとは、空を飛ぶときに使う加速アイテムである。
このネットゲーム「リーフオンライン」の最大の特徴は、自由に空を飛べることだ。しかし、空を飛ぶといってもフワフワとゆっくり動く程度である。
だから、加速するために大量の燃料アイテムを使う。燃料アイテム1つで、10秒間1倍で加速できるようになるからだ。
レア度は低く、NPCから1個50コインで買えるほか、敵がよく落とす。
「世の中には、ブルジョアがいるもんだな」と、せせら笑った。
俺の商売スタイルはこうだ。昼や夕方に、ログインする人が多くなり、露店を開き、手っ取り早く売りたい人が安値で売る。それを俺が買い集め、大体市場価格より、三割安く売る。
そして、夜、眠りながら露店放置、だ。
その回転プレイで、今、約1000万コインまで貯めることができた。
ちなみに買いたいものや使い道はまだない。
朝、露店の商品が売れ、お金が入ってるのが嬉しいからしている。深い意味なんてない。それだけだった。
「今日も、ほかのプレーヤーの露店で、商品を仕入れるか……」
片っぱしから、露店を見ていく。
「おっ! この露店いいのを安く売ってんじゃん」
「ダイスが4万コインなのは、買いだな」
目の前のゲーム内の露店で売られていた、ダイスを買った。
ダイスというのは、武器や防具を鍛える精成アイテムである。レア度は高い。ちなみに10万コインでもすぐ売れる。このダイスで武器や防具をレベルを「+1」上げ、強くすることができる。
「+5」までは、30%の確率で上げることができる。
武器も壊れない。しかし、次レベルに上げるを失敗した時は壊れる。
「+6」からは10%、「+7」にいたっては5%。
「+8」は3%、最大の「+9」は、1%。
チキンな俺は当然「+5」止まりだ。武器が壊れる? ノンノンノン。受け入れられないよ、そんなの。
「+9」にすれば武器が紫色に光り、攻撃力も二倍になる。
廃人と呼ばれる、トッププレイヤー達は、すべての武器が「+9」というのが当たり前だ。だから、ダイスはいくらあっても足りない。
しかし、ダイスはNPCから買えず、敵が落す確率も、9%未満だ。
「じゃあ今日は、このダイスを120万コイン、燃料アイテムを49コインで売ってみるか。まさしく、ぼったくり!」
フフフッと、俺はあざ笑った。
――翌朝――
「!!? マジか!? ダイスも、燃料アイテムも、売れてない!? 入金0コインだと……っ!!」
そりゃ、当然だ。他のプレーヤーの露店が、ダイス80万コイン、燃料アイテム46コインでも売れていないのだから。
「なるほどね……これならどうだ?」
そういって俺は、いつも通りの作業を順序よくこなす。
「ダイス80万コイン、燃料アイテム46コインなんて安い安い!」
と、市場にある一定ライン以下のアイテムを買いしめていく。
そして、再び、ダイス120万コイン、燃料アイテムを49コインで売りにかけた。
――翌朝――
「よっしゃあ!!! 180万コインの入金!!」
ダイスも燃料もぼったくりの値段で売れていた。
「いや~、独占って怖いよね」
ハッハッハと俺は高笑いをした。
この商品が売れるか、売れ残るか、その結果を見る朝が一番楽しい。その瞬間のためだけにこのゲームを無意味にやっている。
矛盾しているようで、実は誰よりもゲーム「リーフオンライン」を楽しんでいるのかもしれない。
あの絶望的な瞬間まではそう思えたのだった。
――翌朝――
「なんだか、寒いな。それに、何かが焼けた匂いがする」
俺は目を覚ます。そして、自分の寝ぼけ眼を疑った。
眼前に、全裸の男が数十人、全裸の女が数人いたからだ。全裸集団は、雑然と寝そべっている。
場所は、どこかの広場らしい。中心部には噴水がある。
左右を見渡すと、レンガの家の壁に、レンガの地面があった。
どこか見覚えがある景色だった。
まるで『リーフオンライン』のログインポイントのようなところだ。
一つ違うとしたら、破壊された壁、黒い煙が立ち上っている点だった。
目の前の男や女が目を覚ます。
「キャアアア!! こっち見ないで! 変態!!」
たくましい男が、ナイスバディの女にビンタされる。
「いってーー! やめてくれ」
涙目の男が、豊満な胸を両手で隠す女を、見ないように背を向ける。チラチラと横目で見ようとしているが。
俺はその光景にあっけにとられた。
まさに生き地獄だった。いや、天国か? はたまた楽園か?
ザザ……ザー……ザザーッ!!
大音量のノイズが流れ、低い声が響きわたる。
「おはよう! 諸君! 死にゆく者よ!」