表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

辛辣の辣 6

 いつの間にか眠ってしまったようで、気がつけば朝になっていました。空は青く、からからに乾いた天気でした。森はすっかり焼けてしまい、辺り一面、木が倒れるだけの荒れた土地になっていました。焼け跡が燻って、まだ周囲の熱気は森全体を覆っているようでした。

 どうやら自分は池のほとりにいるようでした。池は大火事の影響を受けたのか、黒く澱んでいました。

 池の向こう側に、高い壁ができていました。よく見ると、それは折れた大樹のようでした。あんなに大きな木が倒れてきたのだと思うと、ぞっとしました。それほどまでに、森の主は巨大だったのです。

 池の精は俯いて水面をぼんやりと眺めていました。何か考えているのか、はたまたただ精気を失っているだけなのか。少し見ただけでは分かりません。これからのことについて考えてみようとしてみたものの、まるで頭が働かず、ただ黒い煙を目で追うだけでした。どっと空腹が襲ってきて、この森に入ってから、まだ何もまともにお腹に入れていない事を思い出しました。

 お腹が空いてくると、急にサムとネロの顔が浮かびました。そう言えばあの二人はどうなったのでしょうか。とりあえず、もう少しだけ元気を出さないと。私は起き上がり、池の精に向かって歩いていきました。彼女は私が声をかけるまでもなく、私に気付いたようでした。

「よく眠れた?」

「うん。……まぁ」

 彼女の声に覇気がないことが気になりましたが、あえて触れない方がいいような気がしました。代わりに、別のことを聞くことにしました。

「サムとネロは……森の主に魂を抜かれた人たちは、大丈夫かな」

「うん。たぶんだけど。あなたが眠っている間に、たくさんの魂が空を飛んで行くのを見たわ。大方は同じ方向に飛んでいったから、きっと元の身体に帰っていこうとしていたんだと思う」

「そっか。良かった」

 私はほっと胸をなで下ろしました。

「キャンディ8、ありがとうね」

「えっ」

 急に言われたので、思わず聞き返してしまいました。

「森を救ってくれたこと。あの森の主の呪縛を、あなたは解いてくれた。私はずっと、この池を通して土の悲鳴を聞いていたの。養分という養分を吸い尽くし、干からびていく森の大地のね。だから助けてあげたかった。この大地を。あの木の作り出した植物たちの手から」

 彼女は目を瞑りました。息が切れてしまったようで、静かに呼吸を整えているようにも見えました。たまりかねて、私はとうとう聞いてしまいました。

「具合、どこか悪いの?」

「辺りの木が倒れたせいで、流れがせき止められた。木の灰も降って、水が完全に濁ってしまったから。でも、少しの辛抱よ。あの木をどうにかしさえすれば、また水はきれいになる。ちょっとくらいのダメージは、覚悟の上だから」

 しかし、一秒ごとに、彼女は目に見えて弱っていきました。きっとそれは、私に心配かけまいとする彼女の強がりなのだと思いました。

 彼女はゆっくりとその場に腰を下ろしました。私も合わせてしゃがみました。

「あなたがここに来てくれた。誰もいない森に何百年も一人で暮らしてた私にとっては、万に一つとないチャンスだったわ。それだけでも奇跡だったのに、あなたは森の主を倒す鍵まで持ってきてくれた」

「普通は犯罪だけどね」

「人間の法律なんて、ここで通用するとしないわよ」

「そりゃあ、そうだね」

 私が肩をすくめると、二人で少し、笑いあいました。

「そろそろあなたも帰った方がいいわ。大切な人が元に戻っているかどうか、確かめにいかなくちゃ」

「そうだね。……そうするよ」

 池の精に促されて、私は立ち上がりました。

「でも、本当に大丈夫なの。本当にしんどそう」

「大丈夫よ。あなたはこれからのことを考えていればいいの」

 ふぅ、と彼女は大きく息を吐きました。そして、すぅ、と大きく息を吸い込みました。

「あなたは帰ったら、何がしたい?」

「私の?」

「そう。あなたの」

 急な質問に戸惑い、少し考えた後に答えを出しました。

「そうだなぁ……サムとネロが無事だって分かったら、そのまま家を出ようかなって思ってる。この森で色んなことがあったけど、何とかなったから。今まで私は、二人についていくだけで、自分で何かをしようとしてこなかっただけだって気付いたんだ。だから、私は旅に出る。……一応、こんな風に思ってるんだけど、変かな」

「変じゃないわ。とっても素敵よ」

 彼女はにっこりと微笑んで、頷きました。彼女の後押しがあると、何だか力が湧いてきそうです。

「最後にお礼。両手を出して」

 私は言われるがままに手を出しました。彼女は池の方に手を伸ばすと、水のきれいな部分だけが宙に浮いて、水玉になりました。

「私にあげられるのはこれだけしかないけれど、帰るまでの力にしてあげてね」

 水玉が手の中にたっぷりと注がれると、こぼれないうちにぐいっと飲み干しました。味は殆ど無くても、体に力が満たされていくようでした。

「私はいつでも、あなたのそばにいるよ」

「池の精霊さん、本当にありがとう。じゃあ、さよなら」

 私は振り返り、街の方に向かって歩き始めました。

 暫く歩くと、雲も無いのに雨が降り始めました。ぱらぱらと森を濡らすと、すぐに上がりました。私は折角飲んだ水を、涙に変えてしまいながらひたすらに歩き続けました。


 ジャワジャワ兄弟の秘密基地で、サムはぼんやりと考えていました。

 ここ数日の間、自分が何をしていたのか。森に入ったことだけは何となく覚えているのですが、それより後のことは何も思い出せませんでした。そして、何故あの時森に入ったのかさえも、忘れてしまいました。どれだけ思い出そうとしても、ぽっかりと開いた穴のようにそこには何も無く、雲を掴むような、もどかしい感覚だけが残りました。

 弟に聞いてもそれは同じで、何のことだかさっぱり、という様子でした。

「ふぅ」

 埒が明かないので煙草を取り出し、一服しようとポケットに手を伸ばしました。

 あれ、ライターがない。

「なぁネロ、ライター知らないか」

「ん? 知らないよ」

 ぶっきらぼうですが、嘘はつかない子なので、きっと本当なのだろうと思いました。

となると、どこかに置き忘れて来たのでしょうか。まいったな。無くなった数日間の記憶と共に、そんなことまで忘れてしまったのかと、頭をかきむしりました。

「ライター探してるの?」

 ふいに別の声が聞こえました。この部屋についさっきまでいなかったはずの、よく知った声。

「つけてあげる」

 ぱちっ、と音を立てて、その子はどういうわけか、慣れた手つきで自分の煙草に火をつけると、一回り大きくなったような笑顔で笑いかけてきました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ