年下の男の子
「笑さんはかわいいから、
きっといい人ができるよ」
学生時代から男女問わずにそう言われ続けて、
もう三十路に片足を突っ込んでいる。
「だったら、そのいい人とやら目の前に連れてこい〜」
とやさぐれたくもなる。
「笑さん、そんなにフリーが嫌なら俺と付き合っちゃう?」
「却下。キミは対象外」
隣で困り果てているのはこの店で知り合った年下の飲み友達。
そういえば性別を忘れていたが、こいつも男だったな。
ただ、彼はあくまでも飲み友達であって、
それ以上の感情は生まれることはないと思う。
対象外、だから。
そういう関係になれば壊れると解っている友人関係は壊したくない。
……こっちが本音か。
「……笑さん、俺結構本気だよ?」
「悪いけど、ヒロ君とはこのままでいたい」
「……もういいです」
ヒロは立ち上がり、勘定を済ませて出ていく。
「……いいんですか、追いかけなくて」
「大丈夫、大丈夫、……こういうの慣れてるから」
……自分は慣れてるが、ヒロは違うかも。
好きな人に対象外と言われて傷つかない人は少ない。
「……こっちもね、怖いんだよ」
勘定を済ませて店を出る。
さすがにヒロはトレンディドラマよろしく傷心で街中を駆け抜けてっただろう。
そうだったらかわいそうなことをした。
……なんて、思っていたら。
店の前の歩道で犬のようにうなだれているヒロがいた。
「……ヒロはいつからポチになった?」
苦し紛れの冗談だ。下手に期待されても困るから。
「……ペットでもいいよ、そばにいられるなら」
「そういう意味じゃないんだけ……」
言い終わる前にヒロに抱きしめられた。
「ヒロ……?」
「笑さんに彼氏とかいるならあきらめつくけど、
俺のものにできるチャンスがあるならあきらめたくない」
「……そういう日は来ない。とでも言えばあきらめられる?」
ヒロは首を横に振る。
「ほ、ほら、キミは若いんだし、他にかわいい女の子が」
「……それ、いつも笑さんが言われてるじゃん」
……そういうところは冷静なわけね。
「……だったら、俺が恋愛対象になるようにあそこ行こう」
前言撤回。全然冷静ではない。
ヒロが指しているのはラブホテル。
取り返しがつかなくなるどころか、完全にそっち目的だろう。
「ヒロ〜、いいかげんにしないと……」
「いいよ。レイプ魔だろうが好きに呼べばいいさ。
俺は今日笑さんとセックスするまで家に帰さない」
……こいつ、今日はそこまで飲んでなかったよね。
ほぼ素面でここまで言えるほどキレたか。
「……ヒロ、さっきのは言い過ぎた。謝るから……ね?」
「そんなに俺と寝るのイヤ?」
「そういうんじゃなくて、一時の感情で突っ走るのは……」
「ずっとだよ」
有無を言わさず、ヒロは唇を押し付けるようにキスをしてきた。
「……笑さんがいくら拒否ろうが、俺は出会ったころから笑さんが好きだ」
長いキスを繰り返した後、ヒロはそう言った。
「笑さんが振られるたび、何度心の中でガッツポーズしてたか」
「……よく耐えれたわね、今まで」
呆れを通り越して感心する。
「だから、今日は俺の夢を叶えさせてよ。笑さん」
「……ごめん。気持ちはよくわかった。だけど……」
「俺、これでも会社員だし笑さんより収入あるし、
結婚しろっていうならいつでも準備してるし」
「だから、そうじゃなくて」
こいつ飛躍しすぎもいいとこだ。と吹き出しそうになるのをこらえた。
「10年20年先を見据えなさい、ってこと。じゃないと失敗するから」
「笑さんが失敗したから?」
「……そうよ。何度も振られて見据えようがないのよ」
自虐にでも走らなければ、この場はおさまらないと思ったのだ。
が、それは甘かったらしい。
「……やっぱホテル行こう。口で言うより身体でわかってもらった方が……」
「ヒロ、殴られたい?」
「SMはちょっと……あ、俺がSのほうならアリかも」
「……ヒロ、公道では自粛しようね」
さすがに声の大きさで人が集まってきていた。
「じゃあ、そういうことで。私は帰るから」
「……笑さん?」
これはチャンスだ。逃げなければ。
ふらつく体を総動員して駅に向かうと電車に乗り込んだ。
「さすがに、ここまで追ってきたらストーカーの称号よね」
自宅マンションのエレベーター降り、自室に向かう。
「嘘……でしょ……」
そこには自宅を知らないはずのヒロがドアを背もたれに座っていた。
確かに、電車に乗らなくても自宅までそう距離がないとはいえ。
「ヒロ、犯罪者になりたいの?」
「それは考えた。だから、もうやらない」
「……逆に聞くけど、私のどこが気に入ってるわけ?
少なくとも私の性格はよく知ってると思うけど」
「それはもちろん……」
ヒロは耳元でささやくように言った。
「いくら強がってても俺にだけは弱みをみせてくれるところ」
……敗北だ。白旗だ。
「……ヒロ、お茶飲んでく?」
鍵を開けて、ヒロを招き入れる。
「ついでに笑さんの膝まくら希望」
「調子のらない」
「いいじゃん。……今日はそれ以上何もしないから」
「ギャラリーいるのに、キスされまくった恥ずかしさは帳消しか?」
「それはそれ。俺からの宣戦布告ってやつで」
「何の?」
「……わかってて言わせるのは反則」
「お前はどこぞの乙女か! 」
そこまで言い合いしたのち、お互いに笑い転げた。
「いつもの笑さんだ」
「あんたもね」
ただいつもと違うのは、ここが飲み屋じゃないこと。
人の膝の上で幸せそうにしているヒロ。
「……これで勝ったと思うなよ、ヒロ」
「ん? 」
「対象外をひっくり返したければいい男になんなさい。
あと、浮気とかで悩みたくないから……」
「ありえないよ。笑さん以外の女は対象外だもん、俺」
そこまで言われると反論の余地がない。
「まずは俺がリード、だよな」
「言ってろ」
こんな冗談を言いながら、
何十年と過ごせるなら結婚考えてやってもいいか。
……私も人のことは言えないな。