東方氷精記
そう言えばこういうわかりやすいコメディって、あんまり書いた事無かったな…
どうも、長良です。
霊夢×チルノと言うのはあまり見かけないので、ちょっとチャレンジするつもりで書いてみました。駄文ではありますが、頑張って読んで頂けると嬉しいです。とても。
暑い熱い、夏である。
雲一つない紺碧の空の下、地上では蝉の声が響き渡り、太陽による容赦のない攻撃が降り注ぐ。そんな、季節の話。
「あーつーいー……」
凄まじい光を放つオヒサマの猛威は、日向は勿論屋内にまで及ぶ。それでも彼女…博麗霊夢は、神社の造りが純粋な日本家屋のそれである事にかつて無い程感謝していた。風通しが良く、湿気が籠らないのである。
と、そんな中、
「霊夢、霊夢ー!」
このうだる様な暑さにもめげずに、元気な声が飛んで来た。まだ変声期を迎えてもいないであろう、年端もいかない少女の声である。
「んー?……あぁ、誰かと思えばチルノじゃないの。」
畳の上に寝転がったままの彼女が目をやると、そこには全身を水色で固めた氷精がいた。
彼女の名前はチルノ、霧の湖を活動の拠点とする妖精の一人だ。
基本的に力が弱い妖精の中でも例外的な強さを誇り(あくまでも妖精の中では、だが)、そして「冷気を操る程度の能力」を持っている為か、この暑さでもバテる事無く行動できている。
と、そこまで考えた所で霊夢の頭の中に稲光が走った。
「チルノ……あんた、体温は何度位?」
霊夢は突然キリッとした顔になって、姿勢を正し、尋ねる。
「たいおんー?わかんないけど…永遠亭のお医者さんが何か言ってた気がするわね。あと寺子屋でリグルちゃんとみすちーがいつも幸せそうにしてる。」
リグルとミスティアは、確かチルノの両隣の席だ。となると、隣に座っているだけで涼しい程という事だろうか。
「……中々、いい温度みたいね。」
そう呟いた時の霊夢の心の中は、一つの思いで埋まっていた。
触 ら せ ろ
「チルノ〜、ちょっとこっちでくつろいでなさい。この優しい霊夢お姉さんがアイス持ってきてあげるから。」
「アイス!本当!?霊夢太っ腹ぁ!」
空中をくるくると飛び回って喜びを表現するチルノ。
勿論「アイスをあげる」というのはチルノを神社の中へおびき寄せる為の餌である。
「じゃあ、ちょっと待ってなさいねー。」
しかし予想に反して、気怠そうに立ち上がり本当にアイスを取りに行く霊夢。一応、約束は守るらしい。
ところでこれはどうでもいい事だが、女性に対して太っ腹とはどうなのだろうかチルノよ。
「これもあたいの人徳が為せる業ね!」
何がだ。
珍しく正しい言葉を使っているチルノを尻目に、霊夢はこれからあいつをどう使って涼もうか、などと栓無き思考を巡らせていた。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
「あー……冷たいわー、癒される………」
「もー、そんなに暑いの?あたいにはわかんないけど。」
「確かに、あんたには一生わからないでしょうよ。……あぁ、冷たくて気持ちいい…」
普段の威厳はどこへ行ったのか、膝の上に座っているチルノの頭に顎を乗せ目を閉じている霊夢。そしてそんな霊夢を多少鬱陶しげに思いながらも悪い気はしていない、というかアイスも貰っているわけだしこの位しょうがないか、などと考えを巡らせるチルノ。
珍しい取り合わせではあるが、きっちり利害は一致している。
そしてそれきり、部屋の中に互いの会話は無くなった。外で鳴り響いている蝉の声が、余計に室内の静けさを煽る。
「ねぇ、チルノ。ちょっと一緒に出掛けない?」
沈黙が支配しそうになった部屋で、何を思ったか、霊夢が突然口を開いた。
「……あたい達、そんなに仲良かったっけ?」
チルノは胡乱げに霊夢を見やる。
何か企んでるんじゃないだろうな、とその視線は語っていた。
「いやー?」
そうじゃないけど、と口ごもる霊夢。
「ちょっと人里に行かなきゃいけない用事があってね。正直暑くてやる気無かったんだけど、あんたが一緒なら何とかなりそうだと思ってさ。」
「なんだ、そんな事なの。それならどうせあたいは里に帰るんだし、一緒に行ってやらないでもないけど?」
「やった!ありがとチルノ、お礼に肩車していってあげるわ。」
「え?あぁ、うん……」
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そう、肩車である。
クール(笑)で有名な博麗の巫女が妖精、しかもお転婆と名高いチルノを肩車して人里を歩いているのだから、目を集めない筈が無い。
当然、行き着く先は只の物見の種だ。
因みに、霊夢がチルノを肩車している理由は「首が涼しいから」である。まぁ当然と言えば当然だが。
そして他人の視線など欠片ほども気にしないこの二人、肩車にも関わらず妙な迫力など醸し出して堂々と道の真ん中を歩いている。まるで紅海を渡るモーセの様に、人混みを割って歩く様は正に博麗の巫女に恥じない存在感……なのだろうか。
そして、そんな霊夢は早々に用事を済ませて(勿論チルノを乗せたままで)、帰路に就いていた。
「……また河童が妙な事し始めたみたいね。ほら、これ。映画っていうらしいわよ?でっかい白い紙に光を当てて映像を流すの。」
「……何それ、何か意味あるの?」
「『針の先と言う限りなく小さい、そして閉塞的な空間及びその座標における"中心"という、哲学的かつ非常に興味深い題材を例に人里の皆さんに「物理学とは、ひいては空間とは何か」を実感してもらうセミナー、その名も《センター・オブ・ピアース》』だって。
ま、沢山の人相手に話をするには、紙が大きいに越した事は無いでしょ。」
「ふーん…つまんなそうね……」
「そうね、行きましょ。」
多少方向性が歪んでこそいるものの、外の世界の技術を取り入れずに独自に映画という概念、そしてそれを実現するシステムを作り上げただけでも相当な成果なのだ、本来は。
だがそんな事を知る由もないこの二人は、河童達の汗と涙の結晶を一言で切り捨てる。価値観とは、それを造る者と使う者とではかくも大きな違いを見せるものなのである。
霊夢は、止めていた足の動きを再開しようとして……そして、また立ち止まる羽目になった。
「…む?お前達、こんな所で何をしているんだ?」
そんな二人に声を掛ける、一人の女性がいたからだ。
青みがかった長い銀髪に、これまた青い小さな帽子。背は霊夢より少し低めで、チルノよりだいぶ高め。そして彼女を彼女たらしめている、膨大な知識欲の強い光に煌めく双眸は、今は疑わしげに少し眇められている。
「あ!慧音せんせー、こんにちは!」
チルノの元気のいい挨拶に満足げに頷く彼女こそ、人里の指導者、そして寺子屋の教師をしている上白沢慧音その人である。
「あぁ。チルノ、そして霊夢も、こんにちは。…しかし今日は天気が良いな、こんな日はやはり外に出て里を見て回るに限る。霊夢、お前も一応年頃の娘なのだから、少しは里に顔を出したらどうだ?決して器量が悪い訳では無いのだし、そもそもある程度里の人々と関わりを持たないと、集まる賽銭も集まらんぞ……と、危うく訊き忘れるところだったが、何故お前がチルノと一緒にいるんだ?チルノも、霊夢とは大して仲がいい方では無いと思っていたのだが…私の勘違いだったと言う事か。確かに、こうしてよく見るとお前達はどこか似ているな。まるで歳の離れた姉妹の様じゃあないか。あ、そうそう、姉妹と言えば今回の河童のセミナーだが、スカーレット姉妹も訪れるそうだぞ。集客効果も抜群だとにとりが喜んでいたよ。お前達も行ってみたらどうだ?中々興味深い題材だろう、勉強にもなるしな。まぁ、吸血鬼が来るということで上映は夜に変更になった様だが、元々暗い方が光は強く感じるだろうから問題無ーー」
「「話が長い!!!」」
チルノと霊夢は、息を合わせた様に全く同じタイミングで叫んだ。道行く人が一瞬何かと振り向いたが、側に慧音がいるのを見るや納得した様子でまた歩いてゆく。
その位、彼女の長話は里の皆に認知されたものであると言う事なのだろう。
「…悪かったな。言いたい事があるとまず口から出てくる性質なんだ。」
「それは良いんだけどね、少しは自重して欲しいわ…チルノも慧音の授業、大変じゃない?」
呆れた様に言う霊夢。その顔にはチルノへの心配よりも疲労が色濃く浮かんでいた。
霊夢は、異変と境内の箒かけ以外では基本的に外へ出る事がない。そんな彼女が、一応チルノもいたとは言えこの炎天下を歩き回ったのだ。…疲れが溜まっていてもおかしくはない。慧音せんせーの授業はわかりやすいよー、というチルノの声もまるで聞こえていないかの様な様子で、ぼーっとしている。
「……霊夢、大丈夫か?顔色が悪い様だが。」
「んー…ちょっと疲れちゃったみたいね。大丈夫、神社に戻って少し休めばすぐに良くなるわよ。」
と、そこでようやく霊夢の不調に気付いたチルノ(まだ肩車)が、
「あ、ごめん霊夢。もしかして冷え過ぎた?」
と言った、その時。
霊夢の身体が、不思議な暖かさに包み込まれた。
「なに…これ……!?」
自然のものとは違う、どこか人の体温に似たものを感じさせる暖かい空気。……チルノの能力は「冷気を操る程度の能力」だった筈だ。勿論、暖気など操れる筈も無い。
驚く霊夢を見てチルノはふふん、と得意気に鼻を鳴らす。
「どーだ、驚いたか!」
「ええ…かなり驚いたわ。これ、あんたがやったの?チルノ。」
霊夢に手をかざした慧音も、驚きに目を丸くしている。毎日寺子屋でチルノを見ている彼女も、この技を見たことは無い様だ。
「そうよ!霊夢の周りから少しだけ冷気を『遠ざけた』の!全くほんと、あたいったらさいきょーね!」
「成る程、ね…よくもまぁそんなやり方、あんたが思い付いたもんだわ。」
バカなのに、という台詞を急いで飲み込む霊夢。チルノは今、彼女の為を思って行動しているのだ。水を差す様な真似はしたくなかったのであろう。
「前にみすちーが風邪を引いちゃってね、その時にこれを使ってあっためてあげたの。……まぁ、アイデアは大ちゃんが出してくれたんだけどさ。」
「ははぁ、やっぱり。」
「やっぱりって何よ!」
納得した様に頷く霊夢、そして憤慨するチルノ。
二人の様子を見た慧音は小さく溜息を吐き、くるりと後ろを向く。
そしてそのまま前に向かって歩きながら、
「じゃあ、私はそろそろ失礼するよ。……チルノ、明日は宿題を忘れるなよ?霊夢もあまり無理をし過ぎない様に。…くれぐれも、身体を大切にな。」
「はいはい、わかってるわよ。」
「………はーい……」
チルノは額をさすりながら、ぶるりと震えた。その拍子に周囲の温度が少しだけ冷えたのを感じた霊夢。
彼女の背筋に走った怖気は寒さの所為か、それともチルノをここまで怯えさせる慧音の頭突きを想像したためか。
「…………じゃ、帰りましょうか。」
「うん。………ってちょっと待ったぁ!!」
「ん?」
不思議そうに首を傾げる霊夢。本人に悪意や害意は無い様だが、チルノはそんな事お構いなしに叫んだ。
「あたいは湖に帰るの!何で自然にあたいまで神社に行くみたいな流れになってるのよ!」
「……ちぇっ、気付きおった。」
「ちぇっ、って言った!?ねぇ今ちぇって言ったよね!?」
バカの癖にやるじゃないの、という言葉を飲み込み、霊夢はチルノを説得しにかかる。
「えーと…ほら、今ここであんたと別れたら暑いじゃないの。」
「湖の近くはずっと森だから、木陰を歩いて行けば霊夢でも暑くないと思うけど?」
「むっ…でもほら、私もしかしたら体調壊してるかも知れないでしょ?このままあっためてて頂戴よ。」
「このまま、って…あたいそろそろ股痛いんだけど。」
心底嫌そうな顔をするチルノ。何を隠そう彼女は、まだ霊夢に肩車されたままだったのだ。そりゃあ股の一つや二つ、痛くなって当然だろう。
「何でこんな時ばっかり頭切れるのよこのバカ……(ボソッ)」
ごもっともだが、散々な言いようである。
霊夢は内心歯ぎしりしながらも、粘る粘る。食い下がる。
自分の平穏な帰路と、あわよくばその後の快適な一日がかかっているのだ。必死にもなろうというものである。
因みに二人は例の如く、道行く人々の不思議そうな視線をことごとく無視していた。わかってはいたが…二人共、神経がかなり太い御様子。
「……じゃあ今度はおんぶしてあげる。それで文句無い?」
「やった、おんぶだぁ!!」
……前言撤回、やはり⑨は⑨だった様だ。
陰でほくそ笑みながら、表面上はにっこりとした笑顔で一旦チルノを降ろす霊夢。敏感な子供達がその笑顔の黒さに感付き、べそをかきながら逃げて行くが、やはり気にしない二人。
最早、鈍いとか言うレベルを超えている気がしないでもないが。…まぁ少なくとも霊夢は、わかっていながらも無視しているのだろうけれども。
「じゃあ、帰りましょうかね。」
「うん!」
「…………はー、涼しー。」
「まだ言ってた!?」
暫くしてから振り返った慧音は、いつの間にか肩車からおんぶへ移行して騒いでいる二人をちらと見やり、小さく呟いた。
「ふふっ…本当に、本当の姉妹の様だな。」
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「………霊夢さん、意外と子供に弱いのでしょうか…ねぇサニーさん?」
「私に訊かないでよ。…っていうか、そろそろ疲れたんだけど?」
「あぁ、これは失敬。もう解いて良いですよ、これ以上美味しそうなネタは手に入りそうにもありませんし。」
「うん、じゃあやっと帰れるのね。疲れたぁ……でも、お菓子ありがとう!帰ってから三人で食べる事にするね!」
「えぇ、こちらこそご協力感謝します。おかげ様で良いネタを掴めましたよ!《博麗の巫女、遂に暑さにやられたか!?湖の氷精と二人でお出掛け!》……ちょっと甘すぎる気もしますが、こんな所でしょう。」
「うわぁ、見事に真実が隠されてるねぇ……」
「そうでしょうか?この程度なら許容範囲かと思われるのですが。」
「そうかなぁ…」
「しかし、貴女の能力は便利ですね。それが無かったらこんな至近距離で写真なんて撮れませんでした。……また近々、協力願えませんか?」
「お菓子!」
「今回の倍、用意しましょう!」
「あなたに一生ついて行きます!!」
「ありがとうございます。では、そろそろ私は記事を纏めなくてはならないので。……これからも、文々。新聞をご懇意に!」
「うん、じゃーねー!…って早っ!?もう見えなくなっちゃったし……じゃあ、私も帰ろうっと。二人も待ってるだろうしね。」
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その後、文々。新聞を読んだチルノ達寺子屋メンバーが、一斉に神社に遊びに(押しかけて)来るというハプニングが発生するのだが……
それはまた、別の話。
書き終わった後になって色々変更点とか反省点とか思いついたりって、結構ありますよね。
やっぱりチルノをもう少し馬鹿っぽくすれば良かったかなぁ…とか、文とサニーと所、地の文入れても書けたんじゃないかなぁ…とか。
でも、悔いはありません。持てる限りの文章力を振り絞って爽やかに書いたものですので。……ま、爽やかに書き切れているのかは定かではありませんが。
では最後に。
これを読んで下さったあなたの心に少しでも残りたい、そう思いながら、僕は今このあとがきを書かせて頂いております。
これからも、よろしくお願い致します。