悲憤
時を経て。
世界には一つの宗教が出来ました。
それが創造と破壊を司る女神を崇めるヴァルド教。
定められた巫女が旅をし、祈りを捧げて世界の安寧を齎す。
連鎖の犠牲を知らず、祈れば救われる。
人々はそれが正しいのだと信じて、ただひたすら女神を崇めていました。
巫女の真実を知るのはごく一部。
歪んだ教えであろうとも、犠牲は払われるのです。
ある日、一人の少女が小さな村から旅立ちました。
世界を救うために。
世界を救えると信じているが故に。
ですが哀れな事に少女は知りませんでした。
自らの命を差し出したところで完全に救われる訳ではない事を。
例え今が救われても、次に犠牲になるものがいる事を。
少女は何も知らないまま、信じた道を信じるままに旅を続けました。
共に歩む仲間達と共に、世界を守るための旅を。
自らの死地へ向かうための旅を。
その少女の傍らには、一人の少年がいました。
彼は少女の幼馴染で、少女が世界を救うのだと信じて共に旅をしていました。
ですが運命の皮肉、というものでしょうか。
少年はある日、この世界の真実を知ってしまいました。
少女が例え犠牲になったとしても、この世界は救われないという事を。
少女の犠牲は、この世界の皮肉な運命の先延ばしに過ぎないという事を。
少年はその事を少女に話しました。
ですが、彼女はそんな話を信じませんでした。
少女は盲目に信じていました。
自らの犠牲で、世界は救われるのだ、と。
あまりにも脆く儚い均衡によって成り立つこの世界。
そして、世界の限界はすぐそこまで来ていました。
たった一人。
少女一人の命を散らすだけで、この世界は全て救われるのです。
例え先延ばしになるのだとしても、今が救われるのです。
真実を知ったとしても、少女はきっと同じ事をする。
少年にはそのことが痛いほど理解出来ていました。
だから少年は仲間に少女を託し、一人離れ旅立ったのです。
少女の命を救うための方法を探す為に。
少年と少女の道は違えられました。
それでも二人は歩み続けました。
一人は、世界を救うために。
一人は、幼馴染の命を救うために。
長い旅の末、少年は一つの方法を見つけ出しました。
闇に葬られたはずの方法を。
これで少女の命を犠牲にせず、世界の均衡を取り戻せる。
見出した希望を胸に、少年は必死に少女の道の終着点を目指しました。
少年は信じていました。
これで以前のようにまた笑い合える、と。
その未来を信じ、必死に少女の足跡をたどりました。
そして漸く辿り着いた神殿で、彼は幼馴染の少女と再会を果たしました。
記憶にある少女の姿から幾分か成長した姿でしたが、見間違えるはずはありません。
共に幼い時間を過ごした存在。
いつかまた、同じように会話を交わし過ごすことを望み願った相手。
ですがいくら彼女を凝視したところで、血の気の引いた彼女が起き上がる事はありませんでした。
血の海に沈む彼女が、起き上がる事はありませんでした。
残酷な運命は、彼の努力をあざ笑うかのように非情な結末を用意しておりました。
決して目覚める事の無い彼女の姿を見た少年は涙し、そして叫びました。
「呪われてしまえ!こんな世界など、呪われろ!!」
悲痛な叫びは、空しくその場に響き渡りました。