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鬼神乱舞  作者: 小湊拓也
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第6話

 この直立して鉞を持った人型の牛たちが、一体何者であるのか。

 そんな事を考える前に、白彦は動いていた。

 怯えて泣き叫ぶ子供たちに、巨大な鉞が振り下ろされようとしている。

 それだけで、白彦の身体は勝手に動いた。跳躍し、空中で身を屈める。

 屈めた身体を白彦は、思いきり捻りながら伸ばした。

 両足を抉り込むような蹴りが、人牛の顔面を直撃した。

 鉞を振り上げていた巨体が揺らぎ、倒れる。

 泣き怯える子供たちの眼前に、白彦はふわりと着地した。

 倒れた人牛が、しかし即座に起き上がって鉞を構える。

 その1頭だけではない。何頭もの人牛が子供たちを取り囲み、何本もの鉞を振りかざしている。

「大丈夫……大丈夫だからなー」

 泣きじゃくる子供たちに声をかけながら白彦は、伏せるが如く身を低くした。

 そうしながら、牙を剥く。

「グルルルル……」

 きっちり噛み合わさった白い牙の奥に、獣の唸りが籠る。

 ふっさりとした尻尾が、獰猛にうねる。

 四つん這いに近い姿勢から、白彦は一気に駆け出した。

 体内で気力が、燃えて高まる。激流と化した気力が、右手に集まって行く。

 白彦の右掌が、光を帯びた。

 犬神は、その名に神という字が付いてはいるものの、人間と比べて格段に秀でた能力があるわけではない。

 人間には出来なくて犬神に出来る事を1つ挙げるとすれば、こうして気力を物理的に発現させて戦闘に用いる事、くらいであろうか。

 子供たちに向かって今まさに鉞を振り下ろそうとしている人牛の1体、その眼前で白彦は跳んだ。

 犬神の少年の小柄な身体が、人牛の腹部に、矢の如く突き刺さった。鉞を振り上げた巨体がズドッ! とへし曲がる。

 曲がった身体の鳩尾に、白彦の光り輝く右掌がめり込んでいる。

 その光が、人牛の体内に激しく流し込まれる。

 へし曲がっていた巨体が、破裂した。

 迸った光の激流が、大量の肉片を、臓腑の欠片を、吹っ飛ばす。

 それら潰れ散った有機物が、やがて白っぽい無機物に変わりながら、ヒラヒラと舞う。

 ズタズタにちぎれた、紙片だった。

 この巨大な人牛の群れは全て、実はこんな紙切れで出来ているのか。

 などと考えている暇もなく白彦は地面を蹴り、2頭目の人牛に殴り掛かった。

 少年の、細いが鍛え込まれた左拳が、気力の光を帯びたまま人牛の腹に叩き込まれる。直撃と同時に、その光が迸った。

 人牛の巨大な胴体にズドォン! と大穴が穿たれた。

 両膝をついて倒れながら、その人牛は、穴の空いた紙の札に変わった。

 その時には、白彦は跳躍していた。

 小柄な身体が膝を抱え、尻尾で弧を描きつつギュルギュルッと回転し、子供たちの頭上を飛び越える。

 その子供たちを鉞で叩き殺そうとしていた人牛に、白彦は空中からぶつかって行った。回転する全身が気力の光を帯び、まるで白い流星の如く、人牛の上半身を直撃する。

 直撃された上半身が、砕け散った。飛散した屍が、細切れの紙片に変わってゆく。

 それらを蹴散らすように白彦は空中で身を捻り、斬撃のように右脚を振るった。脚絆と草鞋を履いた右足が、白い気力の光をまといつつ一閃する。

 その蹴りが鉞を叩き折り、人牛の頭部を粉砕する。角の生えた頭蓋骨が、眼球が、脳髄が、潰れて飛び散った。

 上端のちぎれた紙の札が、ひらひらと舞った。

 白彦は子供たちの面前に着地しながら、周囲を睨んだ。

 まだ大量に生き残っている人牛たちが、とりあえず子供たちからは遠ざかりつつ、標的を他に求めて暴れ回っている。

 民家が1つ、何本もの鉞によって叩き壊された。

 中にいた1人の老人が、悲鳴を上げながら弱々しく転がり出て来る。

 そこへ人牛の1頭が迫り、鉞を振りかざす。

 そちらへ向かって駆け出しながら白彦は、子供たちに襲いかかろうとする人牛の姿を、視界の隅に捉えた。

 老人と子供、両方を助ける事は出来ない。

「うぅ……っ」

 一瞬の迷いが、白彦の胸中に生まれた。

 その一瞬の間に2本の鉞が振り下ろされ、老人を、子供たちを、叩き殺す……寸前、炎が奔った。

 まるで赤い大蛇の如く宙を泳いだ紅蓮の炎が、2頭の人牛を打ちのめす。

 打ちのめされた巨体が2つ、老人の、それに子供たちの面前で、さらさらと灰に変わった。

「……こういう場合は、どちらかを見捨てなさい」

 へなへなと座り込み、自分が助かった事にも気付かずにいる老人の傍らに、いつの間にか何者かが立っている。

 赤銅色の力強い長身、虎の毛皮。美しく流れる金髪と鋭い角。右手で、赤い蛇の如く揺らめく炎……緋吹童子である。

「迷っている間に両方が殺されてしまう、よりは遥かにましでしょう?」

「そう……なのかなー」

 怯え泣く子供たちの前で立ち尽くしたまま、白彦はうなだれた。

 緋吹童子は白彦などよりも、ずっと強いだけでなく頭も良い。言っている事に、間違いなどあるはずがない。

 緋吹が、こちらに歩み寄って来ながら右手を振るう。

 その右手から炎が伸び、大蛇の動きで人牛たちを襲う。

 鉞を構えた巨体が3つ、いや4つ、紅蓮の大蛇に薙ぎ払われ、吹っ飛びながら焦げ砕けた。

 その炎を避けて緋吹の背後に回った人牛の一体が、金髪の鬼の後頭部を狙って鉞を振り上げる。

 危ない、と白彦が叫ぶまでもなく、緋吹は振り返っていた。振り返る動きに合わせて左足が離陸し、まっすぐ後方に突き込まれる。

 その蹴りが、人牛の腹部をグシャッと粉砕した。

 鉞を振り上げたまま、巨体がほぼ真っ二つにちぎれ、倒れながら縮んでゆく。そして破けた紙の札に変わった。あるいは戻った。

「それと、もう1つ……普段から、もう少し本気で戦ってみなさい白彦殿」

 うつむく白彦の頭を、緋吹はぽんと軽く叩いた。

「貴方が本気で戦えば、少なくとも私と同じくらいには強いかも知れませんよ?」

「……そんな事ないさー」

 白彦は顔を上げ、緋吹と2人で子供たちを守る格好になりつつ、周囲を見回した。

 人牛たちの数は、あまり減ったように見えない。

 そのうち何頭かが、別の子供たちを取り囲んでいた。女の子ばかりである。

 いや、1人だけ男の子がいた。丸彦だった。

「まっ丸様、助けて早くぅ!」

「ふわわわわわ、あっ兄者、早く助けるのです」

 慌てふためく丸彦に、女の子たちが寄ってたかってすがりつく。

 その子ら全員を庇うように立ちながら清春が、こちらに声を投げてきた。

「ああ、すまないがどちらか1人、こちらに回ってくれないか」

「……行ってきなさい」

 緋吹の言葉と同時に、白彦の身体がふわりと宙に浮いた。

 赤銅色の力強い腕が、小柄な犬神の少年を掴んで持ち上げ、物のように投擲した。

 投げられながら白彦は空中でくるりと身を丸め、気力を燃やした。

 そして、思いきり左足を伸ばす。伸びた左足に、気力の光が集まって行く。

 白く輝く飛び蹴りが、人牛の1体を直撃した。

 清春や丸彦に向かって鉞を振り下ろそうとしていた両腕が、ちぎれて飛んだ。角を生やした生首が、宙を舞った。分厚い胸板が破裂し、心臓や肺が噴き上がった。

 それらすべてが、ズタズタの紙切れに変わった。

 白彦は着地しながら地面を蹴り、もう1体の人牛の下腹部に右拳を打ち込んだ。

 白く輝く拳。その一撃を喰らった人牛が、鉞を振り下ろそうとしながらドシャアッと倒れる。上半身だけだ。下半身は、粉々に消し飛んでいた。

 落下した上半身が、ちぎれた紙片に変わってゆく。

「おお丸、大丈夫かー?」

「ま、ままままままあまあの活躍なのです兄者」

 清春にしがみついて震えながら、丸彦が応える。

「ご褒美に、お肉禁止の期間を2週間から1週間に縮めてあげるのです」

「せっせめて3日くらいにしてくれよー」

 言いつつ白彦は、見て確認した。子供たちを襲おうとした人牛たちが、ことごとく緋吹の炎に打たれて灰に変わる様を。

 どちらかを見捨てろ、などと口では冷たい事を言いながらも結局、緋吹童子は誰を見捨てる事もなく皆を守ってくれる。

 白彦は嬉しくなった。

「清春清春、緋吹どのはやっぱり優しいよなー」

「……まあ、そうかな」

 清春が苦笑している。

 人牛たちの動きが、止まった。

 まだ大量に生き残っていながらも大暴れを中断し、後退りをしている。

 彼らの間から、細身の人影が1つ、ゆらりと歩み出て来たところだった。

 直衣に身を包んだ、若い男。どこか清春に感じが似ている。

 が、清春と比べて、何か幸せそうではない。

 あまり美味いものを食べていないのだろう、と白彦は思った。丸彦の料理でも、食べさせてやるべきだ。

「悪い夢でも……見ているのかな、僕は……」

 清春に似た若者が、整った顔を嫌な感じに歪めながら言う。

 笑顔、にしては明るくない。楽しそうではない。

「まさか、こんな所で……お前らの顔を、見る事になるなんて……葛城清春、それに緋吹童子……ああもう、口にするのも厭わしい名前!」

「松虫……貴方は一体、何をしているのか」

 清春が言った。松虫というのが、この明るくなさそうな若者の名前らしい。

「こんなにたくさん式鬼などを作って、罪のない人々を襲わせて……何故、こんな事をする? 鬼遣いの業を悪用して、貴方は一体何をしている?」

「お前こそ何をしているんだ、こんな所で」

 松虫が、嫌な笑顔を浮かべた。

「興代の都で、葛城の若君として、ちやほやと扱われていた御方が! こんな田舎で一体何をしておられるのでしょうかねえ? やんごとなき姫君を大勢侍らせていた若君様が、今ではそんな薄汚い犬神などを引き連れて! どーゆう落ちぶれ方だよ、ええおい?」

「う、薄汚くないぞー。俺、ちゃんと身体洗ってるぞー」

「いい子だから兄者は黙っているのです」

 丸彦がそう言うので、白彦はしぶしぶ口を閉ざした。

 この松虫という男、どうやら清春の友達らしいが、それにしては性格が悪過ぎる。少し強めに注意してやる必要がありそうだった。



 一体、何をしているのだ。

 などという問いかけは、するだけ無駄であると、清春も頭ではわかっていた。

 松虫は国司に雇われ、式鬼の群れを引き連れて、羆谷に攻めて来た。

 鬼遣いの業で、権力者の汚れ仕事をしているのだ。

 何故なのか。何が原因で、兄弟子であった若者が、こんな殺し屋のようなところまで落ちぶれてしまったのか。

「御自分のせい、などとはお思いになりませんように。何度も申し上げますが」

 緋吹童子が言った。

「私が清春殿を選んだ……ただ、それだけの事です。松虫殿、いい加減にそれを受け入れなさい」

「黙れよ緋吹、僕に馴れ馴れしい口をきくな。お前、何か勘違いしてるんじゃないのか」

 ふん、と大仰に鼻を鳴らして、松虫は嘲笑った。

「僕は別に、お前に選ばれなくて拗ねてるわけじゃあないんだよ。お前みたいな馬鹿鬼、こっちから願い下げってものさ……見ろよ、この式鬼たちを! 僕の傑作の群れを!」

 周囲で鉞を構えた式鬼たちを、松虫は両腕でぐるりと指し示した。

「僕はもう自分で鬼を作り出す事が出来るんだ! お前なんか全然必要じゃないんだよ馬鹿! お前みたいに見る目のない鬼は、家柄しか取り柄のない低能貴族と一生慰め合ってればいいんだよぉ馬ァ鹿! バカ! ばぁーか!」

「痛い……何と痛々しい……」

 片手で両目を覆いながら、緋吹が嘆いている。

「清春殿……私は殺しますよ、松虫殿を」

「待て、緋吹……」

「待てません。見てはいられないのですよ。もはや生かしておく方がかわいそうです」

「そうかー。あいつ、かわいそうなのかー。じゃあ優しくしてやらないとなー」

 こういう台詞を、嫌味や皮肉ではなく本心から吐いている。それが、この白彦という少年の恐るべきところだ。

 松虫に向かって歩き出そうとする白彦の尻尾を、丸彦が掴んだ。

「どこへ行くのです兄者」

「いや、頭撫でてやろうと思って」

「そんな事されて喜ぶのは兄者くらいなのです」

 丸彦の言う通り、松虫の顔が怒りで引きつり始めている。整った顔立ちをしているだけに、凄惨極まる形相だ。

「お前の周りには、僕を不愉快にさせる生き物しか集まらないようだな……そこの見る目のない馬鹿鬼しかり、身の程知らずの犬神しかり! もちろんお前本人もだ葛城清春!」

 甲高い怒声が、郷全体に響き渡る。

「殺せ、牛頭(ごず)ども! この場にいる者ことごとく殺し尽くし、僕の視界を綺麗にしろ!」

 怒りの号令に応じて、どうやら牛頭という呼称を与えられているらしい式鬼たちが一斉に動く。

 いや。一斉に動こうとした彼らの巨体に、無数の矢が突き刺さった。

「な……っ」

 松虫が絶句している。

 胴丸鎧で武装した男たちが、いつのまにか周囲に現れていた。皆、清春ではとても引けそうにない長弓を手にしている。

 鉄マムシ配下の山賊たちだ。

 山賊と言っても、数日前に戦った国司の軍勢などよりずっと訓練された戦闘部隊であるのは、清春にもわかる。

 全身に矢の刺さった牛頭たちが、倒れながら縮み、穴だらけの式札に変わってゆく。

 だが鉞を猛回転させて矢を打ち払い、山賊たちに斬り掛かって行く剛勇の牛頭も、何体かはいる。

 弓矢を持つ山賊たちの中から1人、太刀を持った男が飛び出した。がっしりとした身体に黒い甲冑を着込んだ男。

 鉄マムシ本人だった。

 まさにマムシの如き傷跡を這わせた顔面が、にやりと猛々しく歪んでいる。

 牛頭が1体、構えた鉞もろとも縦真っ二つに裂け、左右に倒れた。鉄マムシの太刀が、まっすぐに振り下ろされていた。

 振り下ろした太刀を、鉄マムシは別方向に跳ね上げた。

 攻撃の構えを見せていた牛頭が1頭、左下から右上へと叩き斬られた。鉞を振り上げた巨体が、斜めにずれながら臓物を噴出させる。

 それぞれ縦に、斜めに真っ二つとなった牛頭2体が、計4つの紙切れとなってヒラヒラと舞う。

「ふん、紛いもんの化け物かい」

 式鬼の体液にまみれた太刀をブンッと振るって汚れを払い落としつつ、鉄マムシは嘲笑した。

「ちょいと前に戦があってなあ。そん時、俺の手下どもが、あのクソったれな国司殿を追い詰めたんだが始末し損ねた。何でも、化け物が出て来て国司殿を守ったらしい」

 その太刀の切っ先が、松虫に向けられる。

「おめえさんの仕業と見たが、どうだい? 偽物の鬼遣いさんよ」

「偽物だと……」

 怒りに歪んだ松虫の形相が、さらに正視しがたく曲がってゆく。

「山賊風情が、命知らずな言葉を吐く……!」

「命知らずはてめえだよ。鉄マムシの縄張りに、こんな出来損ないの化け物どもを持ち込むたあ」

 鉄マムシの鋭い眼光が、ちらりと周囲に向けられる。

 家を潰され、追い出されて来た郷民。泣き怯える子供たち。

「あまつさえ……俺の郷の連中に手ぇ出しやがるたぁな」

「親分……」

「鉄マムシの大将!」

 郷人たちが、喜びの声を上げ始める。

「鉄マムシの親分が来てくれた! もう大丈夫だ!」

「鉄マムシ様ぁ!」

「頼んますぜ大将、早いとこコイツらを追い払って下せえや!」

 郷の民は、どうやら鉄マムシを崇拝しきっているようだ。

 鷹揚に片手を上げて歓声に応える鉄マムシに、白彦が声をかける。

「鉄マムシどのは強いなー」

「あんた方もな。実を言うと、あてにしてなかったワケじゃねえ……郷の連中を守ってくれて、ありがとうよ客人たち」

「貴方は……我々の戦いを、もしかして見物していたのですか?」

 緋吹が、いささか剣呑な声を出した。

 鉄マムシが、不敵な笑みを返す。

「そう怒りなさんな。おめえさんの力がどんなもんか、見ておきたかったのさ」

 緋吹のたくましい肩に、鉄マムシが軽く左手を載せる。そして囁く。

 若干、口調が変わった。

「美しい灰の吹雪……見せてもらったぞ」

「何っ…………」

 息を呑む緋吹童子の傍らを悠然と通過し、鉄マムシが松虫に歩み迫る。

「まあ、そういうわけでだ。俺の郷で耳障りな声を張り上げるのは、もうやめてもらおうか……黙らせてやろう、永遠に」

「山賊ごときが……っ!」

 松虫が、一枚の式札を掲げた。よく見えないが、どうやら牛頭ではないものの姿が描かれている式札。

「これだけは使いたくなかった。僕の、とっておきの式鬼……禁じ手だよ。むやみにこれを使うほど、僕は情け知らずじゃあないんだ。そんな僕に、これを使わせる……お前たちが悪いんだぞ。お前たちは、自身の手で禍いを呼び寄せてしまったんだぞ! わかってるのかよ、ええおい!」

「御託はいい。見せてみろ、とっておきの禍いとやらを」

 鉄マムシが左手で、下から上へと手招きをした。

「本物の鬼を遣えない鬼遣いが、一体どんな紛い物を作って己を慰めているのか……余興だ。見てやろう」

「鉄マムシ……貴方は……!」

 緋吹が驚愕で、声と表情を強張らせる。

 この両者、もしかして旧知の間柄なのであろうか。それを、しかし問いただして確認している場合ではなかった。

 とっておき、であるらしい式札が、松虫の手を離れてフワ……と浮かび上がっている。

「いでよ、我が最強の式鬼! 僕を不愉快にさせるもの、全てを殺せ! 滅ぼせ! 片っ端からことごとく引き裂いて潰せ! 早くしろぉおおおおッ!」

 松虫の怒りの絶叫に応じて、浮揚した式札が轟音を発し、膨れ上がった。

 式鬼が、そこに出現していた。牛頭ではない。

 彼らの巨体を丸呑み出来そうな、大蛇である。

 それが2匹、3匹……計5匹、禍々しく鎌首をもたげて牙を剥き、郷民や山賊たちを威嚇している。

 泣き叫ぶ子供たちを庇って山賊たちが陣形を組み、大蛇5匹を取り囲んだ。

 いや、よく見ると5匹ではない。

 5本の蛇体は、這うだけで貴族の邸宅を押し潰してしまうであろう巨大な1本の胴体から、分かれて生えている。

 5本の首を有する、1匹の大蛇だった。

 神代の物語にある八岐大蛇に似た姿の、巨大な式鬼。

 郷人たちが恐慌に陥り、逃げ惑い、悲鳴を上げる。

 一方、暢気な声を出している者もいる。

「おお、あいつ何かすごいの出したぞー。食えるかなー」

「ぼぼぼぼくはこんなの、お料理出来ないのです」

「ふん、では私が料理して差し上げましょう。下がっていなさい犬たち、それに清春殿」

 そう言って進み出ようとした緋吹の眼前に、巨大な何かが落下して転がった。

 大蛇の、生首だった。

 5本首の大蛇が4本首となり、苦しげにのたうち暴れる。斬られた首に、ぞっとするほど綺麗な断面が残っている。

 松虫が、固まった。怒りに歪んでいた顔が、今は驚愕で引きつっている。

 その間、大蛇の首がまた1つ、切り落とされて転がった。

「これでは余興にもならんなぁ」

 鉄マムシが、太刀を振るっている。それが、清春にはようやくわかった。

「こんなもので俺の縄張りに攻め入ろうとは、実に勇敢な奴。それだけは褒めてやろう。頭を撫でてやろうか? 松虫とやら」

 暴れる式鬼大蛇に向かって、鉄マムシはふらりと踏み込んだ。

 そう見えた時には、太刀が一閃していた。

 大蛇の首が2本、滑らかに切断されて、丸太の如くズシンッと転がる。

「首の骨が折れるほどに、なあ……」

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