第2話
鬼、犬神、人間。
これら3つの種族のうち、大八嶋において最大の版図を有しているのは人間である。
大八嶋の大部分を、興代を中心として明渡、早原、上泉といった計48もの国に分け、それぞれの国に長官として国司を置き、興代の帝を頂点とする分割統治を千年近い長きに渡って行ってきたのが人間族。
そんな人間の領土48カ国内に、犬神族の郷は点在している。
点在する郷に少数で住まいながら犬神たちは、周囲の人間族と上手く付き合いつつも興代朝廷の支配に呑み込まれる事なく、したたかに自治を保っているのだ。
鬼族に関しては、実は知られていない事の方が多い。
彼らは人間や犬神と違って共同体を形成する事なく、単独ないしは家族・仲間単位で人間の48カ国内を動き回っている。
鬼に関して、はっきり知られている事は、ただ1つ。
人間よりも、ずっと強い。それだけだ。
そんな強大な鬼族を、畏れると同時に、何とか自分たちの役に立てようと考える者が人間族の中から出て来るのは、まあ自然の成り行きと言えた。
そういった者たちが代々、研鑽を重ね作り上げてきたのが、鬼遣いの秘術である。
葛城清春に言わせれば、秘術というほどのものではない。
鬼という扱いにくい生き物と、どのように付き合ってゆくか。鬼遣いが心を砕かなければならない事は、それだけだ。
人間と鬼との間に良好な関係を作り出すのは、確かに難しい。
だが清春は思う。
(人間同士の関係よりは、ずっとましだ……)
『……何か、おっしゃいましたか?』
姿を見せぬまま緋吹童子が、怪訝そうな声を出す。
清春は苦笑した。
「つまらない独り言さ……気になるのか?」
『別に……まあ確かに私は、貴方を気にして差し上げていますがね』
ふん、と緋吹は鼻を鳴らしたようだ。
『親族に疎まれ、友もなく、興代の都では実に惨めな日々を過ごしていた貴方を……まず最初に気にかけてあげたのは、この緋吹童子です。どうかお忘れなきように。別に感謝など求めてはいませんが、ね』
「……感謝は、しているよ」
ふっ、と清春は微笑みかけた。
と言っても緋吹の姿は見えないので、適当に右の方を向いて微笑んだ。
白彦と目が合った。
「? 清春、どうかしたかー」
「ああいや、何でもない」
清春は咳払いをした。
白彦は今、大きな荷車を引いている。
近くの村で、譲り受けたものだ。山賊が退治された事を知った村人たちが、大喜びして譲ってくれたのである。
その山賊25名が、荷車には満載されていた。
1人残らず縄で縛り上げられて、さながら荷物の如く山積みされている。
それを白彦が、1人で軽々と引いているのだ。
原野である。大荷物を引きずって国司の館へ向かうには、ここを通るしかない。
「ぐっ……お、俺たちを……どうするつもりだ……」
荷物にされている山賊の1人が、呻いた。
「まっまさか、国司の野郎に引き渡そうってんじゃねえだろうな……」
「他にどうしろと言うのか」
歩きながら清春は、とりあえず会話の相手はしてやった。
「賊を捕らえたら、とりあえず権力者に裁きを委ねるものだろう」
「牢屋の中で、少し反省するといいのです」
丸彦が言った。洗い終えた鍋や椀などを一まとめに布で包んで棒の先にくくりつけ、その棒を担いで歩きながらだ。
山賊たちが、泣き声に近いものを発した。
「ろ、牢屋じゃ済まねえよ……殺されちまう……」
「こっ殺されるほどの事ぁ、やっちゃいねえんだ俺ら」
「少なくとも人は殺しちゃいねえし、女子供さらったりもしてねえ……」
「だが物は奪った」
泣き言を断ち切るように、清春は言った。
「我々のような旅人を、身ぐるみ剥いで野垂れ死にさせた。あるいは。ただでさえ重税に苦しんでいる民から、なけなしの物を奪い取った。その場で命を奪わずとも、結果として飢え死にする者が出る……そういう事はないのか?」
「……俺たちだって、こんな事やりたくてやってるワケじゃねえ……」
山賊たちが、とうとう泣き出した。
「そりゃ俺たちだって、最初はまじめに畑耕したりとかしてたよ。けどなぁ、いくら働いたって作ったもんは全部、税やら何やらで持ってかれちまう……」
「お、俺の姪っ子だって、飢え死にしちまったんだ……」
「それでよぉ! 何にも働いてねえ、偉そうにしてるだけの奴らが、ぬくぬくと儲けてやがるんだぜ? バカみてえだよ、山賊でもやるしかねーだろうがよぉ……」
働いていない偉そうにしているだけの輩というのは、都の葛城一族の事であろう。
暗い気分に陥りながらも清春は、口調冷たく言った。
「うんざりするほど、ありふれた話だな。どれほど苦しかろうと貧しかろうと、それは他人から奪って良い理由にはならない……この兄弟を見ろ。銭とはほぼ無縁でいながら誰に迷惑をかける事もなく、毎日楽しく生きている」
そんな評価を受けた白彦と丸彦が、きょとん、としている。
「君たちはこの2人より年上でしかも大人数なのに、その人数を暴力に使って、他から奪う事しか考えていない。安易な道を歩いている、という事だよ」
「きっ清春どの、ちょっと言い過ぎなのです」
丸彦が慌て始める。
彼の危惧した通り、山賊たちが頭に血を昇らせていた。
「……犬ッコロなんざ放っといて、てめえをブチ殺しときゃ良かったぜ……」
「俺らの事情も知らねえで、上から目線でモノ言いやがってよぉ……」
彼らの怒りを、受け流す、あるいは逆撫でするように、清春は応えた。
「貧相に見えるだろうが、こう見えても葛城一族の出身でね。権力者側の物の考え方しか出来ない。どうしても上から目線になってしまうのさ」
「かっ、葛城だと……」
山賊たちは息を呑んだ。
葛城の若君が何故、こんな貧乏臭い旅をしているのか。身分を騙っているのではないのか。などと考えているのかも知れない。
騙りだと思われているなら、それはそれで清春は一向に構わなかった。
「まあ、とにかく君たちは国司殿の館へ連れて行く。公正なる裁きを期待するのだな」
「こここ公正な裁きなんかするもんかよ、あのクソ国司が」
山賊たちが、今度は怯え始めた。
「おめえら、この国に来たばっかりか。じゃあ知らねえだろうがな……ここの国司は、とにかく人をぶっ殺したくて仕方ねえのさ」
国司というのは一国の長官で、中央貴族が興代朝廷に任命されて赴任して来る。
大八嶋48カ国。もちろん肥沃で税収豊かな国と、そうでない国がある。
ここ下泉のような貧しい国に赴任させられるような国司は大抵の場合、中央での権力闘争に敗れた者であると考えて、まあ間違いはない。
その腹いせに領民を虐げる者がいるとしても、不思議はないだろう。
「こないだだって、ちょっと税を払えなかった奴が一家族まとめて殺されちまった。今もたぶん吊るされてるよ」
「そりゃ……ひでえなー」
荷車を引きながら、白彦が難しい顔をした。
運ばれる山賊たちが、なおも泣き言を言う。
「おっ俺たちなんか山賊ってだけで牢屋にも入れてもらえねえ、その場で皆殺しにされちまう」
「山賊や野盗といった者たちの中には」
少し意地悪な口調を、清春は作ってみた。
「権力者に賄賂を渡したりして上手く立ち回っている輩も、いると聞くが?」
「おい、俺らをそんな連中と一緒にするんじゃねえ!」
山賊の1人が、激昂した。
「俺たちゃ鉄マムシの一党だぜ! 最初の頃はなあ、弱い者いじめしかやらねえ国司の兵隊どもと戦ってたんだ!」
「その誇り高き鉄マムシの一員が、今では弱い者から奪う側へと回ってしまったわけか」
清春が言うと、その山賊は黙り込んだ。
悔しげに、本当に悔しそうに、唇を噛んでいる。
「……おい、そこの犬神」
別の1人が、荷車の上から、白彦に声を投げた。
「中途半端に俺らを叩きのめしてんじゃねえよ……殺せ。今ここで俺たち全員」
「えっ、な、何言ってんだよー」
「あのクソ国司に、酒の肴代わりに嬲り殺されるよりゃあマシってもんだ。やれよ、ほら早く」
『……人間どもの願い、叶えて差し上げるとしましょうか』
緋吹童子の気配が濃厚になってゆくのを、清春は感じた。
鬼が、鬼遣いの許可を得ずに姿を現そうとしている。
「お、おい駄目だ緋吹。少し落ち着きたまえ」
『こういう連中を見ているとね、私はすこぶる気分が悪くなるのですよ。心身ともに脆弱で卑小極まる人間という生き物の本質を、体現するような者どもです』
静かな口調で、しかし熱く憤る緋吹童子。
彼をなだめるように、白彦が言う。
「な、なあ清春。今からその国司って奴を、やっつけに行こうよー」
『……それでも良い。このような賊どもをのさばらせている国司が無能である事に、疑いはありません。無能なる権力者は排除した方が、貴方がた人間族のためでもあります』
「緋吹どのと俺は、気が合うなー」
「お、落ち着くのです2人とも」
丸彦がなだめに入った、その時。
馬蹄の響きが、聞こえて来た。
一騎。栗毛の悍馬が、こちらに向かって原野を駆けて来る。
またがっている男の姿に、清春は思わず見入った。
年齢は、30になる少し前といったところであろう。
黒い甲冑を身にまとっているが、恐らく武士ではあるまい。兜も何もかぶっておらず、大雑把に短く切った黒髪が露わである。侍にしては、どこか崩れた感じだ。
が、そこいらの武者よりもずっと、騎乗姿が様になった男である。
さほど大柄ではないが体格はガッシリとたくましく、精悍な顔つきをしている。
その顔を、蛇が這いずっている。清春には一瞬、そう見えた。
傷跡だった。
一体いかなる状況で刻まれたものか、とにかく細長い傷跡が、左の眉根を起点として右目を大きく囲み、鼻梁を横断して左頬を走り、顎に達しているのだ。
そんな剣呑極まる男が、馬を駆けさせ近付いて来る。
通りすがり、ではない。明らかに、こちらを目指している。
荷車に積まれた山賊の1人が、引きつった声を発した。
「てっ……鉄マムシの大親分……!」
「何だと……」
清春は耳を疑った。
大山賊の頭目自らが、それも単身で、下っ端の者たちを取り戻しに来た。捕らえた者たちへの、報復も兼ねて。そういう事なのか。
普通に会話が出来る距離にまで迫った鉄マムシが、そこでようやく馬を止めた。
馬上から、じっと清春を、犬神の兄弟を、見据えている。
ぞっとするほど、鋭い眼光だった。
その顔面を走る蛇のような傷跡が、鉄マムシという異名の由来なのかどうかは、わからない。
白彦が、荷車から手を離し、微かに身を低くした。跳躍の構えだ。
脳天気そうな顔が、今はいくらか緊迫している。
『……清春殿、私を出しなさい』
緋吹の口調も、緊迫していた。
『この男……手強いですよ』
「そのようだが、まあ少し待て……ああ鉄マムシの大親分殿、御本人であられるか?」
「いかにも……お見苦しい面ァ引っさげて、お願いに参りました。どこのどなたかは存じませんが、うちの無様な野郎どもが御迷惑をおかけしまして」
言いつつ鉄マムシが、ひらりと馬を下りた。白彦に劣らぬのではないか、と思えるほど見事な身のこなしである。
着地と同時に、鉄マムシは跪き、頭を下げた。
「その連中、さぞかし要らねえ大荷物でございましょう……何にもおっしゃらず、私めに預けていただくわけにゃあ参りませんか」
「やっ、やめて下せえ大親分!」
荷車上の山賊たちが、泣き声を発した。
「俺らのために、頭お下げになるなんざぁ……」
「じゃっかあしい! テメエらぁ口開くんじゃねえ!」
頭を下げたまま、鉄マムシが怒鳴る。
土下座をしている人間が発したとは思えぬ一喝に、空気がビリビリと震えた。
縛り上げられた山賊たちが、荷車の上ですくみ上がる。
鉄マムシは少しだけ顔を上げ、彼らを睨み据えた。
「わかってんだろうな……俺ぁ、てめえらを助けに来たわけじゃあねえぞ」
「……では、何をしに?」
清春は訊いたが、何となくわかるという気もした。鉄マムシが何のために、たった1人で、こんな所まで馬を駆けさせて来たのか。
息を呑み、清春は言った。
「まさか鉄マムシ殿……貴方が自ら、この者たちに手を下すと」
「……よくおわかりで」
蛇のような傷跡が、蠢いた。鉄マムシは微笑んだ、ようである。
「てをくだす……って、どうゆう事だー?」
白彦が呑気な声を出しながら、片手を振り下ろすような動きをしている。
「手を、こう……あ、あ、もしかして首ちょん切ったりしちまうって事かなー?」
「よくおわかりで」
蛇のような傷跡を蠢かせ、鉄マムシは微笑んだ。
「無様をしでかした連中は、そうするのが私どもの掟でごぜえます」
「だっ駄目だよー、そんなの」
白彦が、荷車上の山賊たちを庇う。
何か言おうとした鉄マムシが、いきなり立ち上がって周囲を睨んだ。
白彦と丸彦も、きょろきょろと見回している。
馬蹄の響きが、聞こえて来ていた。それも複数、と言うより無数。
騎馬の集団が、近付いて来ている。
鉄マムシが、実は手下の山賊団を引き連れて来ていたのか。
いや、そうではない事は、彼の緊迫した表情からも明らかだ。
馬蹄を響かせ近付いて来たのは、少なくとも着用している具足だけは立派な、騎馬武者の集団だった。簡素な胴丸鎧を着せられた、徒歩の雑兵もいる。
山賊ではなく、官憲の軍勢である。
騎馬武者と雑兵、合わせて200人には達するであろう。よほど高位の役人でなければ、これだけの兵数を動かす事は出来ない。
「国司……か」
清春の呟きに応えるが如く、騎馬武者の大将と思われる人物が、馬から下りようともせずに言った。
「旅の者か」
「いかにも、そうだ。まあ見ればわかるだろうが」
清春が、とりあえず対応をした。
騎馬武者の大将が、なおも横柄に訊いてくる。
「その者が、下泉国の民を大いに脅かす大罪人であると知った上で、行動を共にしておるのか?」
「この方々は私どもと無関係でごぜえますよ、木っ端役人の旦那方」
鉄マムシが言いながら、200人近い兵隊をじろりと見回した。
「なるほどね……頭数を揃えたもんだ。この機会を、ずっと狙ってたってわけですかい」
「狡猾極まる鉄マムシともあろう者が、この度は随分とトチ狂ったものだな」
騎馬武者の大将が、嘲笑う。
「たった1人で、羆谷を飛び出して来るとはな……手下を引き連れておらぬ山賊の頭領など、宿無しのごろつきと大して変わりはせん。この場で討ち果たす。その荷車に積まれた者どもと一緒になあ」
騎馬武者たちが、雑兵の群れが、大将の言葉に合わせて一斉に攻撃の構えを取る。無数の槍が、太刀が、鉄マムシ及び荷車上の山賊たちに向けられる。
どうやら、清春と犬神兄弟にも向けられている。
騎馬大将が、ニヤリと強欲そうな笑みを浮かべた。
「そこの犬神2匹は、良い値で売れそうだ。ついでにもらって行くぞ」
「てめえ……!」
腰の鞘からギラリと太刀を抜きながら、鉄マムシが怒りの呻きを漏らす。
狙われている犬神たちは、しかし呑気なものだ。
「ぼくたち、高く売れるらしいのです」
「俺なんか買って、何に使うんだろうなー」
呑気に不思議がっている白彦を、清春はちらりと見た。
またしても、この少年に戦いを押し付けてしまうのか。
少人数の山賊たちとは、わけが違う。
これだけの人数の、しかも武装した敵を、白彦と鉄マムシに押し付け、自分はまた後ろから見ているだけか。
いくら白彦でも、手加減した戦い方でこの人数と戦うのは難しかろう。
白彦に、人を殺せるのか。
白彦に、人殺しをさせるのか。
「……私が戦う。緋吹よ、力を貸して欲しい」
清春が言うと、緋吹童子は苦笑したようだ。
『私が直接、戦った方が早くはありませんか?』
「君が出たら間違いなく皆殺しになる。私なら、10人そこそこで済むかも知れん」
『さあ、どうでしょうか……ね』
そんな言葉と共に、緋吹が入って来た。
入って来た、としか言いようのない感覚である。
清春の細い身体がビクッ! と痙攣し、のけ反った。
傍らに立つ鉄マムシが、何事かと目を見開く。
白彦と丸彦が、ちらりと気遣わしげな目を向けてくる。
騎馬武者を乗せた馬たちが、落ち着きなく嘶いた。雑兵たちも槍を構えたまま、怯んでいる。
苦しげに反り返り震える清春の全身が、ぼんやりと赤く発光していた。
薄汚れた狩衣をまとう細身が、淡く赤い光に包まれているのだ。
「くっ……う……ぉおおお……っ」
身体の奥から、声が漏れる。自分ではなく緋吹の声かも知れない、と清春は思った。
のけ反っていた身体がガクンッと前屈し、一礼するかのように頭が前方に垂れる。
その頭が即座に跳ね上がり、国司の兵隊に眼光を向ける。
清春の両眼は今、燃え上がるように赤く輝いていた。
自分の声か緋吹の声かわからぬ言葉が、口から走り出す。
「我が名は……葛城清春にして、緋吹童子……」
真紅の眼光を燃え上がらせながら、清春は身を捻った。全身で、右腕を振るった。細い身体にまとわりつく赤い光が、右手へと集まって行く。
そして、燃え上がった。炎だった。
「緋色に吹き上がるもの……すなわち炎!」
清春の右手から、炎が、赤い蛇のように伸びた。
紅蓮の大蛇。それが高速で伸びうねり、国司の軍勢を薙ぎ払いながら駆け抜けた。
あちこちで雑兵たちが、炎上しながら吹っ飛んだ。そして黒焦げの焼死体と化し、地面に投げ出される。
鉄マムシが、口笛を吹いた。
馬たちが竿立ちになり、騎馬武者を振り落として各々、でたらめな方向へ逃げ去って行く。
炎の大蛇を右手から伸ばし、揺らめかせながら、清春は安堵に近いものを感じた。
馬は、1頭も殺さずに済みそうである。
人間が死ぬのは、何だかもう平気になってしまった。
「私の心も、何やらすっかり荒んでしまったな……」
清春の苦笑に、緋吹が応える。身体の、あるいは心の中からだ。
『おやおや。それはもしかして私のせい、ですか?』
「そうだ、と言いたいところだけど……きっと私は元々、人間が嫌いだったんだ」
炎の蛇が、燃え盛りながらも短く、棒状に固まった。
棒と言うより、刀剣の形である。
炎の剣を今、清春は右手で握っていた。
雑兵たちが恐慌に陥り、逃げ腰になっている。
落馬した鎧武者たちが、悲鳴を上げながら地上でもがく。
だが怯えつつも立ち上がり、太刀や槍を構える者も、いないわけではない。
「うぐ……な、何だ貴様は……」
騎馬武者の大将……今は徒歩だが、とにかく彼もその1人だ。いくらか腰の引けた構えで、大型の太刀を清春に向けている。
「あ、あやかしの業を使う者……ま、まさか、まさか」
「ふむ、知ってはいるようだな」
清春は微笑んだ。別に笑いたくもないのだが、表情筋が勝手にニヤリと歪んでゆく。
緋吹のせいだ、と思うしかなかった。
「恐らく、そのまさかだ……私は鬼遣いだよ」