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1-3 第一の試煉1


「はぁ――はぁっ…はぁッ!」


 和斗は走っていた。『ある者』から逃げる為に――


「ハッ――ハッ――ハァ……」


 足を踏み出す振動が身体に伝わり、心臓は早鐘のように脈を打ち、呼吸するたびに喉が焼けつくように渇いてゆく。

 

 この場所が『死後の世界』だとはとても信じられないほどに、その感覚はリアルだった。限りなく現実に近いその感覚に、和斗は苦しみを感じると同時に、懐旧の情をかきたてていた。


 こんな状況だというのに、自然とその口元は緩み、しなやかに伸びる足に力が込もる。すると、その全身に風の抵抗が加わり、自分がまるで風と一体化したかのような爽快さを感じる。


 それは――かつて自分が最も愛した感覚であり、同時にもう二度と感じるとは思っていなかった感覚。


 しかし、そんな楽しい時間もそう長くは続かなかった。疾風のように駆ける和斗の進路を塞ぐようにして、巨大な黒い物体が空から飛来する。


 それは、四角く黒いピラミッドに使われる石材のような大きな石だった。見るからに重そうなその無機質な石は、大きな音と共に地面に叩き付けられたが、自らの身体が和斗に当たっていないことを確認するように、一瞬だけその身を光らせると、誰かが動かしているわけでもないのに、ふわりとその重い身体を宙に浮かせた。


「くっ……」

 

 和斗はその石を警戒するように睨みつけながら、走っていた勢いを消すようにバックステップした。その額には、ただの石相手には不釣り合いなほどの焦りを表すように大粒の汗が流れていた。


 彼がなぜそこまでその黒い石を警戒するのか――そして、どうして彼が『それ』から逃げているのか、それは――今から数分ほど前の出来事が原因だった――




「――残念ながら、もう『タイムアップ』です。何故なら、もう既に『試煉』は始まっているのですから――」


 仮面の男がそう言うと同時に、眼の前の景色がテレビのチャンネルを切り替えるように一瞬で変化してゆき、気がつくと和斗達は一本の道の上に立っていた。


 その道はただの道ではなく、まるで天空に作られたレース場のような不思議な道だった。


 周りを見渡してみれば、先ほどの神殿と同じように青い空しかそこには見えず、神殿の代わりに何の仕切りも無い十メートル程の幅の道が、延々とどこまでも伸びていた。

 

「えっ――なんだよ……コレ……?」


 ナツキは、眼の前で起こった出来事に困惑するようにそう呟いた。


 今まで何度やろうとしても出来なかったエリア移動を、仮面の男はたった一言呟くだけでやってのけたのだから、その動揺は計り知れないだろう。


 一度エリア移動出来たのならばと、他のプレイヤーが再びエリア移動をしようとしたが、やはりどこにも移動できなかった。


 それはつまり――プレイヤー側のエリア移動の権利は全てこの仮面の男が持っているということだった。


 仮面の男は、まるでニヤニヤとこちらを嘲笑っているようにその笑顔の面をプレイヤー達に向けながら、泰然とした態度で解説を始める。


「さて皆様――『第一の試煉』の会場にようこそいらっしゃいました。まずはこの『試煉』の趣旨をご説明しましょう。見ての通り、この場所は何の変哲も無いただの道でございます。そして、『道』ですることと言えば、当然『レース』ですよね――そこで、皆様にはこの道を使って『レース』をして頂きます――」


 その解説の途中、割り込むようにしてナツキが、


「待て待て待てっ! なに勝手に始めちゃってんだよ! オレは絶対しねーぞっ! こんなクソみたいなゲームはっ!」


 ふざけるなと言わんばかりにそう抗議したが、仮面の男は呆れる様に肩をすくませると、


「残念ですが、先ほど言った通りこの『試煉』には不参加という選択肢が存在しません。まぁそこまでしてやりたくないと言うのなら止めはしませんが、その場合、『試煉』を棄権するということになり、強制的にその『命』を頂くことになりますが――それでも宜しいですね?」


 意地悪そうな口調で、ナツキをからかうようにそう言った。


 しかし、そんな言葉でナツキが納得するはずも無く、再び抗議の言葉を返す。


「ふっざけんなっ! なんだよその理不尽なルールはっ!? そんなことをする権利がテメーにあるって言うのかよ?」


「――ええ、もちろんありますとも……何故ならこの『メビウス』において、我々『案内人』はこのゲームの『管理者』に次ぐ力を与えられていますからねぇ? いくら理不尽であろうとも、それがこの場所でのルールであり、法律なのですから、『外の世界』から勝手にやってきた貴方達にとやかく言われる筋合いはありません。郷に入れば郷に従えというコトバ、知ってますかぁ?」


 あくまでも自らが上の立場だと誇示するようなその言葉に、ナツキはついに堪忍袋の緒が切れたのか、その額に青筋を浮かせながら、


「オマエ……言わせておけば――」


 いよいよ剣に手が掛かる段階にまで激怒したナツキだが、その剣を抜く前に、彼を止める人物が居た。


「待て、少し頭を冷やすんだ――アイツに歯向かったヤツがどうなったかを忘れたのか?」


 そう言ってナツキを止めたのは、和斗だった。


「――ッ!? ……でもよぉ……」


 和斗のその言葉で、ナツキは腕を斬り落とされた大男を思い出したが、それでも納得できないようにそう文句を言った。


 和斗はそれに対して冷静に、ナツキにしか聞こえないような小さな声で、


「落ち着け、ヤツらの口車に乗るのは確かに癪だが、今はそれ以外に選択肢が無い。なら、今はあえてそれに乗ったフリをして、隙を見てアイツらを欺いてやるんだ」


 慎重に、ナツキを説得するような口調でそう提案する。


 すると、ナツキは驚いたような顔をして和斗を見て、


「……それはいいな。でも、そんなこと出来るのか?」


 チラリと仮面の男を盗み見ながら、懐疑的な口調でそう聞いた。


 和斗はそれに対して首を振りながらも、ナツキの説得を続ける。


「今はまだ無理だ……けど、アイツらだってこの『試煉』が始まれば、全員に注意を払うことは出来ないはずだ、だから、今だけは従った『フリ』をしてくれないか?」


 それは、ほとんど無策同然の作戦だったが、ナツキは和斗が暴走しそうだった自分を止める為にそう言ってくれているのだと解釈し、どこか肩の力の抜けたような笑みを浮かべながら、


「……わかった。でも、勘違いすんなよ? オレはアイツらに従うわけじゃなくて、アンタの言うことを信用してその計画に乗るんだからな? そこんとこ、結構重要だぜ?」


 冗談めかした口調で、念を押すようにそう言うと、和斗はその剣幕に押されたのか、少したじろぎながら、


「あ、ああ……そうなのか……責任重大だな……」


 ナツキの言葉を真面目に受け止めたように、神妙な顔をして頷いた。


 ナツキはそんな不器用な和斗の反応に、少し顔をほころばせながら、


「しっかりしてくれよ大将――っとそういえば、オマエ名前、なんだっけ?」


 そう言って和斗の肩を軽く叩くと、思い出したようにそう聞いた。


 聞かれた和斗は、ナツキに手を差し出しながら改めて自己紹介をする。


「和斗……カズトだ。よろしくな、ナツキ」


「ああっ! 一緒に頑張ろうぜっ!」


 二人が固い握手を交わし、互いの友情を深め合ったその時――


「――ヒミツのお話、そろそろ済みましたかぁ?」


 仮面の男が、まるでその時を待っていたかのようにそう言いながら、二人の間に割り込んで来た。


「――わぁっ!? なんだよオマエッ! 急に寄ってくんなよっ!?」


 いきなりの登場に驚いたナツキは、大きく後退りながらそう文句を言った。


「これはこれは申し訳ありません。しかし、『試煉者』同士であまり親密になりすぎるのは『危険』ですよぉ? なにせ、この『メビウス』では、なにが起こるかわかりませんからねぇ?」


「なんだよっ! プレイヤー同士仲良くすんのがなにが悪いってんだよ! オマエはオレ達を案内すんのが仕事なんだろ? ならさっさと仕事しろよ!」


「これは手厳しい……しかし、あれほど『試煉』に拒否反応を示していたアナタが、そんなことを言うとは……さきほどの内緒の会話でなにか心境の変化でも?」


 まるで先ほどの二人の会話を聞いていたかのような仮面の男の言葉に、ナツキは一瞬ギクリと身体を固くしたが、


「う、うるさいなっ! そんなことオマエにカンケーねぇだろ! いい加減覚悟を決めただけだよ!」


 そう叫んで誤魔化すも、仮面の男には通じない――と思われたが、


「そうですか……それは良かったです。ワタシも、試煉不参加で命を奪うのは心苦しいですからねぇ?」


 仮面の男は皮肉っぽい口調で一言だけそう言うと、以外にもあっさりとナツキから離れ、自らの役割を思い出したかのように、改めて説明を再開する。

 

「――さて、それでは第一の試煉を行う前に、皆様には一人ずつ『案内人』を宛がわせて頂きます。その際、誰かと『パートナー』関係を結んでいた場合、強制的に解除されますのでご注意ください――」


 仮面の男がそう言い終わると共に、今まで一言も言葉を発せず、その場に浮いていただけの他の『案内人』が一斉に動き出した。


 身に纏ったローブと仮面だけが浮いて移動しているような『案内人』達のその動きは、まるで幽霊が獲物を求めて徘徊しているような不気味さを彷彿とさせる。


「お兄ちゃん……」


 いきなり動き出した『案内人』に怯えるように、ハルカがナツキを見つめると、ナツキは妹を安心させるように笑顔を向けながら、


「大丈夫だよハルカ、例え『パートナー』じゃなくなっても、お前のことはオレが守ってやるからさ?」


 頼もしい兄の言葉とは反面、何故かハルカはさらにその顔を曇らせながら、


「うん……ごめんね。お兄ちゃん……」


 臆病な自分を恥じるように、自信の無い口調でそう謝った。


「気にすんなって、オレ達は兄妹なんだからさ?」


 ナツキの慰めの言葉にも、ハルカは俯いたまま、


「……うん」


 どこか上の空でそう答えるのだった。




 その一方で、和斗の所はと言えば、なにやら少し不穏な雰囲気を漂わせていた。


「――俺の『案内人』はアンタか……」


 吐き捨てるように言った和斗の前には、白ローブが立っていた。


「どうやらそのようだね。何か不服な点でもあるかな?」


 親しげな口調でそう言う白ローブだが、面を付けているせいで相変わらず何を考えているかは分からない。


 白ローブは『案内人』の中では比較的話の分かるほうではあるが、だからといって信用出来るかどうかで言えば、やはりどうにもその胡散臭さが抜けない。


「いや……? 別に誰が案内しようと関係ないさ。ただ、そっちはどうだか知らないが、俺はアンタ達を信用してないし、アンタの言うことに百%従うワケじゃないってことは覚えておいてくれ」


 白ローブを牽制するように和斗がぶっきらぼうにそう言うと、


「そうか……まぁ、そうだろうね。それじゃあ、とりあえず自己紹介でもしておこうか? ボク達『案内人』には、一応名前のようなものがあってね……ボクの名前は――」


 言いさした白ローブの言葉に、和斗は興味が無いという風に割り込む。


「――いや、いい。さっきも言ったように、アンタ達と馴れ合いをするつもりはないからな。アンタは俺の機嫌なんて気にせず、自分の仕事だけに専念していればいいんだ」


 冷たく突き放すようなその言葉は、未だ『案内人』を警戒しているからこそだが、必要最低限のコミュニケーションすら否定して、どこまでもドライな関係を保とうとする和斗の頑なさは、なにか別の意図でもあるかのようにすら感じられた。


「……そうだね。確かにそうだ。ボク達『案内人』とキミ達『試煉者』は、『パートナー』でありながら、仲間ではない、そういう矛盾した関係だからね……」


 どこか残念そうにそう言う白ローブだったが、やはり仮面のせいで本心からそう思っているかどうかは分からなかった。


「それが分かってるなら、もう俺から言うことはなにもない。アンタはアンタの仕事を、俺は俺のやるべきことをやるだけだ……」


 冷やかな口調で和斗はそう言うと、もう何も話すことは無いというように、白ローブに対して背を向けた。


「………」


 そして、白ローブはそんな和斗の背中を、ただ黙って見つめるだけだった。




 その一方で、舞台は再びナツキ達の所へと移り――、


「――え……アナタが私の『案内人』なんですか……?」


 ハルカは、どこか泣き出しそうな顔で眼の前の相手にそう言った。


「ええ、そうですよぉ? よろしくお願いしますね、ハルカさん?」


 言われた『案内人』は、そのハルカの反応を楽しむように、嬉しそうな声でそう言った。


「おい……どういうことだよ仮面野郎……ッ! なんでオマエがハルカの『案内人』なんだよ……!?」


 ナツキは今にも頭が沸騰しそうな表情をしながら、眼の前の『案内人』にそう聞く。


 ハルカの『案内人』として割り当てられたのは、仮面の男であった。数ある『案内人』の中でも、誰もが当たってほしくないと思うだろう仮面の男は、心外といった口調でナツキに言い返す。


「おや、ワタシも『案内人』の端くれなのですから、誰かに割り当てられるのは当然でしょう?」


「そりゃそうだけど……だからってなんでよりによってハルカの『案内人』がオマエなんだよっ! 反抗的だったオレへの嫌がらせならオレにしろってんだよ!」


 憤慨するナツキに、仮面の男は人差し指を立てて左右に揺らしながら、


「どうやらアナタはなにか思い違いをなされているようですが、これはある種の『救済処置』でもあるのですよ? ハルカさんは、どう見ても前線に出ていたファイタータイプには見えません。ならば、パートナーの補助を行うヒーラータイプやマジシャンタイプだと考えるのが妥当でしょう。しかし、この『試煉』は基本一人で行わなければならない為に、仲間に盾になって戦ってもらうということは不可能なのです。――そこで、ワタシのような戦闘向きの『案内人』が役に立つというワケですね。ワタシはあくまで『案内人』ですから、積極的なサポートは出来ません。ですが、アナタ達は一つの試煉に付き、二回だけ『案内人』の力を借りることが出来るのです。ならば、宛がわれる『案内人』は強いほうがいいということになりますね――その点、ワタシの強さは先ほどの騒動で知っているでしょうが、当然折り紙つきです。どうです? これでもまだワタシが嫌がらせをしていると思いますか?」


 まるで押し売りの販売員のように、少し早口で自らの利点をそう捲し立てた。


「うっ……それはそうだけど……でも、うーん……」


 仮面の男の勢いに押されつつも、まだ納得できないという感じのナツキだったが、最後の一押しとなる言葉を言ったのは、意外な人物であった。


「――だ、大丈夫だよお兄ちゃん。私だっていつまでもお兄ちゃんに頼るわけにもいかないし、それに、お兄ちゃんさっき言ったよね? たとえ『パートナー』じゃなくても、私達は兄妹なんだって……だから――多分きっと大丈夫だよ……試煉を受けるのは一人ずつかもしれないけど、私達は離れ離れになるわけじゃないもの――」


 それは、引っ込み思案の彼女にしてはかなり珍しい自己主張の言葉だった。


「ハルカ……」


 ナツキはハルカが兄を心配させまいと無理を言っているのかと最初は思ったが、気弱な妹が珍しく強気な眼をしているのを見て、彼女が兄に守られているばかりの今の状況を良しとせず、彼女なりに成長しようとしているのだということを悟った。


「――うん、そうだな……でも、だからってソイツのことを完全に信用したりすんなよ? わかったな?」


 妹の成長を喜びつつも、キッチリと忠告は忘れないナツキ。


「う……うん……」


 若干過保護な兄に、ハルカは少しだけ呆れつつも、笑顔でそう答える。


「そうか……じゃあしばらくそこで大人しくしてろよ? オレは、オレんトコに来た『案内人』に話し付けてくるから。あと仮面野郎! 妹になにかしたら只じゃおかねーからなっ!」


 仮面の男にそう釘を刺しつつ、ナツキはずっと待たせていた自分の『案内人』のほうへと走ってゆく。


 そして、唐突に二人きりになったハルカと仮面の男だったが、二人の間の微妙な空気を和らげるように、いきなり仮面の男がハルカに話しかけてきた。


「いやいや、元気な兄君ですねぇ……しかし、仮面野郎呼ばわりは酷いと思いませんか? ワタシにだって、名前くらいあるというのに……」


「え? そ、そうなんですか?」


 突然のカミングアウトに驚くハルカ。考えてみれば彼らに名前があるのは当然のことなのだが、どうしてか彼女は彼ら全員が『案内人』という名前なのだと勘違いしていたのだった。


 仮面の男は、そんなハルカに対し、恭しく礼をしながら改めて自己紹介する。


「ええ、ワタシの名は『スライリィ』――以後お見知りおきくださいねぇ?」


「は……はぃ……」


 不気味なスライリィの迫力に押されたのか、返事をしたハルカの声は少し上擦っていた。




久し振りの投稿となります。


最近の暑さに当てられて元気が出ず、およそ14日ぶりの投稿となってしまいました。もし続きを待っていてくれた人が居るならば、本当に申し訳ありません。


続きは出来ればもっと早く投稿したいと思います。


それでは、今回はこのへんで――



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