1-2 『案内人』
「まず――キミ達にはボク達の素性を知ってもらう必要がある。ボク達の俗称は『案内人』――この『メビウス』においてキミ達を導く役目を持った者達だ」
自らの存在を知らしめるかのように、白ローブは自身の役割を滔々とそう語った。
「そんで? なんでそんな役割を持った奴がオレ達に襲いかかってくるんだよ?」
未だ彼らに敵意を持ってるナツキが、不満げにそう皮肉を言うと、白ローブは少し肩をすくめて、
「キミ達はなにか勘違いしているようだから言っておくが、先ほどのことはキミ達から仕掛けてきたことだ、ボク達はそれに対する防衛手段をとったに過ぎない。もっとも、『彼』が少々やり過ぎたことについては否定は出来ないけれどね」
そう言って、仮面の男を非難するように見た。
「クフフフ……いやはや、申し訳ありませんねぇ……ワタシ、頭がカッとなると加減が出来なくなるものでして……そこの方、お怪我は大丈夫でしたか?」
仮面の男は心配そうな口調で白々しくそう言うと、馴れ馴れしい態度で大男に近づく。
「うるせぇッ! 触んじゃねぇよ!」
大男は口ではそう強気な口調で拒絶しながらも、その内心では怯えているのか、自分から仮面の男と距離を取った。
「おやおや、嫌われたものですねぇ……残念です。クフフフ」
仮面の男はちっとも残念そうでない口調で言いながら、大男を小馬鹿にするように含み笑いをした。
相変わらずふざけた態度を繰り返す仮面の男を、和斗はどこか呆れた様子で睨みながら、
「……わかった。そのことについてはもういい――じゃあ次は……ここが何処なのか、そして……お前達は何が目的で俺達の前に現れたのかを説明してもらう」
途中の議題を引き戻すように堅い口調でそう言った。
「………」
そんな和斗に、大男はなにを勝手に仕切っているんだと非難めいた目線を送ったが、和斗は大男の視線などまったく意に介せず、真っ直ぐに白ローブを見据えていた。
かたや白ローブは、そんな人間同士のいがみ合いなどどうでもいいという風に、一度だけ肩をすくめると、説明の続きを始める。
「もちろん、そのつもりさ――さて、この世界が『死後の世界』だというのは、キミ達はもう何度も聞いていることだろうけど……それは『設定』でも『誇張』でもない、本当のことだ……」
「チッ――またそれかよ……」
大男が舌打ちをしたが、和斗はまたもやそれを無視して、白ローブに聞く。
「……それは、どういう意味だ?」
しかし、白ローブはその問いに直接的な答えを返さずに、
「まず、キミ達が『リンカーネイション』から、この世界に来る前にしたことを思い出してみてくれ、そうすれば、ボクの言っていることの『意味』が分かるだろう」
まるで謎掛けのようにそう言って、相手の反応を待つように腕を組んだ。
「またワケわかんねーこと言いやがって……」
もうそのことについて真面目に考えるつもりはないのか、ナツキは投げやりにそう言って、他の誰かが答えてくれるのを待った。
大男もナツキと同じような考えなのか、ふてくされたような態度で辺りを見回すだけだった。
そして、白ローブの問いに誰も答えられないと思うほどの長い沈黙の末――
「――あっ……」
ハルカが何かを思いついたように小さく声を洩らした。
そんなハルカに、広場の人間の視線が集まるが、
「………」
和斗は最初からその答えが分かっていたかのように、ハルカに目線も送らずに、ただ沈黙していた。
「あ……えっと……そのぉ……」
急に注目されたハルカは、答えはもう分かっているのだが、緊張してうまく喋れないようだった。
そんなハルカを見て、白ローブはその仮面の下でなにを思ったのか、彼女に助け船を出すように、
「どうやら、思い至ったようだね……そう――キミ達はこの世界に来る前に『死亡』しているんだよ。事故で死んだ者、誰かに殺された者、自ら死を選んだ者。死んだ理由はそれぞれ様々だろうが、全員が例外無く『死』を体験している筈だ」
答えとなる解答を言い放った。
しかし、その答えに真っ先に反論したのは大男だった。
「ハァ? だからなんだってんだよ? まさか、たったそれだけの理由でここが『死後の世界』だって言うつもりじゃないだろうな?」
そして、大男に続けとばかりに、細身の女性がさらに反論を述べる。
「そうよ――死んでここに来るって言うなら、アタシなんかゲームが下手だから何度でも死んでるわよ。でも、今まで一度だってこんな所に来たことなんか無かったわ。上手いこと言って騙そうとしたって、そうはいかないんだから!」
その二人の意見はもっともだった。この『リンカーネイション』がネットゲームである以上、キャラクターの敗北というのはその殆どが経験するものである。ネットゲームにリセットボタンは無いし、ただでさえシビアと言われるこのゲームで負けずにいることはかなり難しいのである。
しかし、白ローブはそんな二人の意見を真っ向から否定するように言う。
「それは当たり前のことだよ――何故なら、ここに来る為には必ず『メビウスの泉』で死ぬ必要があるからね。逆に言えば、そこ以外で死んだとしても、それは死亡扱いにはならない。『リンカーネイション』の説明にもそれは書いてあっただろう?」
――白ローブの言った言葉は、確かに間違ってはいなかった。
何故ならば、『リンカーネイション』はそのゲームシステム上、『死ぬことはありえない』とされているからである。
『リンカーネイション』は、プレイヤー自身が『輪廻者』と呼ばれる特殊能力者であるという設定があり、たとえその世界で死んだとしても、『輪廻』することによって簡単に蘇ることが出来るとされている。なので、プレイヤーは何度敵にやられようが、予めセーブしてあった場所で再び生き返ることが可能であり、それに相まって敵の強さも他のゲームより強めに設定してある為、プレイヤーは自分が何度やられても復活できる無敵の存在だと認識することになる。
だが、その『輪廻者』という存在も、完全なる無敵の存在ではなく、『メビウスの泉』という場所でだけ、『輪廻』が使えず『死』が訪れるという設定があった。しかし、それは裏設定に近い情報なので、殆どのプレイヤーは知らないが、ダメージを受けると『血』が出る不気味なエリアとして『メビウスの泉』は知られており、それを怖がって誰も訪れなかった為に、プレイヤーは自分が『死』を迎えることなどありえないと錯覚していたのであった。
そして、そのことを指摘された細身の女性は、何も言い返せなくなったのか、
「そ、それはそうだけど……」
そう言葉を濁した。
実際のところ、彼女も理屈では理解出来ていても、今のこの状況を頭では理解したくないということなのだろう。
それも無理もないことである。なにせ、普通にゲームをしていたかと思えば、いきなりこのようなワケの分からない場所に飛ばされ、元の場所に帰れなくなったのだ。普通の考えを持つプレイヤーならば、それを否定したくなってもおかしくはない。
しかし、そんな淡い望みすら断ち切るように、仮面の男はプレイヤー全員にこう話しかける。
「それに――です。ここに居るアナタ達はその殆どが、『あの噂』を実証する為に『自殺』なさっているんでしょう? まさか、今さら『特別なイベント』が発生して臆しているワケではありませんよねぇ?」
その挑発じみた言葉に、短気なナツキはまんまと引っ掛かり、
「――なっ!? んなわけねぇだろ! 馬鹿にすんなっ!」
顔を赤くして思わずそう叫んでしまう――が、当然それは仮面の男の思惑通りであり、
「ですよねぇ? だったら、文句など言わず、ありのまま今の状況を受け入れるのがアナタ方の正しい選択ではないでしょうか? 少なくとも、アナタ達の望み通りに『イベント』は発生しているのですから――」
ナツキの言質を取るようにそう言うことで、有無を言わさず相手を納得させることに成功したのであった。
「ッ……ぐ……」
ナツキは自分の言葉が自らの逃げ道を塞いでしまったことに気付き、悔しそうに唇を噛み締める。
そして、仮面の男はそんなナツキをどこか楽しむように一瞥してから、大きく手を広げて広場に集まった全員に語りかける。
「さて――少々話が逸れてしまいましたが、ここでそろそろ『本題』に入りたいと思います。ここが死後の世界であるということは、皆さんにも判ってもらえたと思いますが、当然、なんの目的も無くアナタ達はここに集められたワケではありません」
得意げにそう語る仮面の男を、和斗は警戒するようにじっと睨みつけていた。
「………」
そして同じ『案内人』である筈の白ローブも、仮面の男の動向は予測できないのか、和斗と同じように無言で注視していた。
そんな全員の視線を一堂に浴びながら、仮面の男はようやくその目的を語った。
「そう――アナタ達はこの死後の世界『メビウス』で、『命』を賭けた『デスゲーム』を行う為に集められたのです――」
仮面の男が語ったその衝撃的な一言に、ナツキ達だけでなく、今まで沈黙していた他プレイヤー達もが堰を切ったようにザワザワと騒ぎ出した。
「……なんだって?」 「どういうことよ……」 「話が違うぞ……?」
しかし、それは聞いた言葉に驚いているという風ではなく、まるで予め渡されていた台本と実際の内容がまったく違っていた時のような、どこかちぐはぐで違和感のある反応だった。
「おや? 皆さんなにやら不服そうな反応ですねぇ? ワタシ、なにか変なことを言ったでしょうか?」
不思議そうに聞く仮面の男に対し、大男が口角から泡を飛ばしながら叫ぶ。
「当たり前だろうがッ! 『あの噂』と全然内容が違うじゃねぇか! 誰が好き好んでそんなもんをやりたがるってんだ! ああ!?」
そんな大男に対し、仮面の男は煩わしさを感じたような態度と声で、
「やれやれ、せっかちな方々ですねぇ……ワタシはなにも、それだけがこのイベントの趣旨だと言ったわけではありませんよ? 素晴らしい『報酬』を得るには、それ相応の『対価』というものが必要になります。今回はその対価が、金品でも物品でもなく、アナタ方の『命』だった――それだけのことでしょうに?」
こともなげにそう言い放った。だが――当然、そんなことで大男が納得する筈も無く。
「『それだけ』だぁ……? 随分吹いてくれんじゃねぇか? だいたい、どうやって『ゲーム』で命を賭けるってんだよ? ふざけんのはその仮面だけにしとけよ?」
額に青筋を立てながら、大男はドスの効いた声と顔で仮面の男を威嚇する。
しかし、仮面の男はそんな大男に対し、首を傾げながら不思議そうに言う。
「おや? アナタはご存じないのですか? アナタ方がやっている『リンカーネイション』は、人の命など簡単に奪う事が出来る『ゲーム』だということを――」
まるでそれが当たり前のことのように言う仮面の男の言葉には、相手をからかったり騙そうとするニュアンスがまったく含まれておらず、その自然さが、逆に大男を疑心暗鬼に陥らせた。
「な……なに言ってやがる……そう言ってこのオレを騙そうったってそうは――」
そう言いつつも、大男は内心ではコイツの言っていることは、もしかしたら本当なんじゃないかという疑惑に捕らわれ始めていた。
先ほどの自分が感じた『痛み』、それは明らかに現実となんら変わらぬものだった。だとすれば、ここで『死』を迎えた時、自分はどうなってしまうのか――そんな不安が大男の頭を駆け巡る。
そして――そんな大男の不安を具現化するかのように、今まで黙っていた和斗が、大男の言葉に反するようにこう言った。
「いいや、そいつの言った言葉は『嘘』じゃない――何故なら、俺はこのゲームが人の『魂』を奪うところを実際に見たんだからな……」
「――ッ!?」
和斗のその何気ない一言に、再びプレイヤー達は戦慄する。
「ちょ――ちょっと……オマエなに言って……」
いきなりのことに驚いた表情をしながらも、それを冗談だと思ったナツキが和斗にそう言って窘めようとするが、和斗は自分の言った言葉を否定するつもりは無いらしく、再びだんまりを決め込んだようにその場に立ち尽くすだけだった。
そして、その状況を好機と捉えたのか、白ローブはすかさずそこで和斗を擁護するように、
「そう……彼の言ったことは『本当』だ――この場に居るキミ達の何人かは既に知っているんじゃないかな? この『ゲーム』がタダのゲームではないということをね?」
そう言って、和斗だけがその事実を知っている訳ではないことを告白する。
その白ローブの言葉に、広場のプレイヤー達は再びざわめき、不安げな眼差しで辺りを見回す。
そんなまるでプレイヤーの中に裏切り者が出たような微妙な空気の中、一人の女性が前に出て、和斗と同じように告白した。
「そうね……ここまで来たら黙ってるワケにはいかないわね……」
その一言で、広場の全員がその女性に注目し、仮面の男だけがどこかその状況を楽しむようにユラユラと楽しそうに揺れながら成り行きを見守っていた。
艶やかな腰までの黒髪をした、どこか憂いを帯びた表情をした美人のその女性は、最初こそ周りの目を気にするような素振りを見せたが、やがて覚悟を決めたように前を向くと、改めてその場の全員に語り始める。
「実は……私の恋人も、このゲームが原因で『意識不明』になっているの……モチロン、私自身たかがゲームにそんなことが出来るなんて思ってないし、医学的にもそんなことはまったく証明されてないわ……でもね、彼が意識を失う前にやっていたゲームは、確かにこの『リンカーネイション』だったのよ……」
女性のその言葉は、嘘や偽りの無い真剣さや悲しみの込もったもので、その切実な思いの込められた言葉は、かなりの信憑性があり、このゲームがいかに危険かということの真実味をプレイヤー全員に否応が無く痛感させた。
「嘘だろ……え? お前ら何動揺してんだよっ!? まさか、たった二人の証言だけでコイツラの言うことを信じる気かよ!?」
この状況になっても大男は、そう言って頭を振りながら子供のようにそう喚いた。
彼があくまでそのことを信じようとしないのは、その内に秘めた恐怖心を認めたくないからであったが、そんな彼の内心を知ってか知らずか、白ローブは大男に対して厳しい口調で、
「おそらくキミは、『あの噂』の本当の意味を知らずに、ただの興味本位で噂を試しただけに過ぎないんだろうね。ならば、未だに『ゲーム気分』が抜けていなかったというのも頷ける話だ」
状況を理解できずにいる大男を憐れむようにそう言った。
「本当の意味ッ!? なんだよそれ……『あれ』はこのゲームの最終ステージに進む為の只のヒントだろ? だからオレは現にこの場所に来てるんだろうが――」
白ローブの言葉に動揺しながらも、大男はあくまで自分の主張を変えようとはしない。
そんな大男に対して、しばらく静観していた仮面の男が、心底可笑しいことを聞いたように笑いながら口を挟んできた。
「クフフフ……確かに、この『メビウス』がこのゲームの最終ステージだということは、あながち間違いではないでしょうねえ……なにせ、未だ誰一人としてこの『メビウス』を突破した者など居ないのですから……」
「……キミは、少し黙っていてくれないか? キミが口を挟むと事態が余計にややこしくなる」
白ローブは、仮面の男に対して迷惑そうにそう言ったが、仮面の男は白ローブの言葉に首を振り、それどころか、もう我慢の限界とばかりに言い返す。
「お断りします。逆にアナタに説明を任せていては、時間がいくらあっても足らなさそうなので――そもそも、アナタは真面目過ぎるんですよぉ? このような『最初の試煉』で脱落しそうな男に説明など不要です。むしろ我々『案内人』は、『試煉』を突破出来そうな有能な者にこそ、懇切丁寧な説明をするべきなのではないですかねぇ……?」
仮面の男の妙な威圧感のあるその言葉に、何故か白ローブは怯むようにたたらを踏み、
「……ッ!」
悔しそうに顔を背けながら、そのまま黙ってしまう。
そして、臆面もなく馬鹿にされた大男は、顔を真っ赤にして、
「な……なんだとぉッ!? テメェもういっぺん――」
そう言って仮面の男に叫ぼうとしたが、その言葉は何故か途中で遮られてしまう。
そして急に黙った大男に対し、仮面の男は普段の声質とはまったく違う、氷のように冷たく、人生の全てを悟ってしまったような声音で言う。
「――何度でも言いましょう……ワタシはね……? アナタのような無能な男を見ると、とても辟易してしまうんですよ――いえ、『無能』なのがいけないのではありません……ワタシが一番嫌うのは、自分が無能であると『自覚』していない人間なのです――分不相応に偉ぶる者など見るに堪えられませんからねぇ……」
そう言った仮面の男は、いつの間にか大男の真後ろに立っており、その手刀を大男の首筋に突きつけていた。
「ぬっ……うおお……」
大男は、眼にも止まらぬ速さで現れた仮面の男に何一つ対応することも出来ずに、為すがままその動きを制止させた。
そして、仮面の男は剣に見立てたその手刀を何度か首筋に当てながら、脅すように言う。
「いいですかぁ? アナタが次にワタシが不愉快になるようなことをしたら、今度はうっかりその首を切り落としちゃうかもしれません。それが厭なら……少しの間黙っててくださいねぇ?」
それは、冗談めかした普段の彼の口調だったが、決して冗談ではない本気の殺気が籠った脅し文句であった。
「わかった……わかったよ――」
実際にその手刀で腕を切り落とされた経験のある大男は、青冷めた表情で仮面の男の言葉に頷く。
「――宜しい。それでは皆様、説明の続きと参りましょうか?」
大男の反応に満足したのか、仮面の男はあっさりと大男から離れると、プレイヤー全員と向き合いながらそう言った。
「………」
その露骨な脅しに対し、白ローブはどこか不服そうに仮面の男を見ていたが、仮面でその表情は隠されているのでその本心は誰にも判らなかった。
「――さて、これから皆さんがやることになる『デスゲーム』ですが、我々『案内人』はそれのことを『試煉』と呼んでいます。『試煉』は全部で四つあり、その全てを突破出来ればゲームクリアです。それだけを聞けば簡単ですね――しかし、その内容は非常に過酷で、とてもクリアするのが不可能なほど難関なものばかりです。でも、安心してください。我々『案内人』は、そんなアナタ達をサポートする為に居るのですから――」
仮面の男は先ほどとは打って変わった上機嫌な態度で、饒舌にそう語る。
「ケッ――さっきみたいなコトしといてよく言うぜ……」
あからさまな恐喝を目撃していたナツキがそう文句を言うが、彼の後ろに隠れるようにしていたハルカが、兄を窘めるように言う。
「お兄ちゃん……聞こえるよ?」
しかし、そんなハルカの忠告に対し、ナツキは露骨に眉根を寄せると、少し苛立ったような口調で言葉を返す。
「お前ウルサイ、んなこと言われなくても分かってるよ」
「そ、そうだね……ごめんね、お兄ちゃん……」
間違ったことは言っていないのにあっさりと謝るハルカは、どうやら彼に頭が上がらないようだった。
そんな二人を横目で見ながら、和斗は仮面の男に聞く。
「一つ質問がある――その『案内人』ってのは、具体的に俺達になにをしてくれるんだ? まさか、道案内だけするのがサポートっていうんじゃないよな?」
和斗の質問に、仮面の男はどこか嬉しそうに反応する。
「おや……いい事を聞いてくれましたねぇアナタ? モチロン、『案内人』のサポートはこの世界の案内だけでなく、戦闘の支援や、傷付いた者への治療等、幅広くサポート致します。いわば『リンカーネイション』における『パートナー』のようなものと考えて頂ければ結構です」
しかし、その答えに対し、強い反応を示したのは和斗ではなくナツキだった。
「パートナーだとッ!? それじゃあ今組んでる『パートナー』はどうすんだよ! 『リンカーネイション』じゃ『パートナー』は一人しか選べない筈だろ?」
ナツキがそこまで強く反発するのは、おそらく彼のパートナーがその後ろに居る少女だからだろう。臆病で常にナツキの後ろに隠れているようなハルカが、自分と離れてやっていけるはずがない、そんな過保護めいた不安を感じているのだ。
そして、そんなナツキの不安を読み取ったかのように、仮面の男はこともなげに言い放つ。
「当然、今のパートナーの関係は解消してもらいます。基本的に『試煉』は一人で行うものですからねぇ?」
その言葉を聞いたナツキは、奥歯を一度強く噛んで、後ろのハルカを守るように前に出ながら叫ぶ。
「だったらお断りだ! 誰がお前達みたいな胡散臭い奴と組むかよ! オレ達はずっと二人でやってきたんだ、今さらコンビ解消なんか出来るかよ!」
「お兄ちゃん……」
ハルカは、ナツキのその頼もしい言葉に感動したように声を漏らす。
ナツキのその一言は、いかに彼がハルカを大事に思っているかの証明となる言葉だった。
たとえ普段は邪険にしようとも、いざというときには彼女を庇い、守ろうとするナツキ。そんな彼だからこそ、ハルカはここまでナツキに付いてきたのである。
しかし、そんな感動的な兄弟愛を見たとしても、仮面の男は何一つ心が動かなかったように、事務的な口調で言葉を返す。
「おやおや、それはいけません……いけませんねぇ? まさか、ここまで来ておきながら、そんな子供じみたワガママが通るとでも思っているのですか?」
「ああ思ってるさ――だってこれは『ゲーム』なんだぜ? その『試煉』とやらにしたって、それを受けるかはプレイヤーのオレ達に『選択権』があるはずだろ? それをやらないんだったら、お前らと組む必要もないしな……」
自信満々にそう言うナツキに対し、仮面の男はとても残念そうな口調で、
「なるほど、尤もな言い分ですね。しかし――その理屈はこの『メビウス』では通りません。何故ならば……この世界でアナタ達には『選択権』など存在しないからです。ここに来たプレイヤーは、強制的に『試煉』を受けなければならないのですよ」
そんな絶望的な言葉を浴びせた。
ナツキは、その言葉に少し動揺したように眼を見開いたが、すぐに思い直したように強気な態度で、
「ハァ――? お前何言ってんだ? こんなトコに連れてきたぐらいで調子に乗んなよ? こんなモン強制的にログアウトすれば――」
そう言って、おもむろに端末を操作し始めるナツキだったが、
「――あれッ?」
不思議そうに叫びながら、焦ったように端末を押しまくるが、結局何も起きなかった。
彼は『ログアウト』というゲームを強制終了させるコマンドを実行したつもりだった。しかし、どういうわけか、そのログアウトの機能がまったく発動しないのであった。
「――どうしたんですか……『ログアウト』……なさらないんですかぁ?」
仮面の男は、完全にナツキを馬鹿にした口調で、彼の無意味な行動を煽った。
「クソッ……なんでだよっ!? どうして『ログアウト』出来ない――」
完全に動揺してしまったナツキは、何度も『ログアウト』のキーを押すが、ただのアイコンにでもなってしまったかのように、そのコマンドは実行されなかった。
そんなナツキに、見かねたハルカが忠告する。
「お兄ちゃん……さっき試したじゃない……ここでは『ログアウト』出来ないし、他のエリアに移動も出来ないって……」
ハルカの言葉に、ナツキはハッと我に返ったように端末から眼を離し、
「そ……そうだった……でも! まだ方法がないわけじゃ――」
まだまだ諦めるつもりのない意思を口にし、他の方法を考えようとするが――
「……ワタシ、そうやって試行錯誤することは悪いことだとは言いません……しかし――残念ながら、もう『タイムアップ』です。何故なら、もう既に『試煉』は始まっているのですから――」
仮面の男は意地悪気にそう言って、ナツキを絶望の底へと叩き落とした。
「――え?」
そして、ナツキが仮面の男の言った言葉の意味を理解する暇も、覚悟を決める時間も無く――ナツキや和斗達を含むプレイヤー全員が、『試煉』という名の『デスゲーム』に巻き込まれていくのだった――