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1-1 死後の世界『メビウス』

挿絵(By みてみん)


 少年が無残な死を迎えてから数分後――死んだはずの少年は、見たことも無い場所で眼を覚ました。


 そこは、まるでギリシャ神話に出てくるような見事な神殿だった。


 見渡す限りに広がる、端整で見事な彫刻の掘り込まれた白亜の神殿。所々ヒビ割れてはいるが、それでも美しさを残す白い大理石の石畳は均等に並び、頑強な柱はまるで天を支えるかの如く、どこまでも高く伸びていた。


 そして――神殿は、その外観の神秘性を損なわないような『特殊な場所』に建っていた。


 ふと思い至った少年は、柱の隙間から神殿の外を覗いてみる。すると、そこには何の曇りも無い透き通るような青い空が広がっていた。


 下を見ても、上を見ても、そこには青空があるばかりで、陸地も海すらも見えない、完全なる『天空』にその神殿は建っていた。


「ここが……噂の……」


 少年は何か事情を知っているような口調で、そう呟いた。


 そして、おもむろにキョロキョロと辺りを見回すと、神殿の奥の方へと歩いてゆく。


 すると、神殿内の吹き抜けの様な場所に、大勢の人間が集まっているのが見えた。


「あそこに……行ってみるか……」


 少年はそう呟くと、そこへ下りるための階段に足をかけた。




 百人ほどの人が集まっている広場のようなその場所に行くと、ざわざわと何かを話していた人々の何人かが少年に気付き、その中の頭にオレンジ色のバンダナを巻いた少年がこちらに話しかけてきた。

 

「よぉ――もしかしてアンタも『あの噂』を試してここへ来たのか?」


 そう言ったバンダナ少年の後ろには、どこか怯えたような眼を少年に向けてくる。ショートカットの頭にリボンを付けた少女がくっ付いていた。


 しかし、少年はそんな少女に気付かなかったかのように、必要最低限の素っ気ない態度で、


「……ああ、それで? 『例のイベント』はどうなってるんだ?」


 親しげなバンダナ少年に対してそう返した。


 しかし、バンダナ少年はそんな態度を気にした様子も無く、肩をすくめて困ったような口調で言葉を返す。


「それがよぉ? この場所に転送されて来たまではいいんだけどさ。肝心のイベントが全然発生しねーんだよ? しかも、この場所じゃ『ログアウト』も出来ねーんだぜ? 信じらんねーよな、まったく……」


「……『ログアウト』出来ない……?」


 バンダナ少年の言葉に、少年は露骨に眉根を寄せた。


 それは、彼が言った言葉の意味が分からなかったからではなく、彼の言った言葉に不可解な点を感じたからであった。


 そんな風にいぶかしむ少年に対し、バンダナ少年の後ろから彼を覗いていた少女が、不安そうな眼をバンダナ少年に向けながら、初めてその言葉を発した。


「お兄ちゃん……この人は……?」


「ん? ああ――そうだったな。とりあえず、まずは自己紹介しようぜ? オレの名前はナツキ、んでオレの後ろに隠れてんのがハルカってんだ――。そんで……アンタの名前は?」


「ああ、俺の名前は――」


 少年が改めて名を名乗ろうとしたその瞬間――どこからともなくオーケストラのような荘厳な音楽が神殿中から鳴り響いた。


「――!? なんだなんだ?」


 そう言ったナツキを含むその場にいる全員が、奇怪なその音に辺りを見回す。


「これって……もしかして『鎮魂歌』……?」


 ナツキの後ろに隠れていた少女――ハルカが不安そうにそう言った。


 音楽は、ハルカの言ったようにその場の全員の魂を鎮めるかのように厳かに流れ続け、そして、それが不意に止まったと思った瞬間――奇妙なローブを纏った人間が、もの凄いスピードで石畳の下から液体のようにぬるりと這い出てきた。


 しかも、それは一人ではなく、その場にいる全員を取り囲むように次々と出現し、あっという間に広場は謎のローブを着た者達に制圧される事となった。


「うわ――ッ!? なんなんだよ……コイツら……敵なのか……?」


 ナツキは驚きながらも、急に現れた者に対し警戒するように自らの剣に手を掛ける。


 その全身にローブを纏った怪しげな者達は、そのどれもが仮面を付けていた。


 ピエロのような仮面、能面のような仮面、悪魔を模したような仮面、それぞれが付けている仮面は種類こそ違うが、そのどれもが不気味で奇妙なものばかりだった。

 

「………」


 自殺をした少年は、ナツキと同じように剣に手を掛けながら、鋭い眼差しを仮面の者達へと向ける。


 すると、仮面の者達の代表を務めるように、一人だけ黒いローブを纏った、一際不気味な笑顔を模した仮面を付けた男が、大きく手を広げながら、


「ようこそ――死後の世界『メビウス』へ――我々は貴方達を歓迎いたします」


 まるで冥界の使者のように暗く――それでいて不気味な明るさを伴った声でそう言った。


 しかし、その一言の効果は絶大で、ざわざわと騒いでいた人達は皆怯えるように一斉に口を噤み、笑顔の仮面の男を注視した。


 そんな中、物怖じしない性格をしていたナツキは、


「『死後の世界』? なに言ってんだコイツ?」


 まるで場の空気を読まないそんな発言を仮面の男にぶつける。


 しかし、あからさまに馬鹿にされた男は、怒るでもなく、それどころかどこか楽しげに身を震わせながら、


「おやおや、これは手厳しいですねぇ……クフフフフッ!」


 なにが可笑しいのか、不気味な笑いをナツキに返すだけであった。


 その男の態度に、ナツキは逆に馬鹿にされたと感じたのか、一瞬だけムッとした顔を作ると、

 

「なんかよく分かんないケドさぁ? アンタがこの『イベント』の敵なんだろ? まどろっこしいことはいいから早く戦おうぜ?」


 そう好戦的に言うと、背中から素早く剣を抜き、その切っ先を仮面の男に向けた。


「そうだそうだっ!」 「かかってきやがれこの化け物共!」


 そして、ナツキのその行動に触発されたかのように、今まで黙っていた周りの人間も、ここぞとばかりに武器を構え始める。


 かくして一触即発の雰囲気となったナツキ達と仮面の男達だったが、その中で、まだ武器を抜いていない人間が居た。


 それは、あの自殺した少年と、ナツキの後ろにしがみ付いて離れないハルカだった。


 おそらくハルカは恐怖で武器を抜けないのだろうが、少年の方は落ち着いた様子で、辺りを観察するようにその鋭い眼を周りに向けるばかりで、いつでも抜けそうなその剣を抜こうとはしなかった。


 そんな少年に対し――彼の前に立っていた無表情のハニワのような面を付けた白ローブが、少年にしか聞こえない、小さな声でこう言った。


「一応忠告しておくけど……『彼』に手を出さない方がいいよ? もし彼に手を出すなら、キミの命の保証は出来ないからね……『陸上(おかがみ) 和斗(かずと)』君――?」


「――ッ!? アンタ……どうして……?」


 和斗と呼ばれた少年が、驚愕に眼を見開いたその瞬間――


「うおおおぉおぉっ! 先手必勝だぜええぇーっ!」


 血気盛んな筋骨隆々の大男が、先陣を切って笑顔の仮面の男に殴りかかる。


「よし、じゃあオレも――」


 ナツキもその男に続こうとしたが、


「ダメ……行かないでお兄ちゃん……嫌な予感がするの……」


「ちょ――邪魔すんなってハルカッ!?」


 怯えるハルカに服を引っ張られ、たたらを踏んで出足をくじかれてしまう。


 思わぬ伏兵に邪魔されたナツキだったが、結果的にそれは彼女に助けられる形となる。


 仮面の男に殴りかかった大男だったが、そのメイスのような打撃武器を振り抜いた時、そこに仮面の男は既に居なかった。


「な――ッ!? ど、どこに行きやがったぁッ!」


 大男が周りを見るが、仮面の男の姿はどこにも見えない。


「――どこと言われても……『上』――ですが?」


 声に釣られて上を見る大男だったが、もう時既に遅く。


「――ッ!?」


 空から舞い降りてくる仮面の男の攻撃を、大男は為す術もなく受けてしまう。


 見たところその手に獲物らしきものを持っていない仮面の男だったが、彼はその手刀を大男の腕に向かって迷い無く振り下ろした。


 もちろん、そんな軽い一撃では筋骨隆々な大男に傷一つ付かない――その筈だったが。


「い……痛てえええええええええぇぇぇッ!?」


 大男は、悲鳴を上げながらその場に倒れ込んだ。


「――ウソだろ……?」


 眼の前で起こったそのありえない光景に、ナツキは初めて怯えの色を見せた。


 ――大男の左腕が、ナツキの眼の前に転がっていた。


 それは――その『世界』では絶対に有り得ない光景だった。


「おやおやぁ? どうしたんですかぁ? 皆さん、顔色が悪いですよぉ?」


 大男の腕をいともあっさりと切断した仮面の男は、卑しく笑うその仮面に相応しい、下卑た心底楽しそうな声で、広場に集まっている全員にそう言った。


「痛ぇ……痛えよぉ……」


 その間にも大男は腕を失った痛みにのたうち回っていたが、不思議なことにその傷口からは血がまったく流れておらず、代わりに青い蛍光色の光を放っていた。


 しかし、周りの人間は男の傷口自体にはなんの反応も見せず、むしろその『反応』にこそ、驚き戸惑っていた。


「――な……なんでだよ……なんでソイツ……どうして『痛がっている』んだよ!?」


 苦しむ大男を指さしながら、小太りの男が混乱するようにそう言った。


 傷を負っているのだから、痛がるのは当たり前のことなのだが、その『世界』では、それは非常に『異常』なことであった。

 

「そうよ……だってここは……ここは『ネットゲーム』の世界なんでしょう!? 感覚器官は遮断されてるはずなのに……なんで痛みを感じてるのよ!」


 細身の女性が、ヒステリックにそう叫ぶ。


 その言葉に、仮面の男は酷くガッカリしたような態度を示しながら、呆れたようにこう言った。

 

「どうやら……貴方達はまだ理解していないようですねぇ? さきほど言ったはずですよ? ここは貴方達の知っている『リンカーネイション』の世界ではなく、死後の世界『メビウス』なのだと――」


 それは、砂糖を塩と勘違いしていた人にわざわざ説明するような、酷く気だるげな口調で、その顔の角度のせいなのか、男が付けている笑顔の仮面がまるで嘲笑しているように歪んだように見えた。


「だったらなんだっていうんだよ!? そんな『設定』なんかどうでもいいよ! オレ達はどうして『ゲーム』で痛みを感じてるのかを聞いてるんだ!」


 どこか焦ったような口調で、ナツキは仮面の男にそう怒鳴り散らす。


 それは、仮面の男の言葉を全否定する言葉だった。


「なるほど……『設定』ですか……『ゲーム』ですか……ハァ……貴方達には本当に理解力というものがありませんねぇ? 少しはその無い頭を捻って考えてみてはいかがでしょうか? 人に聞くばかりでは成長出来ませんよ?」


 もう説明する気も失せたという風に、仮面の男は投げやりな口調で、本心を隠す気も無いような侮辱の言葉をナツキにぶつける。


「――テメェ……ヒトをおちょくんのもいい加減にしろよ……!」


 仮面の男の態度に業を煮やしたナツキは、完全なる敵意を男に向けた。


 仮面の男は、そんなナツキを見て怯むこともなく、むしろどこか嬉しそうな口調で挑発するように言う。


「おやおや? 怒ってしまわれましたか? ならワタシと勝負でも致しましょうか? まぁ、先程の人のようになっても責任は取りませんがねぇ?」


「――ッ! うおおおおぉぉッ!」


「きゃっ!?」


 その言葉に、完全に怒りが頂点に達したナツキは、自分にしがみついていたハルカを振り払い、走りながら抜いていた剣を構え、激情に任せてその剣を仮面の男に向かって振るった。


 そして――再び仮面の男との戦いが始まると誰もが思ったその瞬間――ハニワの面を付けた白ローブが、電光石火の勢いで二人の間に割り込み、片手でナツキの腕を掴んで剣を止め、もう一方の手で仮面の男に制止するよう手を突き出した。


「――そこまでだ。今キミ達が戦うべきはボク達じゃない。その人の傷は治すし、とりあえずの状況はこのボクが説明する――だからキミもその剣を納めてくれ……」


 理性的で、どこか中性的な雰囲気を持つその声は、人を心の奥底で小馬鹿にしているような仮面の男とは違い、とても真摯で信頼しても良いと思えるような一生懸命さを感じさせた。


「――ッ! クソッ……なんなんだよ……まったく……」


 白ローブの真剣な言葉に納得したのか、ナツキは彼に疑いの眼を向けつつも、しぶしぶその剣を鞘に納めた。


「クフフ……いやはや……真面目ですねぇ?」


 仮面の男も、白ローブには一目置いているのか、それとも単にナツキへの興味を削がれてしまったのか、以外にも大人しく引き下がった。


 両者の熱が冷めたところで、白ローブはその場にしゃがみ込むと、未だ痛みに苦しんでいる大男に治療を施し始める。


「もう大丈夫だ……」


 大男を安心させるようにそう言いながら、白ローブはその傷口に触れた。


 すると、あれだけ苦しんでいた男が、急に痛みが無くなったかのように、ピタリとその呻き声を止め、不思議そうに傷口をまじまじと見つめる。

 

 そして、白ローブは落ちていた大男の腕を拾い上げると、それを光を放つ大男の傷口に持っていき、おもむろにそれをピタリとくっ付けた。もちろんそれだけで腕がくっ付くわけが無かったが、白ローブはさらに切れた傷口に沿うようにその指を這わせた。


 すると――まるでその指に接着剤でも付いていたかのように、指で触れた場所から腕が身体へと接着されていった。

 

「お……おお、腕が……」


 みるみるくっ付いてゆく自分の腕を見ながら、大男はそう感嘆の声を漏らす。


「――これでよし……他に痛むところはないかな?」


 優しげにそう聞く白ローブだが、仮面越しのその姿からは、感情がまったく見えないため、どこか得体のしれない不気味さを感じさせた。


 しかし、傷を治してもらった手前、大男はどこかバツが悪そうに顔を背けながら、


「ああ……問題ねぇよ……」


 そう素直に返事を返す。が、その眼の奥にはまだ敵意が残っていた。


 しかし、そんな大男の心の葛藤などどうでもいいという風に、白ローブはその関心を広場に集まった人々に向けると、

 

「ならいい――さて、今度はキミ達の疑問に答えなきゃいけないんだったかな?」


 どこか剽げた仕草で両手を上げながら、皮肉っぽい口調でそう言った。


 それは、先ほどの優しそうな面影など微塵も感じさせない、どこか相手を小馬鹿にするような、仮面の男と似たような態度であった。


 どうにも彼らは身に付けたその仮面と同じように、どこか自らの本心を隠すような二面性のある態度を取るようである。


 そんな不気味な彼らに対し、その場にいる人間の代表を務めるかのように、『和斗』と呼ばれた少年が一歩前に出て白ローブに聞く。


「ああ……まずはアンタ達が『何者』で、何をしにこの場所に現れたのか――それを教えてくれ……俺たちがここで『痛み』を感じる理由はこのさい後回しでいい」


 和斗の言葉に、白ローブは上から下まで値踏みするような視線を和斗に向けながら、


「……ふぅん……確かにそのほうがこちらとしても助かるし、合理的ではあるけど、本当にそちらが先でいいのかい?」


 確認するようにそう聞いた。


「ああ、正直『痛み』を感じることなんてどうでもいいしな……そんなことより、俺は『あの噂』が本当なのかどうかを知りたいんだ」


 そう答えた和斗の眼は、どこか野心的で逆い辛い、奇妙なほどの真剣身を帯びていた。


 和斗の言葉に異論があった者も居ないでもなかったが、彼の言った『あの噂』という単語を聞いてから、全員が水を打ったように静かになった。


「……なるほど、わかったよ。なら教えようじゃないか――ボク達が『何者』なのか――そして、どうしてキミ達がこの場所に来たのか、その『理由』をね――」


 そして、白ローブは彼の疑問に応えるべく、説明を始めるのであった。



どうも、左ノ右(さのゆう)です。


前回の小説『オーバードリーム』から十日ほどしか経っていませんが、さっそく新作『リンカーネイション』を投稿させて頂きました。


今回もまた友人である『エリンギないと』さんに、小説の表紙を描いてもらいました。迫力のある敵と対峙する主人公達の緊張感がよく出ていてとても素晴らしいと思います。『エリンギないと』さん、どうもありがとうございました。


また、今回の小説は前回と違って完全に一から書き下ろしているので、前回のように一日一更新とはいかず、しばらく期間をおいての投稿となってしまいます。


まずはそのことを皆様にお詫びすると同時に、一刻も早く続きを投稿するべく頑張ってゆきたいと思います。


それでは、今回はこのへんで――



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