表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/323

五、招かれざる者 21

「花応……危ないわ……下がっていて……」

 氷室を中心に渦を巻くように冷気が吹きすさぶ。その様子に雪野が花応の前にかばうように出た。

「そっちこそ、油断しちゃダメよ。ドライアイスなんて、多分遊びで放って来たに違いないから」

 雪野の肩越しに花応は油断なく氷室を見つめる。

「どういう意味だよ。てか、よくドライアイスだって直ぐに気づいたな」

 宗次郎も心なしか花応の前にかばうように立つ。

「ふん。あんたがよく観察しないからでしょ? 二酸化炭素だなんて、注意してれば直ぐに分かることよ」

「いや、俺だけかよ。怒られるの? いやいやその前に、普通の高校生は二酸化炭素とかよく知らないし」

「二酸化炭素は、二酸化炭素よ。自分で毎日無駄に吐き出してるでしょ? いつものバカな話と一緒に、その口から。まあ、私も。ここに来るまでのタクシーの中で、あんたらの会話を携帯越しに聞いてたから、多少アタリをつけられたんだけどね」

 花応は雪野と宗次郎に語りながら、氷室にも聞こえるように声を張り上げる。

「ふふん……桐山さん……やっぱり移動はタクシーなんだ……」

 その花応の言葉に、氷室が自分のことのように自慢げに鼻を鳴らしながら呟いた。

「……」

 その表情に警戒の色もあらわにして雪野はあらためて魔法の杖を構え直す。

「ああ。大騒ぎの内容聞いてたか? 携帯つなげたままだったしな」

「まったく。情けない。何が『ヤバい系の薬品』よ。こっちで最後にジョーに聞いたら『冷たかったペリ』とか、あっさりのたまうじゃない。ヤケド。水蒸気。冷たい。ピンと来たわよ。てか、あんたペリカンより冷静さがないの? 慌てず騒がずよく観察しなさいよ」

「あのな。そりゃあのペリカンが、羽毛に覆われてるから大丈夫だったせいだろ? あれ――冷たいのにヤケド?」

「ペリ!」

 ジョーが己のことが話題に上がったせいか、ようやく花応に頭を殴れた気絶から立ち直った。ペリッと一言叫び上げるや、慌てたように周囲を見回す。ジョーは続きの物理的煙幕を作らんととしてか、泡を食ったようにそれでいて実際は煙を吐き出しながら走り出す。

「ふん、知らない。自分で考えたら」

「あのな……」

「花応……おしゃべりはそのぐらいに……」

 雪野が花応と宗次郎にチラリとだけ視線を流す。そしてその視線を直ぐに氷室に戻した。

 力を溜めているのか氷室は元の場所を一歩動かず、彼を中心にもはや吹雪と化した空気の流れが渦巻く。

「そうね。だけどもう少しだけ言わせて――氷室くん!」

 花応が自慢の吊り目をキッと氷室に向ける。

「何、桐山さん?」

 対してその瞳を受け止めた氷室の目は柔らかだ。今まさに人の常識を外れた力を使っているとは思えない穏やかな表情すら浮かべてみせる。

「雪野に――」

 花応はもう一度雪野のヤケドに視線を落とす。

「雪野にヤケドさせた力と、速水さんにヤケドにさせた力もこれね?」

 そして嫌悪感もあらわに花応は氷室をもう一度見る。

「そうだよ」

「低温によるヤケドと変わらない外傷――いわゆる凍傷ね?」

 花応は己のその嫌悪感を相手に突き立てようとしたかのごとく、鋭く目を細めるや氷室を睨みつけた。

「そうだよ! 凄いでしょ!」

「凄くなんかないわよ!」

 花応が怒りに任せて声を荒げる。

「……」

 氷室はそれでも何処か嬉しげに頬を染める。

「それ以前に、一瞬でここまでの症状を起こさせるなんて――」

 花応がぎりりと奥歯を一度噛んだ。

「……」

「ドライアイスを作り出すのが、あなたの力じゃないわね? 違う? 氷室くん」

「正解……流石桐山さん……」

 嫌悪に歪む花応の眉に、愉悦に歪む氷室の唇。それは互いに好対照の顔色の上に浮かぶ。

「花応、どういうこと?」

 雪野が油断なく周囲を見回しながら花応に訊く。雪野が確認したのはジョーの煙幕のようだ。ジョーは遠巻きに花応達の周りを回りながら、物理的煙幕を気づき終わりつつあった。

「あんたのヤケド。ぶつけられただけで凍傷負わされてるのよ? 凄く冷たい物質をぶつけられたに違いないわ。だけど氷室くんの力は、ドライアイスを作り出す力じゃない。それは本質じゃない――って言ったのよ」

「……」

 花応の言葉に氷室は更にほくそ笑む。

「何より……何もないところから、ほいほい物質を取り出されて堪るもんですか……」

「何だよ、桐山? こいつらの力はアレだろ? 〝ささやかれた〟結果の、魔法みたいなモンだろ? 空中から『ほいほい』ドライアイス取り出したって、何の不思議もないんだろ?」

「あら。河中にしては、いいところ突くわね。半分正解よ。そうよ。私の推測が正しければ、氷室くんは――」

 花応が一度大きく息を吸い込んだ。そして誰の耳にも明らかな程大きな音を立てて肺に一度溜めた息を吐き出す。

「空中から二酸化炭素を取り出したのよ」

 花応が見えるはずもない己の吐き出した息を見下ろしながら続ける。

「おいおい! 俺の言うことと何が違うんだよ? からかってんのか?」

「あんたは比喩でしょ? 私は科学的に〝空気中〟って意味で言ったのよ」

「あっ?」

 雪野が何か思い至ったように思わず声を漏らす。

「そうよ、雪野。空気の主要成分は、窒素、酸素、アルゴン。そして――二酸化炭素。氷室くんはドライアイスを作り出す力を手に入れたんじゃないわ。彼は空気中の二酸化炭素をも――」

「正解! 桐山さん、見てよ! 僕の力!」

 花応に皆まで言わせずに氷室は何かを投げつけるように右腕を背中の後ろに引いた。

「雪野! 絶対に止めて! 彼の力は――」

「――ッ!」

 雪野が花応の言葉に二人を守らんと一歩前に飛び出す。

「はは! これが僕の力!」

 氷室は構わず右腕をふるった。

 魔法の杖を目の前に構える雪野。その雪野に向かって煌めく液体状の物質が放たれる。その液体は後ろに冷気の白い湯気をたなびかせて一直線に飛んでゆく。

「炎よ!」

 雪野の言葉に杖に炎が宿る。その炎の杖に正面から冷気をまとった液体がぶつかった。

「キャッ!」

「桐山!」

 花応が思わず身を屈め、その上に宗次郎がかばうように覆い被さった。

 四方に白煙を上げながら液体が飛び散る。雪野の炎の杖で阻まれたその液体は、ぎりぎり三人の体をかすめて飛んでいく。白煙を上げて四方に分かれた液体は、そのまま重力に引かれて散りばめられるように地面に落ちていく。

「……」

 宗次郎の体の下で花応が恐る恐る目を開ける。

 まだ杖を構える雪野の前では炎に一瞬で蒸発させれた液体が、その場てもうもうたる白煙を上げていた。

 花応は地面に飛び散りなお白煙を上げる液体窒素の残骸に目を落とし、

「空気中の成分から液体窒素すら作り出す――冷気の力よ……」

 続いて誇らしげな笑みを浮かべる氷室に向かって呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ