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五、招かれざる者 20

 氷室の手から放たれた攻撃。それは雪野の魔法の杖に打ちつけるように迎え撃たれた。

 氷室の手から離れた瞬間は不可視に見えたその攻撃は、杖の金属質の部分にぶつかるや二つに割れる感触を雪野の手に伝える。

 二つに割れ軌道が両側に逸れたその攻撃は、次の瞬間には陽光を反射してキラキラと空中で分解した。

 その一部が宗次郎の胸から下に襲いかかった。

「――ッ! やばっ! 熱いって! あれ――」

 その飛沫のような攻撃の破片をまともに胸から腹部にかけて浴び、宗次郎が慌てて飛び跳ねる。

「熱くない?」

 そして宗次郎は己の身を襲った攻撃の痕を首を傾げながら見下ろす。宗次郎の服には点々と何か白い粉のような物がついていた。

「何だ、これ?」

「河中! 大丈夫?」

 雪野が杖についた同じ攻撃の痕をふるって落とす。それはやはり飛沫を上げて飛び散る。こちらも同じく宗次郎の服に付着した粉っぽい物が公園の砂利にぶちまけられた。

「ぺり!」

 その遥か後ろではジョーが物理的障壁と化す煙を噴き出しながら、遠巻きに周囲を回り走っている。

「おい! この攻撃何だ? 熱じゃないのか?」

 宗次郎は服の裾をつまみ上げて皮膚から生地を引きはがすと、直接触らずにその白い粉を見下ろす。

「違うみたいね……」

「何かの薬品? まさか……毒薬か何かでの攻撃?」

 雪野が不快感もあらわに眉をひそめると、

「ふふん……」

 氷室はその様子を鼻で笑った。

「何かツンと匂うな……おいおい……ヤケドさせられるわ……池の水は一瞬で沸騰させるわ……変な匂いはするわ……ヤバい系の薬品じゃないのか……」

 宗次郎が自らの上着に顔を近づけ匂いを嗅いだ。宗次郎はそのまま思わずか己の鼻を押さえる。直ぐに上げた顔からまたもや冷や汗が落ちた。

「河中! 危ないわ! やっぱり下がってて!」

「バカ野郎! 余計に一人にしておけるかよ! たくっ! 何だよこれ? 服とか溶けてないし、ふったら落ちるし――」

 宗次郎は摘んだ服の裾を内から外に打ち出すようにしてその白い粉を払い落とした。

「てか、落ちる端から消えてくな……雪が溶けるみたいに……でも、何だ? 一切溶けた跡が残んないぞ……あれ? 本当にただの氷か? でも、地面も服も濡れてないし……」

 宗次郎は服に僅かに残ったその白い粉をつまみ上げた。

「ちょっと! 何直接触ってんのよ!」

 その様子に雪野が目尻を吊り上げて振り向いた。

「えっ? だって、何か粉雪みたいなんだが……」

「はぁ? 何言ってんのよ、河中。ただの氷で、何で池から水蒸気が上がるのよ」

「それはよ……」

 宗次郎は答えを求めてか己の足下にこぼれる粉雪めいた物質と、不敵な笑みで二人のやり取りを見つめる氷室の顔を交互に見やる。

「よしんば氷だとしても、何か薬品でも混ざってらどうするの? こっちはヤケドさせれてんのよ!」

「グ……よく分からん。やっぱ、こういうのは――」

「『こういうのは』――あの娘の出番? 冗談。来る前に片付けるわよ。あの娘は何だかんだで、普通の女の子なんだから」

「でもよ……こういうヤバい系の薬品は、あいつの――」

「『ヤバい』ってこれのこと?」

 氷室がせせら笑うようにアゴを上げて右手をもう一度ふるった。

「おわ!」

「この!」

 氷室の攻撃はわざとか宗次郎と雪野の足下を狙って放たれた。二人の足下で大量の粉雪めいた粉末がぶちまけられる。宗次郎は雪野はその攻撃を避けんとその場で飛び跳ねた。

「きゃっ! 冷た!」

 それでも飛び散る飛沫を浴びて雪野が思わず小さな悲鳴を上げる。

「ほらな! やっぱりただの雪だって!」

「じゃあ、この鼻にツンと来る匂いと、私のヤケドはどう説明するのよ!」

「それは――」

 宗次郎が何か言いかけて途中で言葉を呑み込んだ。どうやら思いつきでも説明できるようなことは頭に浮かび上がらなかったようだ。

「それは――何も大騒ぎするような物じゃないわ」

 代わって答えたのは、

「粉雪めいていて、ツンと鼻に来る刺激臭を時にもたらす物質。扱いを間違えればヤケドもする。派手に水蒸気も上がったって言ってたわね……」

 怒ったように腕組みをしながら雪野の隣に現れた花応だった。

「桐山!」

「花応!」

 宗次郎と雪野が同時に振り返る。

「そうよ。桐山で、花応よ。ああ、私が来る前に物理的煙幕張ろうとしてたパカは、少し話聞いてから拳骨食らわせておいたから」

 花応は顔も不機嫌げに唇を歪め宗次郎と雪野に振り返った。振り返った更に先には煙を吐きながら地面に突っ伏しているジョーの姿があった。

「桐山さん……」

 その花応に氷室の頬が熱を帯びたように頬を赤く染めて視線を送る。

「……」

 花応はその視線に気づいたのか無言で振り向くや氷室の視線を睨み返した。

 花応はそのまま怒りもあらわに一歩踏み出すと、雪野と宗次郎の足下に散らばった粉雪めいた粉末を無造作に踏みつける。

「花応……迂闊に触れたら……」

「別に……靴越しだから気にしないわ……多少なら手で触っても大丈夫よ……どうせちょっとの摩擦熱で、直ぐに気化するはずだもの……こいつは常温では気体だし……それに固体から、直ぐに液体を通り越して気体になる性質があるから……」

 花応は地面に捩り込むようにその粉末を踏みしめる。

「……」

 その様子を氷室は無言で見守る。

 そんな氷室に花応は答えを示しさんとしてか、

「ねえ、氷室くん。だってこれはただの二酸化炭素――ドライアイスだものね」

 そっと己の靴を上げてその下の何もない地面をあらわにする。

「……」

「ドライアイスは固体から一気に気体へと昇華する。証拠は残ってないけど、証拠が残ってないのが一つの証拠ね。この粉雪状の物質は二酸化炭素が低温で固体になったもの。違う?」

 やはり答えない氷室を余所に花応は身をかがませるや、踏み損なってその場に残った粉雪めいた物質を拾い上げる。

「何? 花応? どういうこと?」

「何だよ、桐山! ドライアイスってアレか? ケーキとか保存するヤツか? これってそんなものなのか?」

 特に恐れも見せずに物質を手の中で溶かしてみせた花応に、雪野と宗次郎が慌てたように顔を寄せた。

「流石桐山さん! そこの二人とは違うね! やっぱ凄いや! 僕の力を一瞬で言い当てるなんて!」

 氷室が不意に手を叩かんばかりに一つ身を踊らせ、喜色に頬を染めながらようやく口を開いた。

「ふん……わざとらしい……ドライアイスなんて、あなたの力のほんの序の口――」

「ん?」

「本来の力の応用の――初歩の初歩なんでしょ?」

「さあ。どうかな」

 花応の問いかけに氷室はいたずらの見つかった子どものような笑みを向ける。

「……」

 花応は氷室のその答えに不愉快げに目を細めた。

「花応。相手の力が分かったなら、後は私が――」

「雪野、油断しちゃダメ……多分ドライアイスはほんの小手調べ――」

「えっ?」

「そうよ。あいつはもっと力を持ってるはずよ……」

 花応がそう呟きながら雪野の赤くなった左手に嫌悪感もあらわに視線を落とすと、

「ふふん……」

 こちらは褒められた子どものように無邪気ともとれる笑みを浮かべて氷室は鼻を鳴らす。

 その氷室を中心に空気が渦を巻き、

「嬉しい……桐山さんが僕のこと褒めてくれた……」

 吹雪のような冷気が花応達に吹きすさび始めた。

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