五、招かれざる者 19
「あなたの相手は……いいえ、敵は――私よ」
昼下がりの市民が集う緑豊かな公園。人びとが和やかに行き交うその憩いの場で、雪野は視線も鋭く投げかけてじりっと一歩前に出る。
「千早!」
「雪野様!」
その様子に宗次郎が立ち上がり、ジョーにいたっては飛び上がった。
「遅くなってごめんなさい」
雪野は家には帰り着かなかったらしい。先に宗次郎と別れた装いのままだった。左手の袖から覗いた柔肌が赤く変色している。
雪野はその左手で魔法の杖を前に突き出した。陽光の下で更に頼りない光がその尖端についた宝石の中に煌めく。杖全体がその光に呼応するかのように、キンと静かに金属質でありながらそれでいてメロディめいた音を奏でた。
「さっきの電話……あの娘にじゃなかったんだ……」
「ん?」
雪野を目の前にしての氷室の第一声に宗次郎が目をしばたたかせる。
「何だ……ちょっと残念……」
「何?」
独り言を続ける氷室の様子に、雪野が軽く後ろの宗次郎に振り返る。
「『何』――って……俺を狙った理由……まあ、ちょっと勘違いしてるみたいだけどよ……」
宗次郎は身を乗り出し雪野の耳元に小声で告げる。
その足下では隠れるようにジョーが身を縮こまらせながら近寄ってくる。
「ふぅん……そうなの――じゃあ、あの娘が来る前に……片付けた方がいいわよね……」
「勿論……」
「分かったわ――氷室くん! あなたのその力! 持っていていいものじゃないわ!」
雪野はあらためて魔法の杖を氷室に突き出した。
「千早さん……僕の敵に回るの?」
魔法の杖を更に力強く突きつけられた氷室はおもむろに口を開く。三対一になっても物怖じした様子は見受けられない。むしろ開いた口は自信の現れか片頬だけ吊り上がり少々挑発的に歪んでいた。
中天からやや傾いた陽の下で氷室は全身防寒具で涼しげな顔もさらしている。
「大人しくしていてくれたら、簡単にその力をなくしてあげられるんだけど?」
「大人しくしていなかったら?」
「残念だけど、少し痛めに遭ってもらうわ。動けなくなったところで、私がやっぱりその力をなくしてあげる」
「ふん! 随分と余裕だよね! そんなことができると思ってるんだ!」
「できなくっても、やるわよ。力に溺れた人間を、放って置く訳にはいかないもの」
「『力に溺れた』だって? 自分は力をなくしてるくせに! ちゃんとそのことも〝ささやかれてる〟よ!」
「――ッ!」
雪野が氷室の最後の言葉に不快げに眉間を寄せた。
「力をもらった時に、好きにこの力を使えってささやかれたよ! この不公平な世の中にね! 聞けば生まれながらにして、特別な力を持ってる人が居るって言うじゃないか! 魔法少女みたいに、何でも好きにできる力をね! 自分だけ、ずるいよ!」
「おいおい。だから、千早はその力をなくしてるんだって。自分で言ってて矛盾してるぜ。何嫉妬してんだよ?」
「うるさい! 河中にだって分かるだろ! 僕らみたいなのは全く無力じゃないか! 少しでも不公平だよ! 僕だって、力があったらやりたいことは沢山あるんだ!」
「あのな――」
「河中……あんまり挑発しないで……」
「でもよ……
「それで人にはお説教! 自分は力が使えるのに、人には使うなって? 優等生は流石言うことが違うよね!」
「私は別に優等生でも何でもないわ」
「はん! どうだか? いいよ! 確かに最初は千早さんをやるつもりだったから! 相手して上げてもいいよ! この僕に勝てるつもりならね!」
氷室は己の言葉に酔っていくようだ。その視線は一点は定まらずわなわなと震えている。
「ジョー……煙幕張りなさい……」
その相手の目を見て雪野はジョーに告げる。
「ペリ? まだ花応殿が、来てないペリよ?」
雪野の足にしがみつくようにしていたジョー。その長い首を生かしてなるべく体だけ後ろに残して雪野を見上げる。
「巻き込んじゃダメでしょ? 河中。あんたも外に出てて」
「おいおい。女子一人戦いの場に残せってか? ゴメンだね! それに俺は知りたがりやなんだよ。報道記者よろしく、真実を見せてもらわないとな」
宗次郎はそう応えると雪野の横にいつでも行動が起こせるように足を開いて並ぶ。
「ふん。怪我しても知らないわよ」
「言ってろ!」
「ジョー! 煙幕! 大きめに張って!」
「ペリ!」
ジョーが雪野合図とともにその足下を離れた。水かきのついた短い足で先ずは後ろに向かっていくと、その大きな嘴を開いて煙を吐き出した。
「何の真似?」
「煙幕よ。他の人を巻き込まないように、物理的な煙幕を張るのよ」
「ふぅん。別にいいじゃないか。他の人にも見てもらおうよ! 僕の力を!」
氷室が不意に右手を内から外にふるい、
「それが――力に溺れた者のセリフよ!」
その手から放たれた攻撃を雪野は魔法の杖で迎え撃った。