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五、招かれざる者 17

「氷室!」

 宗次郎はバネでもついていたかのようにその身をはね上げた。

 全身防寒具尽くめの氷室零士に対して、薄着でも暑さと冷や汗で濡れる額をさらす宗次郎。髪から飛沫を散らすと宗次郎は氷室に向き直りながら飛び起きた。樹木の植えられた生け垣の中で宗次郎はそのまま一歩後ろに飛び退く。

「今の電話――誰? あの娘?」

 氷室は距離を取った宗次郎に慌てる様子も見せずに口を開く。

「……」

 宗次郎は答えない。

 二人は腰程の高さのある生け垣を挟んで対峙していた。

 公園の遊歩道で構える氷室。生け垣の向こうで芝生の木陰に立つ宗次郎。

 陽光はまだ天高くあり、二人の上に容赦なくその熱気を届けている。だがその表情はまるで正反対だった。防寒具を全身に被った氷室はその直射日光にかかわらず涼しげな顔を見せつけ、木陰の隙間から僅かに陽光に照らされる宗次郎の額から汗が滴り落ちた。

「答えなよ!」

 氷室がじれたように拳を握る。腕全体を突っ張らせ、限界に挑むかのように指が中に折り込まれた。

「はん! 答える義務なんてねえよ!」

 宗次郎も拳を握る。こちらは己を奮い立たせる為のようだ。殴り掛かる寸前のように対照的にヒジを曲げ、拳に指を折り込む。無意識に入ってしまう力は逃げ場がないのか、ふるふると腕全体を細かく震わせていた。

「ああ!」

「これは、俺のプライベートな電話でね!」

「ムカつく! 何処までも自慢して!」

「ああ? 何が自慢だよ? クラスの女子と話すくらい普通だね!」

「――ッ!」

「誰かさんと違って、俺は女子に相手にしてもらえんだよ! 俺はモテるからな!」

「この……何処までも……」

 氷室が悔しげに下唇を噛む。怒りに自制が利かないのか、その下唇に血すらにじんだ。

「なあ、氷室――おかしいとは思わないのか?」

 その様子に宗次郎がおもむろに口を開く。

「何がだよ?」

「何で俺が女子と話してたくらいで、お前は何でそんなにいらついてんだ?」

「?」

「そもそも俺がモテるなんてウソだって分かるだろ? 本気で悔しがることじゃない。本当なら笑い飛ばすところだ。何でお前はそこまで感情的になって、マジでいらついてんだよ?」

「それは、君がこれ見よがしに僕の前であの娘と……」

「『僕』に戻ったな。そっちが似合ってるぜ」

「な……」

「まあ、それはいいか。なあ、俺があいつと話してたからって、そんなに怒り狂うことか?」

「……」

 氷室は答えない。

「そんな力に頼ることか?」

「……」

 氷室はやはり答えない。

「千早が言ってたよ。力を持った人間は嫉妬心や猜疑心の塊になるってな。キレイゴトは言わねえよ。それは人間が普通に持ってるモノだ。力を〝ささやかれた〟から特別芽生える感情とは思わない。だがよ、いくら何でも攻撃的すぎないか? 俺はやっぱりささやかれたある先輩と戦ったし、今まさにお前に襲われてる。こんなことをしでかすのは、本当にお前の本心なのか?」

「うるさい……力を手に入れたんだ。僕の力だ。使って何が悪い?」

「悪いに決まって――」

 相手を説得しようとしたのか宗次郎が半歩前に身を乗り出すと、

「うるさい! うるさい! うるさい!」

 氷室は感情の高ぶりのままに顔を左右にむちゃくちゃに振りながら叫び出した。

「氷室……」

「む・か・つ・く! 僕に向かって説教? 自分の方が上って訳? はん! 何処までもバカにして! 本気で人を好きになったこともないくせに!」

 氷室は憎悪に見開いた目を宗次郎に向ける。開き切った目はそれでいながらその憎悪の向き先である宗次郎に焦点を当ててとらえているように見えない。怒りに視点定まらない。そんな様子で氷室は目を向き震える瞳孔を方向だけは宗次郎に向ける。

「なっ……いきなり何言ってんだ、お前?」

「うるさい……何言われようと構うもんか……クラスで目立たない僕……ああ、知ってるよ。目立ちたくなかったんだ。人とかかわるのが怖かったから。縮こまって目立たないようにしてたんだ……」

「氷室……」

「実際うまくいってたよ。それだけ僕がクラスに必要のない人間だってことだって分かったけどね。君みたいにクラスに話題を振りまけないし、千早さんみたいにクラスのリーダ的な行動もとれない。速水さんのように見てるだけで楽しいって訳でもないよ。天草さんですらクラスの鬱憤のはけ口になってたってのに……」

「最後のは違うだろ?」

 宗次郎はむっと眉間に皺を寄せる。

「うるさい! だからあの娘は僕の憧れだったんだ! 僕と同じくクラスで孤立していながら、それでいて自分から人を引き付けないオーラがあったあの娘が!」

「『オーラ』って……単に不機嫌面してただけだぜ。あいつはよ」

「その分かったような口! それがムカつくんだ!」

「お前は何か勘違いしてるよ。あいつだってただのバカだぜ。勝手に自分の中で、あいつの凄いところを想像してるだけじゃないのか?」

「うるさい! 僕だってあの娘ことを少しは知ってる! この間やっと話したんだ! 二人で買物したんだ! その買物が――君達と遊ぶ為の準備だと知った僕の気持ちが分かる?」

「分かんねえよ……」

「昨日もせっかく二人で下校できると思ったのに、いそいそと君達の為に帰って……」

「そうだな……」

 宗次郎はすっと目を細めて怒りに紅潮する氷室の顔を見つめた。その細められた目の奥で、瞳が僅かに上を向く。

「一つ、お前が知らないことを教えてやるよ。あいつのな」

 上を向いた視線を直ぐに前に戻し宗次郎がゆっくりと口を開く。

「あん?」

「あいつのな……飼ってるペリカン――」

 宗次郎はやはりゆっくりと話す。まるで何かタイミングを見計らっているかのうようだ。

「知ってるよ! ジョーって言うんだろ?」

「そう。そのジョー。あいつな。水鳥にしてはいいヤツなんだけど――」

 宗次郎が不意に身を横に交わすようにそらした。

「?」

「バカなんだ」

 そして宗次郎が呆れたようにそう告げると、

「ぺり!」

 空を滑り落ちて来たジョーが氷室の後頭部に嘴からぶつかってきた。

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