五、招かれざる者 16
「今だ!」
宗次郎は破裂缶ジュースを視界の端にとらえると、身を翻し脱兎のごとく駆け出した。公園の敷き詰められた砂利がその勢いで後ろに跳ねとんだ。
「あっ?」
「まともに戦う気はねえよ!」
驚きの声を上げた氷室を背中に宗次郎は一目散に走り出す。そしてそのポケットから携帯電話を取り出した。
「情けないがここは、魔法少女様にお願いだな……」
公園の向こうに駆け出しながら宗次郎は携帯に指を走らせた。
「電話帳! クラス女子! これ!」
宗次郎は駆けながらも携帯を操作すると『クラス女子』とフォルダ分けされた連絡先を呼び出した。そのフォルダの中の二件しかない連絡先の一件に、宗次郎の指が伸ばされる。
「――ッ!」
だがその駆ける足先に何か硬い物がぶつかった。
「イテ! 石か? この……」
痛むつま先を上げてさすりながら、宗次郎は片足で飛び上がりながら軽く後ろを振り返る。しかし既に背後に流れてく原因を確認する間もなく、携帯の向こうから音声が再生された。宗次郎は片足で飛び上がり、ぶつけた方のつま先をさすりながら器用に耳元に挟んだ携帯に捲し立てた。
「おう! 俺だ! やべえ! さっきのヤツ戻ってきやがった!」
宗次郎は公園の半ばまで来ると、そこに植えられていた生け垣に身を隠すように飛び込んだ。
「……」
だが向こうからの返事はない。確かに繋がっている雑音だけが耳に入るが誰も宗次郎に応えない。
「おい、聞いてんのか? さっきの公園で、敵に襲われてるって言ってんだよ!」
「『さっきの公園』って何よ?」
「――ッ! アレ? 桐山!」
宗次郎は耳元再生された声に素っ頓狂な声を上げる。飛び込んだ茂みにお尻を着きながら、驚きに派手に眉毛を持ち上げた。その驚きに固まった表情のままで見えもしない花応と、追ってくるこちらも今は見えない敵の姿を交互見ようとしたのか、宗次郎は茂みの向こうと携帯に交互に顔を向けた。
「『桐山』じゃないでしょ! 桐山よ! あんたがかけてきたんでしょ?」
「そうか……つまずいた拍子に、押し間違ったか……」
宗次郎は苦々しく顔を歪める。
「何? 間違い電話なの? てか――『敵に襲われてる』って何よ? ああ! 敵に襲われて雪野にかけようとしてたのね! ちょっと大丈夫なの?」
「何でもない! 忘れてくれ!」
「はぁ?」
「てか、お前……今回はやけに電話取るの早かったな……流石に学習したか? 電話の取り方……」
宗次郎は口元を携帯ごと手で覆って小声で話し出す。そのまま背後を振り返り、生け垣の茂み越しに向こうを窺う。そこに氷室の姿はなかった。
「うるさいわね! 何回も立て続けに電話がかかって来たから、ジョーが気を聞かして取ったのよ! もう! 何かあったんでしょ?」
「いや、気にすんな」
「気になるわよ。さっきの公園――って、雪野なら分かるのね?」
「あ、いや……」
「雪野と何話してたんだか……」
「いや、別に話って程じゃ……」
敵に悟られまいとする意図的な小声から、何やら口ごもるような不自然な口調に無意識で変わる宗次郎。やはり後ろめたいところを見られたかのように、落ち着くなく背後の茂みの向こうをもう一度窺う。
「何を言い分けしてんのよ? いいわ――ジョー! 雪野に電話! あのバカがピンチだって伝えて!」
「ああ、それは俺が自分で電話を……」
「るっさい! 場所が分かったら、ジョーも文字通り飛んでいかせるから! あんたはあんたで、今の状況を教えなさいよ!」
「ああ……そうか……まあ、ありがとな……」
「ふん! どうせまた、非科学な敵が現れたんでしょ?」
「非科学ってか、まあ。派手に水蒸気が上がってたかな?」
宗次郎は背後を探るために何度も茂みを覗く角度を変えながら答える。
「それで。その他は?」
「速水が言ってたみたいに、千早が軽くヤケドを負わされたかな?」
「もう! 何よそんな大事なこと! 先に言いなさいよ! あっ、ジョー! 雪野に繋がった? ちょっと待ってなさい! ちょっと、雪野!」
そう告げると花応の声が電話口の向こうに遠くなる。一度宗次郎向けの電話から顔を離し、ジョーの携帯に耳を寄せたようだ。
「あんたまで、何をゴニョゴニョ言い訳してんのよ! 二人で会ってたからって、何なのよ! ジョー! 公園の場所分かるわね? 先に行きなさい!」
やや遠く響いていた花応の音声の最後に水鳥の羽ばたく音が重なった。
「いい? 雪野もジョーもそっちに向かってるから! あんたは大人しくしてるのよ! 電話は切っちゃダメよ! 私はタクシーで行くから!」
「お前まで来んのかよ!」
「……」
花応は応えない。
「おい! お前はいいって! 桐山!」
「……」
やはり花応は応えない。その音声は擦れの音に取って代わられていた。
「ポケットにでも放り込みやがったな……やれやれ……結局、全員集合か……」
宗次郎がその音を耳にするや肩から力を抜いてうつむくと、
「楽しそうだね――」
その頭上に影と声が同時に落とされた。
「――ッ!」
勿論その影の主は、
「これ見よがしに、電話なんかして!」
憎悪に顔を歪め宗次郎を見下ろす氷室零士だった。