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五、招かれざる者 14

「……」

「電話? 何だったペリか?」

 電話を切った花応は無言でジョーの下に戻って来た。

「別に……あんたには関係ないわ……」

 花応のマンションのダイニング。実験器具がところ狭しと並べれたテーブルの脇に、花応はお尻をぺたんと着いて座った。そしてジョーにぶっきらぼうに答えながらしばしうつむく。

「ペリ……」

「さあ、ジョー! 再開再開! 明日の準備を続けるわよ!」

 花応は自ら気を取り直そうとしてか、わざとらしく大きく声を上げると座ってまま手を横に伸ばした。その手が掴んだのはビール樽程の大きさのガスボンベだった。ボンベには風船のイラストが描かれていた。風船用の業務用のガスボンベのようだ。

「今から風船を、膨らませるペリか?」

「そうよ。こういうのは二三日保つの。そういうのから先にしとかないと、当日は他にすることあるでしょ?」

 花応は風船のイラストに負けず劣らず満足げに膨らませた鼻で答える。少々わざとらしい膨らませ方だが、機嫌は直ぐに戻ったようだ。

 ダイニングの床に直に座ったのまま花応は風船に管を差し込んだ。その管の繋がる先は手元に寄せた小さなボンベ。風船自体もゴム風船の類いではなく業務用だ。イベントなどで配られるような、アルミ地の円盤形の風船だった。よく見ると『桐山メディカル』の文字が印字されている。

「イベントなんかの業務用だから。特に栓をしなくってもいいの。らくちんらくちん」

 花応の手元で膨らんだ風船から手を離した。特に空気穴を結ぶこともなく花応の手を放たれたそれは、中の気体を漏らすこともなく浮いて行く。

「結ばなくていいペリか?」

 ジョーは目の前で浮いて行く風船を寄り目に見つめながら嘴を開いた。

「そうよ。差し込み口自身に、中のガスが逆流しないような仕掛けをしているのよ」

「ペリ。浮いて行くペリね。不思議ペリ」

「ふふん。何の不思議もないわ。空気より軽い気体を入れてるだけよ。科学よ」

 フワッと浮き上がった風船は、天井に直ぐに邪魔をされてそこに留まる。その風船の空気穴から伸びるように、粗い紐が床までぶら下がっていた。重しを兼ねた持ち手用の厚紙がそこには結びつけられている。

「空気より軽いペリか?」

「そうよ。ヘリウムが入ってるのよ」

 花応は目の前に垂れる紐を二度三度と引っぱりながら答えた。

「ペリウムペリか?」

「ヘ・リ・ウ・ムよ。ヘリウム。何よ、その謎物質? 元素記号He。原子番号は2。無色無臭の気体で、あのバカが好きなキセノンと同じ希ガス元素の一つ。あらゆる気体の中で、一番液化しにくいわ。ありふれた物質だけど、原子番号『2』ってところに注目ね。原子番号はその原子の原子核が持つ陽子の個数を意味するわ。つまり陽子二個を持った原子って訳。宇宙ができた時に先ずできたのが、水素とヘリウムなのよ。水素は原子番号1。つまり陽子一個。宇宙ができて陽子と電子のプラズマの晴れ上がり後、初めてできた原子が水素だと考えられているわ。当たり前って言えば当たり前かな。陽子一個と電子一個で先ず水素なんだから。で、その次が陽子二個を持つヘリウムって訳。一足す一は二。コレも当たり前。で、世界には水素とヘリウムは、宇宙の最初にできて今もなお、宇宙に豊富にあるって訳」

 花応はくるくると持ち手用の厚紙に紐をたぐり寄せて巻き付けながら一人で話す。

「ぺ……ペリ……」

「何よ? 分かんないって顔ね?」

「分からないペリよ」

「もう。張り合いないわね。いい? 水素とヘリウムはありふれている物質だわ。だけどそれは宇宙創世のプロセスから考えれば当たり前。むしろ必然。つまり私達は宇宙の一部って訳。そうよ。ありふれた物質からも、私達は宇宙のロマンを感じるべきなのよ」

「ぺり……」

「で、今はその宇宙のロマンが私達にもたらしてくれたヘリウムの恩恵を受けようって訳。ヘリウムはありふれている。宇宙に沢山ある。幸いにも地球にもたくさんある――つまり安価に手に入るって訳。まあ、比較的にね。で空気より軽いから、こういう風船によく利用されるわ。それと、もう一つの利用方法がコレ――」

 花応は床から立ち上がると、テーブルの上から手持ち用のガススプレー缶を取った。

「ジョー。口開けなさい」

「嘴ペリよ」

「うっさい。嘴答えすんな。どっちでもいいから。コレを吸いなさい」

 花応の『吸いなさい』の言葉通りに、そのスプレーの先には口で吸い易いようなストロー状になっていた。

「怪しい実験ペリね」

 ジョーは渋々とスプレー缶を受け取り、それを嘴に持っていた。

「ふふん。普通のパーティの余興よ」

「そうペリか? 確かに市販品ペリね。でも、吸いにくいペリよ」

 ストローの先を嘴の中に持っていったジョー。だが硬い嘴では完全に閉じることができずに、噴出させたガスが喉に届く前にその嘴の脇から漏れていく。

「もう! いちいちうっといわね!」

 そんなジョーからスプレー缶を奪い取り、花応はじれたようにその喉の奥へ己の腕を突っ込んだ。

「モガ! ペリ! くるしい……ペリ……殺されるペリ……」

「いいから! 我慢なさい! ヘリウムガスの特性を生かして、喉の奥の空気の音速を変えるの! ちょっと変な声が出て、あんたはパーティの主役にしてくれるわよ!」

「しゅ! 主役ペリか!」

「そうよ!」

「ジョーが主役ペリか?」

「そうよ!」

「頑張るペリ!」

 ジョーが胸の限りを膨らませて花応が噴出するガスを吸い込んだ。

「ふふん、もういい頃ね! さあ、ジョー! 思い切り声を出してみなさい!」

「……」

 ジョーが目を輝かせながら胸を思い切り張った。

「出すのよ! そして、皆のヒーローになるのよ! その――」

「……」

 ジョーが花応に指まで指されて限界まで膨らませた胸から一気に空気を解放しようとする。

「アヒル声で!」

 花応がそう断言すると、

「ジョーはアヒルじゃないペリよ!」

 ジョーがペリカン然とした嘴の袋を怒りに震わせて甲高いアヒルが鳴くような声で抗議した。

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