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五、招かれざる者 12

「切れた?」

 実験器具がこれでもかと並べられたダイニングのテーブル。その横に立ち花応は不機嫌に頬を膨らませるや、ジョーに右手を突き出した。

「切れたペリ。でもこれぐらい自分でできないと、先が思いやられるペリよ」

 その花応の包帯の巻かれた右手に携帯を乗せながら、ジョーが呆れたように嘴を開く。

「余計なお世話――また、かかってきたわ。たく……ジョー、取りなさい」

 花応の手に乗った携帯が新たな着信を告げる。その明滅するモニタに軽く一瞥をくれると、花応はもう一度ジョーに右手わ突き出した。

「ペリ」

 ジョーは一度花応の手に乗せかけた携帯をもう一度掴むと、器用にモニタの一角をその水鳥としか思えない羽先で操作した。

「何よ! 何度も電話してきて! そんなに私の声が聞きたいっての?」

「珍しく直ぐに出たと思ったら――」

「――ッ!」

 ジョーからひったくるように携帯を取り上げた花応。直ぐさま通話口に向かって捲し立てるが、耳元で再生され声にその自慢の吊り目を大きく見開いた。

「何を言っとるんだ? ウチの自慢の孫娘は?」

「おおお、お爺様!」

 花応の声がひっくり返る。ぎょっと見開いた目をそのままにして、ぎこちない動きで隣のジョーに振り返った。

「?」

 花応と目が合ったジョーは不思議そうに首を捻る。

「ああ。昔みたいにじいじと呼ばれるのが好きな祖父だ。お前の自慢のお爺様だ」

「どうしました? 急に電話なんか」

「ぺり」

 と一言呟きながら聞き耳を立てるように顔を近づけてくるジョー。一言もしゃべらすまいとしか、花応が慌ててその嘴をむんずと掴んだ。

「もが……むが……」

「ん? 誰かいるのか?」

「いえ! 誰もいません! ちょっとテレビがうるさいだけです!」

 花応は携帯の通話口を手で覆うように隠し、ジョーの脇腹を足の裏で押し退けた。

「そうか?」

「そうです。で、どうしたんですか? 急に」

 花応の足の裏に押し退けられたジョーが抗議に首を振る。だが一応花応の意図は察したらしい。ジョーはいかにも本当は声を大にして訴えたいと言わんばかりに、嘴を打ち鳴らす寸前で止めながらぱくぱくと口を開いた。

「孫娘に電話したらいかんのか?」

「いえ……」

 しっしっと手を上下に振り身振りでもジョーを追い払いながら花応は身を屈めて電話に答える。

「そっちこそどうしたんだ? 急に会社に色々と送らせたそうじゃないか? それで少し気になってな」

「それは……」

 花応はチラリとテーブルを見る。その上には普通のダイニングのテーブルには全くもって似つかわしくない薬品類が並べられていた。

 そのどれもに『桐山』の文字が踊る。

「まあ、今となっては。会社の株式は、ほとんどお前の物。とっとと生前分与で引退したじじいには、口出しする権利もないがな」

「いえ、大したことじゃなくって。その――」

 花応はそこで大きく息を呑み込む。次に口にする言葉をなるべくうまく発音する為にか、大きく肺と心の準備をするかのように息を吸い込む。

「友達を……友達を、家に呼ぼうと思って……」

 実際花応はうまく言葉にすることができなった。一際早口になりながらその単語を口にし、実際うまく発音できなかったが故に繰り返した。

「『友達』?」

 相手もその言葉に驚いたようだ。息を呑む音とともに花応の言葉をおうむ返しに返してきた。

「はい。友達が日曜に遊びにくるんで、その――余興に……」

「なるほど。Dのグルタミン酸なんか、何に使うのかと思っていたが。そうか……友達か……」

「ええ。友達です……」

「……」

 二人は電話口で互いに沈黙する。

「エネンチオマーなら、あれだ。リモネンとかの方が、身近で興味を持ってもらえるんじゃないか?」

 電話口の向こうの祖父が思い出したように早口で捲し立てた。本題が他にあり、そのことに触れることをまるで避けたかのようだ。

「ええ。そっちも用意してます……」

「そうか……」

「ええ……」

「……」

 そして二人はもう一度沈黙する。

「友達が――できたんだな?」

 沈黙を破ったのは電話の向こう側。

「友達の一人ぐらい居ます。あれ? 二人――」

 花応がクスッと笑いながら電話の向こうに答える。

 そして花応は電話口で首を捻る。捻った首の視線の先にあったのは、することをなくしてソファーに腰を降ろしたジョーの姿。

「三人かな?」

「?」

 不思議そうにこちらを向いたジョーに花応は慌てて背中を向けた。

「そうか。まあ、たまには電話をくれ。その――両親にもな」

「……」

 相手の最後の言葉に花応はギュッと携帯を握り締めた。同時に大きく喉を上下させ沈黙する。それは出すまいとしたのか、出そうとして出なかったのか。自身にも分からないであろう無意識の動きに邪魔されて、花応は沈黙で電話の向こうの祖父と沈黙で向かい合ってしまう。

「花応」

 祖父に優しく名前を呼ばれて、

「はい……」

 花応は急に乾いてしまった喉でようやく絞り出すように応えた。

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