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一、科学の娘9

 ななな……何でこんなことに――

 桐山花応は困惑していた。

 それは今朝人語を話す水鳥に遭遇した時よりも、敵と呼ばれるものに襲われた時よりも身を固くさせる困惑だ。

 自分が何故こんなことをしているのか分からないのだ。

 花応の左の肩には力の抜けた少女の体が預けられていた。

 少女はジャージを着ていた。

「大丈夫? 天草さん?」

 花応の反対側――やはり己の右の肩を少女に貸して、千早が心配げに話しかける。

 廊下だ。一階なのだろう。窓の外にフェンスが見える。

 花応と千早は、二人で気を失った天草に肩を貸していた。

「もう少しで、保健室だから。桐山さんも大丈夫よね?」

「えっ? ええ……」

 花応は驚き、小声で答える。

 大丈夫じゃないわよ――

 そして心拍数を一人ではね上げ、本音をのどの奥に押しとどめる。

 何でこの子は……私に手伝ってなんて言ってきたのよ――

 そう、桐山花応はまったくもってらしくないことをしていた。

 つい先程まで名前も知らなかったクラスメート。そのクラスメートと力を合わせて、やはりこちらも名前も知らなかった女子生徒を保健室に運んでいるのだ。

「……何で、私が……」

 花応は思わずそう声が漏れてしまう。

「えっ? 何? 桐山さん」

「ななな、何でもないわ!」

 千早に独り言を反応され、花応は慌てて答える。その間天草は身じろぎ一つしない。

「そう? しっかりね、天草さん」

 気を失った女子生徒に親身に声をかける千早。ずっと身を固くして押し黙っている花応。

「もう少しだからね」

「……」

 それは――対照的な二人だった。



「ありがとうね、桐山さん」

 保健室。千早が天草をベッドに横たえさせながら振りかえる。

「別に……」

 花応はそこまでは手伝わなかった。保健室まで一緒に運んだ天草を、千早に任せっきりにするとベッドの脇で視線をそらすように立っていた。

 花応が反らせた目は、自然と棚に収められた医薬品類に向いていたようだ。

 希ヨードチンキ……ヨウ素で傷口を殺菌・消毒するやつね……保健室の薬ってたまに古くさいのよね……

 見るとはなしに目にとまった黒紫の液体をたたえた薬剤のビン。花応の意識は気を失った同級生を避けるかのように、己の興味の範囲に逃げ込んでいく。

 ま、ウチの系列のだけど――

 その薬剤のラベルに貼られていた『桐山メディカル』の文字。遠目故に全てを判読できた訳ではないが、それは花応に取っては見慣れた文字だったようだ。

「じゃ――」

 じゃあ、これで――

 花応がやっと薬品から意識を現実に戻し、そう口にしてその場を立ち去ろうとすると、

「よいしょっと。保健室の先生いないね。まあ、寝かせておけば大丈夫だと思うけど。ね、桐山さん」

 千早がベッドの脇に座り直し、その花応にかぶせるように話しかけてくる。

「えっ?」

 花応は話の内容よりも、話しかけられたこと自体に当惑したようだ。反射的にそのつり目がちな目を見開いて千早に振り返る。

「何、驚いているの?」

 その様子にくすりと笑い、千早がそのまま微笑みを返した。

「何って。その、急に話しかけられたから……」

 花応は視線をそらしながら答える。

「『急に』って? おかしなこと言うわね。私達今まで一緒に天草さんを運んできたじゃない?」

「それは、そうだけど……」

「このまま、授業さぼっても大丈夫だよね。てか、桐山さんも座れば?」

「へっ?」

「『へっ』って何よ? 桐山さんは授業好きなの?」

「えっ? 別に……ただ、その、ち、ちは――あ、あなたは真面目な子だと思って――たから」

 花応は今度は視線を泳がせながら答える。勧められたイスや、出ようと思ったドア。先程目に止まった薬品。なるべく正視していなかった、目の前の二人のクラスメート。方々に目をやってしまう。

 だが特に視線が定まらなかったのは、千早さんと名前を呼びかけて止めてしまった時だった。

 何で、私この人とこんなに話してるんだろ――

 そして内心そうも思う。

「そうね。私は割に真面目な方かな。でも、授業はできればさぼりたいって思うぐらいは、普通かな。桐山さんは?」

「へっ? 私?」

「そうよ。てか、さっきから『へっ』とか『えっ』とか多くない? そんなに私の質問は突拍子ない?」

「ち、違うわ……その……」

「ひょっとして話しかけられるのが苦手? 桐山さんいつも一人だもんね」

「……別に、いつも一人って訳じゃないし……」

 花応は聞こえないようにとしてか、声も小さく、顔ごとそらしてそう漏らす。

「桐山さん」

「えっ? 何?」

「ふふ。やっぱり『えっ』だ。それに――言いたいことははっきり言った方がいいわよ」

「何のこと……」

「そうね。さっき天草さんを運んでる時、『何で、私が』とか言ってたよね?」

「聞こえてたの……」

 花応は急に恥ずかしくなったのか、とっさに視線をそらし、見る見ると顔を赤くする。

「聞こえてて欲しかったんじゃないの? 『いつも一人って訳』でもないんでしょ? 話す人とは話すんでしょ?」

 そちらも聞こえていたらしい。花応は更に顔を赤くなり、ぐっと顔ごと視線をそらしてしまう。

「……」

 千早は答えを求めたのか、この時ばかりは黙って花応をただ見つめる。

 花応は逃した視線の先で、やはり『桐山メディカル』のラベルが貼られていた薬剤を見つける。

 花応の瞳が一瞬苦しげに歪んだ。

「別に。あんまり話さないわ――」

 そして花応が絞り出した答えは、


「家族ともね……」


 聞こえて欲しいのかどうか本人にも分からない――そんな力ない声と内容だった。

2015.12.19 誤字脱字などを修正しました。

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