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五、招かれざる者 11

「……」

 雪野は引かない痛みに痛覚を押さえることで耐えようとしたのか。それとも怪我をした心細さが流石にそうさせるのか。己の胸を抱くようにして、ヤケド状に赤くなった左手を右手でぎゅっと押さえた。

 痛みで着いてしまったヒザはまだ上げられないようだ。

 雪野は片膝を公園の砂利に着いたままチラリと視線を横目で送り、恐る恐る近寄ってくる公園の市民の姿を確認する。多少騒ぎにはなっているが、近くまでは寄ってこないようだ。そのことを確かめると雪野は目を伏せて己の怪我に集中する。

「……たく、桐山のやつ……出ないな……」

 宗次郎は携帯に耳を当てたまま事実を確認するように、そして雪野に聞こえるように呟く。

 宗次郎も周囲を見回す。雪野達の周り。水蒸気を上げた池の淵。それぞれに集まりかけた市民達が、互いに不思議そうに顔を見合わせながらばらけていく。

「そう……あの娘、携帯苦手だしね……」

「けどよ。電話出るぐらいはできるだろ? ペリカンだって近くに居るだろうし」

「あの手の天才タイプは、電車のキップ買えなかったりするとか言うじゃない……多分そんなのよ……」

「知るかよ。てか、大丈夫なのか?」

 宗次郎は耳だけ携帯にあてたまま、通話口を押さえながら雪野に目を向ける。

「大丈夫だって言ってるでしょ……」

 雪野がようやく立ち上がる。一度痛む左手の方によろめきながら、最後は踏ん張るようにして立った。

「足下が覚束ないようだけどな?」

「ふん……いいから、切りなさいよ……」

 雪野が身をひるがえしベンチに戻るや乱暴に腰を落とした。そこに残したあったカバンにこちらも乱暴に魔法の杖をしまう。そして周囲の様子を窺うや、周りがもう自分達に注目していないことを確かめ大きく息を吐き出した。

「桐山に甘えるのは、別に悪いことじゃないだろ?」

「余計な心配かけさせたくないのよ」

「桐山が聞いたら、怒るぜ。まあ、確かに無駄っぽいな」

 宗次郎がようやく携帯を耳から降ろす。

「着歴を見て向こうからかけ直してきたら、適当に言っといて」

「着歴を見てかけ直すなんて――普通の携帯操作が桐山にできたらな」

 宗次郎もベンチに戻ってくるがこちらは腰を降ろさない。雪野の隣に最初と同じように立つと、赤くなったその左手を見下ろした。正義感からか気色ばむように鼻に頭に皺を寄せると、宗次郎は全身防寒具の敵が消えた方向に目を向ける。

「間違っても、二人で話してたなんて言っちゃダメよ」

「何でだよ?」

「余計な心配かけさせたくないじゃない?」

「はぁ? それこそ余計な心配だっての! それよりあれだ! あの敵だ! それって――ヤケドだな?」

 宗次郎が今度は鼻の頭を軽く赤くして急に話題を戻した。

「でしょうね。攻撃された瞬間は、熱いってのより、痛いって感じだったけど」

「ん? 熱くなかったってのかよ?」

「さあ? 実際赤くなってるし、熱かったんじゃない? 一瞬過ぎて分からなかったけど」

 雪野が己の左手に目を落とす。

「そうか。池も湯気ふいてたし。まあ、そうなんだろうな」

「どんな攻撃か分かったから、今度からは多少対応できるわ。任せて」

「『任せて』って言われても。確かに任せるしかないけどよ……」

「あれは、私の敵よ。河中の敵でも、花応の敵でもないわ」

「あのな――おっ? 桐山からだ。遅いっての」

 宗次郎が手に持ったままだった携帯。それが着信を告げて光り出す。同時にいかにもはやりの女性歌手グループが歌う軽快なメロディーが鳴り響く。

「その着メロ。似合わないわよ」

「るっせい! もしもし桐山か? ペリ? ベリカンかよ。何? 『花応殿に着歴から返信なんて芸当、できる訳ないペリよ』――だって。知ってるよ。桐山に代わってくれ、ペリカン」

 雪野にも音声を聞かせようとしてか、宗次郎はベンチに腰を落として耳からやや放して携帯を傾ける。

「……」

 雪野からも身を寄せ、携帯から聞こえてる声に耳を澄ませた。

「へ、返信ぐらいできるわよ! あれよ、アレ! 直ぐに返信したら、あんたが調子に乗るから――ままま、間を空けてただけよ! 私があんたにいそいそと返信する訳ないでしょ!」

 実際そこからは再生された甲高い声が漏れて聞こえた。

「分かった。分かった。できれば、今度は鳴ってる時にとってくれ。まだそれならできるだろ? いそいそそわそわしててもいいから」

「しないっての! そもそもたまたま携帯がクッションの上に落ちてる時に、電話してくるのがあんたが悪いのよ! 音が吸収されちゃって響かなかったんだから。流石の私も、音波が届かなかったら携帯とれる訳ないわ。自業自得よ」

「俺のせいかよ?」

「そうよ。で、何よ? 私の貴重な科学実験の時間潰して? 何の用よ?」

 花応の声の向こうから『実験だったペリか!』と、ジョーの悲鳴が漏れ聞こえてくる。

「それがな――」

 宗次郎はその花応の声に耳を傾けながら、チラリと雪野に横目を送る。

「……」

 雪野が音を立てずに首を左右に激しく振った。

「いや、何でもない。桐山の声が聞きたかっただけだ」

「――ッ! ななな、何を言ってんのよ! そんな冗談言う為に、わざわざ電話してきた訳? ば、バカじゃないの!」

「おうおう。バカなのは否定しないよ。まあ、ホントは用事は済んじまったんだ。桐山が着歴返信を戸惑ってる間にな」

 宗次郎はもう一度雪野を横目で見る。雪野はこくんと無言でうなづいた。

「ふん! 知るか! とにかく明日、来なさいよ! 雪野も来るんだからね! じゃあね!」

「お、おう」

「……」

 『じゃあね』と花応が告げた後も、音声は途切れなかった。周囲の雑音を拾った無言の音声が宗次郎の携帯で再生される。

「桐山――

「……」

「切り方が分からないのか?」

「――ッ! 分かるわよ! ジョー、切りなさい!」

 花応のヒステリックな叫びと、ジョーの『ペリ』っていう返事を最後に音声がようやく途切れた。

「分かってないっての……で、これでよかったのか?」

 宗次郎が携帯を脇に降ろしながら振り返ると、

「ええ……」

 雪野はやはり不安げに胸を抱くようにして、左手を痛みに押さえながら答えた。

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