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五、招かれざる者 10

「仕掛けてくるわよ。ベンチの裏にでも隠れてて」

 雪野が公園のベンチからすっと立ち上がる。そして立ち上がり際にベンチの上に置いてあったカバンに手を突っ込むと、おもむろに魔法の杖を取り出した。

「おう――って……俺も何かするって――」

 宗次郎も半歩片足を後ろに身構える。そしてチラリと周囲の様子を窺った。他のベンチに居る男女達は雪野と宗次郎の動きにひとまず関心がないようだ。皆がそれぞれに身を密着させてお互いのことにしか目に入ってないように見える。

「こんなところで、暴れさせる訳にはいかないだろ?」

「……」

 防寒着尽くめの相手。雪野が敵と呼んだ人物はその場を動かない。

「『何かするって』――役に立つ訳ないでしょ?」

 雪野がすっと身を落とし魔法の杖を腰の辺りで構える。

「断言かよ? クラスメートの女子一人、危ない目に遭わせて、俺だけベンチの陰に隠れてる訳にはいかないだろ?」

「あいつらの敵は私一人よ」

「そう言う物言いが、桐山を苛立たせてるんだろうな」

「何よ……」

「あいつ、動くぞ……」

 雪野に応えず宗次郎はあらためて身構え直した。

 黙してその場を動かない敵はそれでも右手をすっと上げた。コートに覆われた腕の先に毛皮のついた手袋をした手が肩の上まで挙げられる。

 敵がその手を手刀を切るように下ろした。

 だがその手が下ろされたのは雪野達の居るベンチの方ではなかった。敵からして右手――雪野達の左の方にその右手は振り下ろされた。

 その振り下ろされた手の先には水をたたえた小さな池があった。

「――ッ!」

 その池の水面から大量の白煙が湧き上がる。そして止まる様子を見せない。次から次へと大量の白煙を上げ続ける。

 風に乗ったその白煙は、丁度風下だった雪野達の方に流れてくる。

「何だ? 水蒸気か! 池が一瞬で真っ白だぞ?」

「この距離で、何かしたの! 遠距離系ね?」

 その様子に油断なく顔だけ向けて、宗次郎と雪野がそれぞれ驚きの声を漏らす。

 周囲の市民達は突然の出来事に訳も分からずににただただ驚いているようだ。座っていた者は慌てたようにベンチから腰を浮かし、歩いていた者は驚きに立ち止まる。

「桐山じゃあるまいし。アルカリ金属でも放り込んだか?」

「ふん。そんな科学的な相手なら、苦労しないわよ」

「じゃあ、何だよ?」

「知らないわよ。でも、警告でしょうね。それか、余裕のデモンストレーション」

「余裕の方だろうな。熱でも操れるんだろ? 池を沸騰させてるんだから」

 宗次郎はもう一度池の方に目をやった。白煙は留まるところ知らないかのようだ。様子を見ようと集まって来た公園の市民達が恐る恐る近づく池の水面から、大量の白煙が絶えず上がり続けている。

「そうね。炎でも操るのかしら? 自分の力を見せつけてから、私と戦おうっての? 舐められたものね」

 雪野が今度はぐっと腰を降ろした。隙あらば飛びかからんと雪野は目にもくっと力を入れる。

 その動きに合わせたかのように敵が再度手を挙げる。その手は今度こそ真っ直ぐ雪野達に向かって差し上げられていた。

「今度はこっちね! させないわ!」

 雪野が身構えていた足から一気に力を解放させる。ベンチ下の砂利を飛び散らせる勢いで雪野は前に駆け出した。

「――ッ! 速っ! やっぱ、違うってか?」

 ぐんと小さくなる雪野の背中。その背中を呆然と見送り宗次郎が驚きの声を上げる。

 宗次郎が驚きに身が固まる中、既に雪野は魔法の杖を振り上げて相手に飛びかかるところだった。防寒着尽くめの敵が迎え撃たんとか手を下ろし、雪野がそれより先にと魔法の杖を振り下ろす。

 だが――

「キャーッ!」

 雪野は悲鳴とともに後ろに弾き跳ばされた。まるで見えない壁にぶつかったかのように、雪野の身が突如後ろに跳ね返される。

「千早!」

 堪らず地面に落ちて転がる雪野。その様子に思わず宗次郎が声を荒げる。

「く……迂闊に近づけないっての!」

 雪野は転がる勢いを利用してその場で立ち上がった。

 その雪野を更なる攻撃が襲った。

「……」

 防寒着尽くめの敵は再度右手を振り下ろす。

 その様子に雪野は後ろに飛ぶ。だが敵の攻撃はこの距離でも有効だったようだ。振り下ろされた手の先から突風が噴き出した。

「――ッ!」

 まだ地面に着地し切っていなかった雪野の体が、己の意志とは関係なしに更に後ろに飛んで行く。

「キャッ!」

「千早! くそ! 大丈夫か?」

 最後は宗次郎の足下まで転がって来た雪野。宗次郎はとっさに屈み込むやその身を支えてやる。そして雪野の投げ出された腕の様子に宗次郎は目を剥いた。

「――ッ! おい! 赤くなってるぞ! ヤケドか?」

「とっさに腕で攻撃を防いだから……ホント、赤くなってる……」

 雪野がそれでもその腕で身を支え直ぐに立ち上がろうとする。雪野の左手の手首から下辺りからヒジにかけての皮膚が真っ赤になっていた。雪野はその手で地面をついて立ち上がる。そしてそれでもやはり痛むのか、その左手をだらりと肩から下がるままにする。

「赤くなってるって、お前……人ごとみたいに……」

「こんな怪我……直ぐに治るもの……それより、マズいわ……人が集まってきてる……」

 騒ぎを聞きつけたのか公園に居た市民達が、雪野達を取り巻くように遠巻きに寄って来ている。その状況に雪野が渋い顔で周囲を見回した。

「……」

 防寒着尽くめの敵も周りを見回すと、不意に身をひるがえす。

「逃げるわ! 追わないと! ――ッ!」

 敵が背中を向けて人ごみの向こうに消えようとする。その背中を追って雪野が駆け出そうとし、痛みに負けて公園の砂利にヒザをついた。

「放っとけ! その怪我じゃ無理だよ! それより大丈夫か? 救急車呼ぶか?」

「呼べる訳……ないでしょ……」

「じゃあ……よし。桐山に頼むぞ!」

 宗次郎は胸ポケットから携帯電話を取り出すと耳にあてた。

「ダメよ……」

「もう呼び出してるよ……くそ! 出ねえ!」

「いいって……巻き込む訳には……」

 雪野は立ち上がれないようだ。痛みをこらえるように右手で左手を押さえたまま、言葉だけで宗次郎を止めようとする。

「充分巻き込まれてるって……ホント、あいつ出ねえな! ああ、もう! また携帯の前で、オロオロしてんのか? 何で携帯とるくらい普通にできないんだよ!」

 宗次郎が苛立たしげに携帯を耳に当てたまま周囲を見回す。宗次郎の向けた視線の先には、ようやく勢いがなくなってきた水蒸気の白煙が見える。

 宗次郎はその様子に顔をしかめると、目を細めながら雪野の左手に目を落とした。

「ヤケドに水蒸気……やっぱ熱を操る敵なのか……」

 宗次郎はその赤くなった左手を見つめ、歯の奥でぎりりと音を立てながら呟いた。

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