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五、招かれざる者 9

「ふふん、ジョー。今度はこれよ」

 花応のマンションのキッチン。先と変わらずエプロンと頭巾を付けた花応とジョー。花応はご機嫌に、ジョーはげんなりとした様子でキッチンに向かっていた。

 その花応がジョーに向かって自慢げな笑みを向ける。そして紅潮した頬と細めた目の前に小さな小ビンを持ち上げた。包帯を巻いた右手の中にすっぽりと収まるプラスチックのフタがついたガラスの小ビンだ。

「何ペリか? またいたずらされるペリか?」

 ジョーが足だけその場に残して体を後ろに退いて身構える。その長い首は体以上に後ろに退けていた。

 足、体、首と徐々に遠ざかり、のけぞるように傾けた体はそのままジョーの不信感を表しているかのようだ。その証拠に水鳥としか見えない目がこちらは疑惑に細められている。

「失礼ね。私がいつあんたにいたずらしたのよ?」

「つい、さっきペリ」

 ジョーが不信に細めた目の下に更に陰気に隈を作って花応を見つめる。

「あれは科学実験よ」

「じゃあ、自分で膨らませるペリよ」

「ふふん。せっかく助手の仕事を割り振ってあげたのに。日曜日に雪野達から注目を浴びたくないの?」

 花応が小ビンを軽く振りながら応える。そのビンはどうやら市販品のようだ。おとなしめの商用のラベルが入ったガラスの小ビンを花応は左右に振る。

「ペリ。雪野様に褒めてもらえるペリか?」

 ジョーは疑惑に細めたままの目でその小ビンの動きを追う。

「そりゃ、褒めてくれるわよ。主人の為に頑張るマスコットキャラ。健気だもの」

「むむペリ……頑張るペリ。ジョーは雪野様のマスコットキャラペリよ!」

「よし、その意気よ。じゃあこれ、舐めてみて」

 花応がガラスの小ビンをジョーに差しだす。

「――ッ! いくら何でも、毒は勘弁ペリ!」

「失礼ね! いくら私でも、毒なんて盛る訳ないでしょ! よく見なさい! 普通に普段から使ってる調味料でしょ!」

 そう。確かに花応が指し示したのは何処の家にでもある調味料の小ビンだった。そしてその言葉通り普段からの使い差しだったのか中身が多少減っている。

 ビンの先には適量を振りかける為の内蓋がついていた。花応はそのことで普通の調味料であることを指し示そうとしたのか、その少々粉が内蓋についた先をジョーに突き出した。

「花応殿が普通の調味料をジョーに、舐めさせる訳ないペリよ!」

「うるさいペリカンね! 何処から見ても市販品の調味料でしょ! むしろこれはうまみ成分! 美味しい思いできるから、とっと舐めなさい!」

「花応殿に舐めさせられるのは、辛酸だけペリ!」

「――ッ! うっさい! さっさと味わえ!」

 大げさに嘴を開け閉めし、打ち鳴らすように拡げて抗議の声を上げるジョー。その嘴の中へ半ば押し込むようにして花応はガラスの小ビンの中身を振りかけた。

「――ッ! げふっ! ごふっ、ぶふ……ごふ! ぐふっ――ペリ……」

「むせても、最後にペリだけは付けるのね。ちょっと関心したわ」

「マスコットキャラに、キャラ付けは命ペリよ……てか、めちゃくちゃむせたペリよ……何するペリか?」

「別に。普通に味わってもらおうと思ったのに、あんたが人のこと疑うからおかしなことになったのよ。で、どう?」

「『どう』――とはペリ?」

「味よ、味」

「量が多過ぎて、よく分からないペリよ。でも何か知ってる味ペリ」

「もう。いつも料理に少しくわえてあげてるのよ。気づきなさいよ。言ったでしょ『うま味成分』だって」

「『うまみ成分』? 確かに何か美味しいペリ」

「そうでしょ? これはうま味成分のグルタミン酸ナトリウム。グルタミン酸はアミノ酸の一種。グルタミン酸そのものは酸味があるから、ナトリウム塩にしてある調味料よ。勿論グルタミン酸はLの方ね」

「『勿論』とか『L』とか言われても、分からないペリよ」

「ふふん。いいところに突っ込むわね。そう、今大事なのは、『L』かどうかよ」

「ペリ?」

「今度はこっち――」

 花応はそう嬉しそうに告げるとダイニングに向かって早足で駆け出す。走って来た勢いをその動きで止めたかのように、最後はテーブルに身を乗り出すようにして奥にあった小ビンに手を伸ばす。

 花応の突進を受け止めた机が軽く揺れた。花応はがちゃがちゃとなる机の上の器具類を気にも止めず、今度は違う小ビンをテーブルから取り上げる。

 その勢いでテーブルの端に置いてあった携帯が落ちた。幸い床まで落ちることはなく、その途中でクッションの敷かれていたイスの上に落ちる。

「こっちのグルタミン酸も舐めてみて」

 少々浮ついている花応は携帯が落ちたことに気がつかなかったようだ。

「ペリ? 何が違うペリか?」

「別に。同じグルタミン酸よ」

 そう応えながら花応は小ビンのフタを開ける。今度は市販のそれではなく、いかにも薬品といった感じのビンとフタだった。だがその中に調味料と同じような粉末が入っているが、振りかける為の内蓋がない。やはり薬品のようだ。

 花応はその小ビンの中の粉末を少量スプーンですくうとジョーに差し出す。

「怪しいペリが。まあ、いいペリよ……」

 ジョーが今度は大人しく嘴を開けて舌を差し出した。

「はい。召し上がれ」

「……美味しくないペリ……」

 舌の上に落とされた粉末にジョーが眉らしき箇所をひそめて首を捻る。

「でしょ? そうでしょ? 同じグルタミン酸なのに、おかしいでしょ? これがDの方のグルタミン酸! 同じグルタミン酸なのに――」

 花応はその場で両手を合わせて飛び上がりながらジョーに嬉々として説明を始める。

「片方はうま味を感じて、もう片方はうま味を感じない! これがキラリティの不思議!」

 科学的な説明をはしゃぎながら語る花応は、

「やっぱり科学って不思議だわ! 素敵だわ! さあ、ジョー! こんな感じで、雪野達が驚く科学的なおもてなしをするわよ!」

 イスに落ちた携帯がずっと着信を告げていることに気づけなかった。

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