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五、招かれざる者 8

「そんなにイライラすんなよ」

 陽気とその照り返しがうっすらと汗をにじませる。そんな好天に恵まれた公園の一角で、宗次郎は手にしていた缶ジュースのプルタブを開けた。

「別に。イライラなんてしてないわよ」

 応えたのは雪野。こちらはまだ開けていない缶ジュースに目を落とし手の中で無意味に回す。

 二人とも私服だ。二人は会話を交わしながらも視線を合わせることなく、二人して同じ方向を見るとはなしに見ている。

 緑が豊富な大きな公園だった。二人の視線の先には若い親子連れや、公園の器具でトレーニングをする市民の姿が見える。

 二人がいるのはベンチだった。幾つかのベンチが並び、それぞれ市民にひと時の休憩場所をもたらしている。

 他のベンチで目立つのは男女の二人。多くが隣り合って座り肩を寄せあったりもしている。見るからに恋人同士だ。

 そんな風に見られるのを嫌がったのか、宗次郎は実際にはベンチに座らずにその脇に立っていた。雪野だけがベンチに座り、二人して視線も合わせずに前を向いている。

「してるように見えたけどな」

 宗次郎は水滴の浮いた缶を口元に持ってくる。その動きで水滴が滴り落ちた。落ちた水滴は地面の砂地に黒い点を残し直ぐに吸い込まれていく。

「……」

「まあ、千早の心配も分からないでもないけど。桐山の言いたいことも分からないでもない」

「何よ? どっちなのよ?」

「心配し過ぎても、仕方ないってとこかな?」

「……」

 雪野はまだプルタブを開けようとしない。黙って手の中で無為に回す。

「ジュース飲まないのか? 珍しく俺のおごりなんだけど? 呼び出された方の俺がな」

「うるさいわね。今日は少し暑いから、ちょっとひんやりさせてもらってるだけよ」

「そうか。心ここにあらず。考え事をする為に何かしていないと落ち着かない。意味のないことでも手元の缶ジュースを触って、意識の集中の助けにしたい。その為には今プルタブを開ける訳にはいかない。そんな感じに見えるけど?」

「ふん……」

「それとも不安を紛らわせる為か?」

「……」

「自分のせいで友達が巻き込まれる。そんなところか?」

「まあ、そうね……」

「そうか? ま、ひとまず速水は、よく分からん。襲ってこないって言えば、襲ってこないような気もするし。昨日も結局うやむやになって聞けなかった。まあ、こっちからちょっかい出した時は、流石に少し反撃食らったがな」

「むっ! それ、聞いてないわよ。何やらかしたのよ?」

「やられたのは俺だって。てか、大した話じゃないけど。バイト先見つけようと思って突撃取材かけに行ったら、その近所で逆に見つかってね。後ろから道路に押し出されただけだよ」

「もう。危ないわね」

「別に。手加減はされたみたいだけど」

「速水さん。見るからに気分屋じゃない。いつ本気で襲って来ても遅くないんだからね」

「まあ、そう敵視すんなよ」

「――ッ! 敵よ! あんな力に頼る人は!」

 雪野がぐっと缶ジュースを握り締めて、宗次郎の顔を見上げる。

「かりかりすんなよ。何からしくないぞ」

「イライラも、かりかりもするわよ。〝ささやかれた〟人間の危険性を皆分かってないのよ」

 雪野はしばらく宗次郎を見上げると、もどかしげに瞼と頬を揺らして視線を前に戻した。

「少なくとも、小金沢先輩は危険だったな。でも、速水は何だか相手にするのもバカらしくなってくる気もするが」

「ふん。力を持てば使いたくなる。当たり前よ。その力で周りの人間に復しゅうとかするのよ。散々見て来たわ」

「……」

「そしてその力のせいか、ささやかれた時に一緒に暗示でもかけられるのか。性格すら変わってしまうわ。とりわけ好戦的に。口調まで変わってしまって、人を見下した態度をとったりとか。あの大人しい天草さんだって、この間の戦いでどんなにヒステリックに叫んでたか。知らないでしょ?」

「知らないな。てか、お前が忘れさせたんだろ?」

「ふん……とにかく。ホント、人間が変わるのよ」

 指摘されたくないことだったのか、雪野は最後はギュッと口をつぐむ。

「それは『人間が変わるん』じゃなくって、隠れていた本性が現れてるだけだったりしてな」

「……そうね……」

 宗次郎の指摘に雪野は視線を不意に落とす。

「ワリィ。何か嫌なことでも思い出させたか?」

「別に。嫌なことだらけよ。だって私の敵は――人間だもの……」

 雪野は最後は小声でそう呟くとすっとベンチから立ち上がる。

「千早?」

「しっ、敵よ……多分ね……」

 雪野は半歩足を前に出しベンチの前で身構える。

「敵――って……見た目で判断してないか?」

「そうね……でも見るからに怪しいでしょ?」

 雪野は宗次郎に答えながら、あらためて目を油断なく凝らして身構える。

 その視線の先には居たのは遠目に見える小さな人影。

 目深にかぶった毛皮付きのフードに厚い生地のコート。手には手袋で、こちらも毛皮のついたブーツを履いている。

「……」

 そう。この陽気にもかかわらずその人影は、見るからに怪しい全身防寒で雪野達を黙って見ていた。

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