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五、招かれざる者 7

「ふふん。いい? ジョー。明日の為に予行練習よ」

 中天に陽が登り、遮る雲一つない土曜日のお昼過ぎ。花応は上機嫌に鼻を鳴らすとエプロンの紐を締めた。自宅のキッチンで私服姿。その上からまとったエプロン。花応はそのご機嫌のままにエプロンの裾を軽く振って揺らすとジョーの頭に手を伸ばした。

「ペリ。何するペリか?」

 ジョーがその長い首を捻りながらも花応に己の頭を差し出す。

「ふふん。愚問ね、ジョー。明日の為と言ったら明日の為。明日二人が来るでしょ? おもてなしの準備よ。これで、よしと」

 花応はそんなジョーの頭に小さなハンカチを巻いた。人間で言うところの調理中に頭髪が落ちないようする頭巾のつもりだろう。

「ペリ。クッキーでも焼くペリか? 何か準備する道具が違うように見えるペリけど?」

 勿論水鳥としか言い様のない体をしたジョー。再度首を捻ると、途端にその他の場所から羽毛が抜け落ちた。

 ジョーは捻った首でそのまま後ろを振り返る。ダイニングには科学実験室で見かけるような、ガラスや陶器の器具類がテーブルの上にところ狭しと並べられていた。

 だがその実験器具類の間に普通のミカンやレモンなどの食材らしきものも覗いている。

「何でクッキー焼かなきゃいけないのよ?」

「じゃあ、ケーキでも作るペリか?」

「ケーキも作んないわよ」

「ペリ? 雪野様達が来るのは明日ペリ。今からキッチンで準備するなら、そんなものしか思い浮かばないペリよ」

「これだから、意味不明な不思議生命体はダメね。非科学な魔法少女も常識知らずのスクープバカも、私がホストな以上科学的に歓待するにきまってんじゃない」

 花応は得意げに人差し指を立てるやそれをちちちと左右に振る。

「ペリ。怪しい科学実験で、驚かせるペリか?」

「失礼ね。怪しいとは何よ?」

「アルカリ金属とかペリ」

「む!」

「花応殿は爆発させればいいと思ってるふしがあるペリよ。いつかお巡りさんが駆けつけてくる類いの怪しさのことを言ってるペリよ」

「うっさいわね。界面活性剤で羽毛の脂全部洗ったら水鳥だって池に沈む――そんな都市伝説クラスの科学実験から始めたっていいのよ?」

「ぺ、ペリ……単語の意味はよく分からないペリが……池に沈むのは勘弁ペリ……」

「なら、手伝いなさい。そうね、先ずこの風船膨らませなさい」

 花応はエプロンの前についていたポケットから何の変哲もないゴム製の風船を取り出した。

「ペリ。この嘴で――ペリか?」

「いちいち文句言わない。てか、今更水鳥らしくすんな。その手で――もとい羽で携帯までいじるくせに。できないって言うんなら、別にいいけど」

「ふふんペリ。勿論、これくらい余裕でできるペリ」

 ジョーはそう応えると嘴の端に風船をくわえた。ジョーはその羽毛の体で何故か赤くなりながら、懸命に肺から空気を風船に送り出す。

「そうそう。その調子。いいって言うまで、膨らませてなさい」

 花応はそう告げると自身はダイニングの方へふらりと歩いて行く。そしてテープルに手を伸ばすやミカンを片手に直ぐに戻って来た。

「ペリ……見るペリ……こんなに膨らませ……られるペリよ……」

 ジョーが風船に空気を送る合間合間に苦しげに花応に報告する。

「そう。凄いわね。確かに予想してたより大きいわ。予行練習はやっぱり必要ね」

 花応はそんなジョーを横目にチラリと見るやミカンの皮を剥き出した。

「まだまだ……大きくするペリ……」

「そうよ。なるべく大きくね」

「任せる……ペリ……」

 ジョーが真っ赤になりながら風船を膨らませる。羽毛に全身が覆われているというのに、まるで浮き上がる血管まで見えそうな勢いだった。

「そろそろね。ジョーそのまま」

 そんなジョーが膨らませた風船の上に花応がすっと左手をもっていく。その手には剥き終わったミカンの皮が握られていた。

 花応はそのミカンの皮を力の限り絞るように摘んだ。そして実に比べると瑞々しいとは言い難いミカンの皮から、その果汁が絞り出され落ちて行く。

「口は、縛らないペリか?」

「いいわ、そのままじっとしてて」

「何する……ペリか……」

「別に。おミカンの匂いのする風船。いい感じでしょ?」

「そうペリか……」

 ジョーが風船に集中しながらも、薄目を開けて滴り落ちるミカンの皮の果汁を見つめる。

 その瞬間――

「――ッ!」

 風船が音を立てて爆発した。

「ペリ!」

 その音と衝撃に驚いてジョーは後ろに尻餅を着く。

「ふむ。科学的」

 その様子に花応が満足げにうなづく。

「ぺぺぺ――ペリ! 風船が急に割れたペリよ! 怪奇現象ペリよ!」

「何言ってんのよ。科学的な結果よ」

「ペリペリペリ! 信じないペリよ! ジョーはちゃんと空気を入れ過ぎないようにしてたペリよ!」

「ふふん。ミカンの皮の果汁でゴム風船は割れる。知らなかった?」

 花応は上機嫌にジョーに応えると、手元に残っていたミカンの房を一つ口に運ぶ。

「し、知らないペリよ! おおお、驚いたペリよ! ひどいペリよ!」

「あはは、ゴメンゴメン。リモネンっていう物質がね、ゴムを溶かすの。まあ私は科学的に言って、結果は目に見えてたけど。知らない人がどれだけ驚くか知りたかったのよね」

「ぺり……」

「あはは! 怒らない怒らない。残り上げるから、勘弁ね」

 花応はひとしきり笑うとミカンの残りの房をジョーに向かって放り投げた。

「ペリ……ゴク……」

 ジョーは空中で放物線を描いたそのミカンの房を嘴を拡げて器用に受け止める。

「さあ、次は。次は何で驚かす? 身近で不思議で科学的なことがいいわよね? やっぱりアルカリ金属? 皆散々知ってるか? 禁断のテルミット反応? 屋内ではちょっとか? 片栗粉で非ニュートン流体? 握れる液体は、派手さがないわね。池の上でも歩けば別でしょうけど。体力仕事は勘弁ね。河中にやらせよっか? そうそう。ミカンの流れから、勿論レモンとオレンジの話をして。あれ? もう雪野にはしちゃったかな? ああ、何にしよう! ねえ、ジョー?」

 花応は小躍りするようにダイニングのテーブルの周りを回り出した。そしてそこに用意していた科学用具をうっとりと眺めては通り過ぎて行く。

「普通に……普通に迎えれば、ホントいいと思うペリよ……」

 ジョーは嘴をモゴモゴと動かしてしばらく咀嚼すると、

「私の普通は、いつも科学的よ」

 その花応の応えとともに口の中のミカンをごくっと呑み込んだ。

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