五、招かれざる者 6
「ホント、何で私とあいつが、痴話喧嘩って話になんかなるのよ」
花応は口を尖らせてはぶつぶつと呟き、足早に宗次郎達の下から離れて行く。
「はは。皆、仲いいんだね。羨ましいよ」
そんな花応の後ろを追い、氷室は鼻の頭を掻きながらついて行く。氷室は時折後ろを振り返り、後ろに残して来た宗次郎と速水の姿を確認した。
宗次郎は軽くこちらを睨んでおり、速水はそんな宗次郎に軽薄なからかいの笑みを向けていた。
「別に。仲なんてよくないわよ。私は一人が好きなのに、向こうから絡んで来ただけよ」
「そう?」
「そうよ。あのバカ。何かと私に絡んでくるのよ」
「ふぅん」
他の生徒の姿が徐々にほぐれていく。辻に差し掛かる度に生徒の波が別れていった。そんな中を花応と氷室は大通りとの交差点まで歩いて来る。
「勝手に写真は、ばしゃばしゃ撮るし。その――先輩といざこざがあった時は、頼んでないのにかばおうとしたり。ホント、そんなの頼んでないってのに。おせっかいなのよ。あいつも雪野も」
「あはは。何だか自慢話みたいに聞こえるよ」
交差点の信号機が丁度赤に変わる。
二人して信号で立ち止まるが、花応の足は止まらない。立ち止まったその場で苛立たしげに足を踏み鳴らし始めた。
「はぁ? よしてよ。迷惑してるの。ちょっと誘われたからって、日曜日も遊びにくるって。準備するこっちの身にもなって欲しいったらあらゃしない」
「遊びに?」
「そうよ。私は別に一人が好きなんだけど。今度の日曜日に二人して私の家に遊びにくるの。私が一人ぐらいだからって、ほいほいこないで欲しいものだわ」
「でも、桐山さんから誘ったんでしょ?」
「私じゃなくって、ジョーがよ」
「ジョー?」
「――ッ! 別に! 気にしないで! とにかく今から、買い出しのやり直しよ。ああ、いい迷惑」
「はは。その千早さんも、後ろに来てるみたいだけど」
長い信号待ちの時間。氷室はチラリと後ろを振り返る。既に随分と小さくなっている宗次郎と速水の姿。その速水を前にして腕組みをした雪野の姿も見える。
「ええ? まあ、雪野もこっちが帰り道だけど。ホント二人してお節介ね」
花応が速水に続いて後ろを振り返った。
遠目にも雪野の気を張った威勢が見える。胸の前でしっかりと腕を組み、ピンと伸ばした背筋の上で真っ正面から速水を睨みつけていた。
反対に背筋を後ろに軽くそらしている速水は、へらへらと笑みを浮かべているのだろう。速水が一際後ろにのけぞった時に、雪野はじれたように一歩前に出た。
速水がそんな雪野の様子を気にした素振りも見せずに、不意に右手を挙げて花応達の方を指差す。
雪野がグイッとえぐるように首を巡らせた。速水の指先に導かれるままに、花応達にその睨みつける矛先を変える。
雪野は最後に速水に何か言ったらしい。大口を開けて笑う速水を残して、遠目にも分かる怒り肩で花応の方に向かってくる。
「おっかないわね」
「何か、かなり怒ってるみたいだね」
「ふん。自分の意見が通らないから、不機嫌になってるだけよ」
「真っ直ぐこっちに来るけど?」
ずんずんと歩いてくる雪野。その姿には間違いなく不機嫌さが現れていた。肩に力が入っており、今では頬が膨れているのも見える。
「むむ……」
花応は前に向き直ると信号を見上げた。まだ花応が待つ信号は赤だ。だが、既に隣の歩行者用の信号が明滅を始めていた。
「ゴメン。どうせ買物あるし」
花応はそう氷室に告げると不意に手を挙げた。丁度目の前を通り過ぎるところだったタクシーが、その花応の姿を見つけてすっと車体を寄せてくる。
「ああ、またそれ?」
「あはは。昨日もこんな感じだったね。じゃあ」
花応はそうとだけ氷室に告げると、ドアの開いたタクシーに慣れた様子で身を押し込む。
「雪野に言っといて。一人で大丈夫だからって」
ドアが閉まると同時に走り出すタクシー。それは進入した途端に黄色に変わった交差点を軽やかに去っていく。
「ああ、あの娘ったら! 下校にタクシーなんて、校則違反じゃない!」
最後は走って来たらしい雪野が、タクシーを見送る氷室の横で勢いよく止まる。
「『一人で大丈夫』って言ってたよ。何の話?」
「そう。気にしないで。こっちの話よ、氷室くん」
「『こっち』ね……」
「何?」
「別に。じゃあ」
氷室は信号が変わった交差点を一人で渡り出す。
「こっちは、誘われもしなかったよ……」
氷室は雪野に聞こえない距離まで来ると、一人小さく呟いた。