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五、招かれざる者 2

「さて、帰るペリ……」

 ジョーが小声で呟いた。遠巻きに取り巻きざわつく生徒達を向こうに、ペリカンにしか見えないジョーが耳にあてていた携帯を降ろす。

 おおっという喚声とともに生徒達が後ろに後ずさり、校門前にできたその輪が乱れながら一回り大きくなった。

「注目浴びてるペリ……困るペリ……困るペリ……」

 困る困ると呟きながらジョーは今度も一人小声でほくそ笑む。一応皆に話しているところは聞かれて驚かすまいと思ったのだろう。それぐらいの配慮はあるようだ。

 だが手にしていた携帯をあぐっと無造作に嘴の袋に放り込むと、生徒達はうわっという悲鳴とともに更に後ろに驚き飛び退いた。

「むむ! 怪しい鳥ッスね!」

 一人その波に和せずその場に残った女子生徒がむしろ身を前に乗り出した。

 速水颯子だ。

 速水は乗り出した身のままに前に出た。細い目を更に細めて尋問でも始めるようにジョーに顔を近づけた。

「小声でぼそぼそと、何話してたッスか?」

「ぐわ……」

 ずいっと近づけられた速水の顔から逃れるように、ジョーは長い首を後ろに折り曲げて己の顔を遠ざける。

「携帯で、今話してたッスよね?」

「ぐわ……」

「他の連中はともかく、自分にはしっかりと聞こえたッスよ」

 速水がジョーを独占する形になり、その他の生徒達はようやく今が登校中だと思い出したようだ。皆がひそひそとささやき合いながら、時折後ろを振り返っては三々五々校門前を離れていく。

「ぐわわわ……」

「ははん……あの時の鳥ッスね……河川敷で小金沢センパイやっつけた時の? 水鳥が紛れ込んでると思ってたら……なるほど。元から仲間だったッスね。そうッスよね! 魔法少女にはマスコットキャラ必須ッスもんね? でも、よりによってペリカンッスか? 千早さんセンスいいッスね!」

 速水はケラケラと笑うと、意地悪げに細い目を更に細めてジョーの全身をまじまじと見つめる。

「……」

 ジョーが無言で後ろに下がろうとした。しかし校門の前に立っていたジョーは直ぐに背後の壁に行く手を遮られてしまう。

「どれ……少し遊んであげるッスよ――」

 逃げ場を失ったジョーの頭に速水がぬっと己の右手を向けた。

「ぐわ……」

「速水さん。何をしてるの?」

 その速水の背後から短くも鋭い声がかけられる。まるで釘で板を打つように、その場の空気が一瞬で固まった。

「千早さん、何ッスか? 朝から体操着で、何を偉そうに言ってるんッスか?」

 速水がジョーに向けていた顔をゆっくりと上げて振り返る。

 そこには体操着の雪野が息を殺して立っていた。

 敷地内の通路を利用してランニングをしていたらしい。速水が目を転じれば、同じく体操服の一団がこちらをチラリと見ながら校門の向こうを走っていく。皆が息が上がっているようだ。苦しげに顔を上げたりしかめたりしながら、汗を飛ばして体操服の一団は走り去って行く。

「登校前でしょ? 校門前とはいえ、寄り道は関心しないわ」

「汗だくの体操服で、いきなり現れてお説教とは――相変わらずうざいッスね。寄り道言う程の、道寄ってないッスよ」

 速水がくるりと全身を雪野に向けた。そのまま持っていたカバンをいかにも面倒くさそうに肩に引っかける。

「あら、そう? でも迷い込んで来た野鳥の相手は、寄り道じゃないかしら?」

「『野鳥』? 『迷い込んで来た』? ふん――誰かのペットかもしれないッスよ。どちらにしても、お節介ッスね。優等生さんは」

「そう? 別に普通よ。私は優等生なんかじゃないわ」

 雪野が速水から目をそらさずに、下げていた手を手首から先だけ小さく振った。

「ぐわ……」

 その様子にうながされジョーが人間臭い抜き足差し足で、ゆっくりとその場を離れて行く。

「『普通』? その格好――演劇部の朝練ッスね?」

 速水の目がすっと細められる。もうジョーに興味はないようだ。離れて行くジョーに目を向けることなく雪野の視線を見つめ返す。

「そうよ。それが、何?」

 ジョーが最後は駆け足で道路の向こうへと離れていく。

「普通――文科系のクラブは、汗だくになるような朝練しないッスよ」

「演劇は体力要るの。演劇部には普通よ」

「汗だくになるまでッスか?」

 ジョーが通りの向こうで羽ばたいて地面を離れて行った。

「そうよ」

 その僅かな羽音に一瞬だけ耳を傾けて雪野が答える。

「でも、汗だくになっても息一つ切れてない――それは普通じゃないッスよ」

 速水がにっと口角を上げて笑う。

「――ッ!」

「まあ、別に。自分に今更隠す必要はないッスけどね。他の生徒にはもう少しうまく隠した方がいいッスよ」

 速水はそう告げると何の警戒の様子も見せず無造作に雪野の横を通り抜けようとする。

「怪我の治りが早いとか、人には聞こえない距離の音が聞こえたりとか――」

 速水は通り過ぎ際に雪野の背中に流し目を送る。

「人より速く動けるとか――力を持ってるのは、他人の嫉妬を呼ぶッスからね」

 速水は横目で一瞬雪野の背中を見つめると、そのまま通り過ぎて校門の向こうへと去っていく。

「……」

 雪野は振り返り速水の背中をしばらく目で追った。

 速水は興味をなくしたのか一度も振り返らない。直ぐに校舎の中へと消えていく。

「ふん……余計なお世話よ……」

 雪野がその後を追う。そして校舎の入り際に教室を見上げる。そこには窓際の席に座る花応の頭だけが辛うじて下から見えた。

 花応は伸びをしたようだ。両手が上に上げられ頭以外も窓から覗き見える。

「ホント、暢気なんだから……」

 雪野はその花応の包帯を巻かれた右手を見上げて苦々しげに呟いた。

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