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一、科学の娘8

「キャーッ! ペリカンよ!」

 女子生徒が先ずは悲鳴めいた喚声を上げた。

 窓のサッシに足をかけた、見た目は可愛らしいと言えなくもないペリカン。

 その突然の出現に教室は一気に興奮状態に陥った。

 見た目は可愛いが、やはり危険が先に立つのだろう。皆が一斉にペリカンから――花応から距離を取り、同心円状にのけぞるように身を退けた。

「桐山さん! 危ないわよ!」

「優等生?」

 そんな中、教室の後ろの方に座っていた千早が立ち上がって駆け寄ろうとする。

 私の名前……知ってるんだ――

 名前を呼ばれたことよりも、花応は思わずその内容に驚き振りかえる。

 真剣な眼差しで駆け寄ってくる千早と目が合った。驚きと我が身を守る為に後ろに下がる他の生徒達とは対照的な姿だ。己の危険を顧みず、一人だけ前に向かってくる。

「ペリカンではないペリよ――」

 興奮のるつぼと化した教室の雰囲気も読まず、ジョーが暢気に嘴を開いた。

「――ッ!」

 その声を耳にするや花応がジョーに振りかえる。そのままためらいもせず右手の拳を振り上げた。

 皆に背を向け、己の体に拳を隠し、花応は水鳥の柔らかな腹部に拳をのめり込ませる。

「グワーッ!」

 ジョーが堪らず――そこだけ聞けば水鳥らしい悲鳴上げる。 

「今……その鳥、しゃべらなかった……」

 驚きに目を見開きながら、千早が花応の下に駆け寄ってくる。

「何言ってんのよ! 『グワーッ!』とか、言ってんじゃない? これは水鳥よ、野鳥よ! ペリカンよ!」

「ペリ……」

「ペ? ペリ?」

「――ッ!」

 困惑に眉間に皺を寄せた千早に背を向け直し、花応が更なる拳を繰り出した。

「グワッ!」

 今度も上がったのは、少々苦しげな野鳥の鳴き声だ。

 その一連の様子に教室中がどよめいた。

「ちょ、ちょっと……桐山さん……」

 千早が躊躇いがちに片手を上げて、花応を制止ししようとした。

「きゃー。かわいい、ペリカン」

 花応が抑揚のないわざとらしい喚声を上げた。そのままジョーの首筋をたぐり寄せるように掴まえる。

「……何してんのよ……皆、驚いているじゃない……」

 と、花応はその引き寄せたジョーの耳元に小声で抗議の声を上げる。

「……不思議生命体は……驚かれて――不思議がれてなんぼ……ペリ……」

 ジョーが同じく小声で応える。だがそれは花応に合わせた訳でも、空気を読んだ訳でもないようだ。

 花応に喉を力づくで締められ、空気が充分に肺から出ていないだけのようだ。

「……う・る・さ・い……とっとと、出て行きなさい……」

「……嫌ペリ……魔法少女――雪野ゆきの様を……捜して欲しい……」

 白いはずの羽毛が、不思議なことにだんだん赤くなっていく。

「……いないわよ、ここにはそんな名前の子……ほら、分かったら……」

「桐山さん……その、大丈夫?」

 花応が後ろから声をかけられた。千早だ。

「……ペリ……」

 ジョーが花応に勝手に代わって、己は首を絞められているというのに暢気に手を振って応えた。

 羽毛は赤から真っ青に変わっていた。不思議としか言い様がない。

「――ッ! うるさい! アルカリ金属、嘴から突っ込むわよ!」

 花応はそう叫び上げると、

「ペリーッ!」

 悲鳴めいた語尾を上げる水鳥を窓の外に放り出した。



「桐山さん……」

「――ッ!」

 ジョーを教室の外に豪快に放り投げ、花応は窓をぴしゃりと締めた。若干肩で息をしているその花応に、千早が後ろから声をかけた。

 花応がぎょっと驚いて振りかえると、皆の注目が孤独をきどるこの女子生徒に集まっていた。

「な、何? びっ、びっくりするわよね! 急にペリカンが窓にいたら!」

 何よ! この注目は――

 と、内心目を剥きながら、花応は話を誤魔化さんとしてか早口に捲し立てた。

「ええ、そうね。その、怪我とかない? えっと……アルカリ――金属って何? ていうか、今ペリカンと話してなかった?」

「――ッ! アアア、アルカリ金属ってのはあれよ! リチウムとかナトリウムとか、第一族元素に属する元素よ! 密度が小さくって、融点も低いわね! 比較的柔らかくって、金属なのにナイフで簡単に切断できるわ! 切断面は光沢のある金属然とした光を放つんだけど、すぐ酸化してしまうわ! でも、一番の特徴は〝アレ〟ね! だから、あいつがあんまり、しつこかったから――」

「あいつ? しつこい? 鳥が?」

「ななな、何でもないわ! さあ、授業を――」

 花応が慌てて口を開くと、

 ガタンッ――

 と音を立てて何か柔らかいものが教室の床に崩れ落ちる音がした。

「ちょっと!」

「キャッ!」

「おい!」

 生徒達の驚きの声とともに、新たな注目の輪が出来上がる。

天草あまくささん!」

 今度も千早が真っ先に駆け寄ろうとした。

「え? 何? あの子――」

 花応は状況が直ぐには呑み込めなかったのか、目をしばらくしばたたかせた。

 千早が騒ぎの中心に駆け寄り、身を屈めて誰かを抱き起こそうとしているところだった。

 貧血らしい。千早の腕の中に青い顔をした女子生徒の表情が見て取れた。

「アマクサさんって言うんだ……あの、ジャージの子……」

 花応はその場から動けずに、ポツリと呟くのが精一杯だった。

2015.12.19 誤字脱字などを修正しました。

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