四、クラスメート 20
「という訳で、花応」
雪野はベンチに座ったまま身を花応の方に向けた。雪野はそのまま花応の手を取った。
「何よ?」
虚をつかれた花応は素っ頓狂な声を上げる。雪野に掴まれた手を持って行かれ、そのまま相手のヒザの上に置かれるがままにした。
「今日の放課後は私の部活につき合いなさい」
「はぁ? 何でよ?」
「速水さん。速水さんの言ってた男子。瞬間移動の男子。少なくとも三人居るわ。今警戒すべき相手が」
雪野は花応の手をぎゅっと握り締める。
「まあ、そうなんでしょうけど……」
「一人は危険だわ。どうせ部活してないし、放課後ヒマでしょ?」
「人を暇人みたいに言うな」
「ヒマはヒマよね?」
「確かに帰宅部だから、時間はあるけど。私だってそれなりにすることはあるわよ。それに今日は――」
花応が不意に顔を上げる。
「ん?」
その花応と目が合ったのは宗次郎だ。
「今日はその……放課後、用事があるんだけど……」
花応がうつむいて宗次郎から目をそらす。
「明日にしなさい。私がつき合うわ」
「だ、ダメよ!」
「何でよ? 土曜日も午後からなら空いてるわ。日曜日も遊びに行くし、しばらく付きっきり。いいわね?」
「よくないわよ! 付きっきりじゃ、日曜日のじゅ――」
「ん? 『日曜日』の何? 花応?」
「何でもないわよ! そ、それに私が狙われるって決まった訳でもないし! 実際ちょっかい出されたのは雪野だし、こっちから突っつきに行ったのは河中じゃない! 私今のところ関係ないし!」
花応は掴まれたままだった雪野の手を振りほどく。
「花応、あのね……」
「雪野は心配し過ぎなのよ、何でそんなに過保護なのよ?」
「それは……」
今度は雪野が目をそらした。
「でも、まあ確かに心配かな。千早は力あるし、俺は男だし。ペリカンは元より狙われないだろうし。俺らの中で一番心配なのは桐山。それは否定できないな」
雰囲気が悪くなると見たのか、宗次郎が二人の会話に割って入った。
「大きなお世話よ! 今日半日、速水さんだって、何もしてこなかったじゃない? それに私だって無力じゃないわ!」
「花応は普通女の子でしょ?」
「私は科学の娘よ。どんなことでも科学的に対処できるわ」
「それとこれとは、話が別でしょ?」
「いいの! 私は常に科学的! そうよ科学的に考えて、そうそうしょっちゅう不思議な連中に襲われてたまるもんですか!」
花応が苛立ちを押さえ切れないかのように勢いよく立ち上がった。
「――ッ! 花応!」
「大丈夫よ! 先に教室帰ってるからね! いい? 雪野は過保護過ぎるの! 分かった?」
花応は一方的に告げると、お弁当箱を手に宗次郎を押し退けるように歩き出す。花応はそのまま後ろを振り向きもせずに、一人すたすたと屋上の出口に向かってしまう。
「おいおい、何でケンカみたいになってんだ」
その後ろ姿を目で追い、宗次郎が呆れたように呟いた。
「追いかける」
雪野がこちらも慌てて立ち上がって走り出す。
「止めとけ。今は逆効果だろよ」
その手を宗次郎が掴んだ。
「でも……」
宗次郎に腕を掴まれた雪野はその場で立ち止まる。只ドアの向こうに消えて行く花応の背中を見送った。
「今追いかけても、結局過保護だって思われるだけだろよ」
宗次郎が雪野の手を離す。
「実際心配じゃない……過保護だって思われたって……」
「本気でそう思うんなら、俺の手なんか振り払えばよかったんだろ?」
「……」
雪野は答えない。
「まあ、追いかけてこなかったと言われたら、俺につかまった言っとけよ」
「……」
雪野は今度も応えない。
「どうせ、直ぐに機嫌直るって。桐山ああ見えて、結構単純だろ? 何か科学的な話を振れば、あっという間に機嫌直るって」
「ふん……」
「ま、アレだ。確かに千早も心配し過ぎじゃねえの?」
「河中だって、何のかんの心配で。速水さんのバイト先まで調べに行ったんでしょ?」
「確かに。違いないな」
宗次郎が今までの雰囲気を吹き飛ばそうとしたのかケラケラと軽薄に笑う。
「心配なのよ……」
雪野はそんな宗次郎を余所に一人で口を開く。
「だから――」
「心配なのよ……私は、多分――」
雪野は宗次郎の呼びかけが耳に入らなかったようだ。
「自分の為に……」
一人うつむき雪野はポツリと呟いた。