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四、クラスメート 19

「速水の奴、朝はどうだった?」

 抜けるような青空の下、真上に上がった太陽の容赦ない光が校舎の屋上に降り注いでいた。

 軽く汗を額にかいた宗次郎が、暢気にストローからジュースを吸い上げながら口を開く。

「そんなことより、何であんたは今日も遅刻だったのよ?」

 屋上に据えられたベンチに、雪野と肩を並べて座っていた花応が不機嫌に答える。

 見れば他の生徒達も他に設置されたベンチでお昼を楽しんでいる。昼休みだ。花応と雪野、宗次郎の三人は今日の昼を屋上でとることにしたらしい。花応と雪野が肩を並べて座るベンチの前に、宗次郎が立ったままジュースを吸い上げている。

 花応は己の口に最後の一口らしきご飯を放り込んだ。もぐもぐと力強くそのご飯を咀嚼する。ご飯とともに相手の状況を理解しようと言うのか、花応はご飯を注意深く噛み締める。

 雪野は花応の隣で食べ終わった弁当箱を袋にしまっていた。

「いつものことだろ?」

 宗次郎がくいっと片方の眉だけを上げながら答える。それでもその内容には答える気がないらしい。そうとだけ口にすると、じゅるりと勢いよくジュースを吸い上げた。そしてその質問はこれで終わりと言わんばかりに紙パックでできたジュースの容器を握りつぶす。

「いつも何で遅刻してくんのよ?」

「別に」

「遅刻さえしてなければ、速水さんの今朝の様子も分かったはずでしょ? そんなに気になるなら、遅刻グセを直せば? 成績にも絶対響いてるわよ」

 花応は少々乱暴な仕草で食べ終わったお弁当箱を閉じる。包帯が巻かれた右手はもうそれ程いたまないのか、花応は最後は力を込めてフタを押し込むようにお弁当箱を閉めた。

 代わって取り上げたのは、ストローが刺されていた紙パックのコーヒー飲料だ。

「おやおや、花応さん。河中の成績がそんなに心配ですか?」

 雪野が袋にしまったお弁当箱を脇に置き、意地悪げに目を細めて隣に座った花応に身を寄せてくる。

「そりゃ、まあ……」

 コーヒー飲料を軽く吸い上げ、花応は視線を落としながら答える。己の手に持つ紙パックに落とされたその視線は、雪野から逃れると同時に己の内面を見つめるように寄り目に寄せられる。

「心配よね! うんうん! 『河中』の成績! 心配よね!」

「何処にアクセント置いてくれちゃってんのよ、あんたは!」

 更に身を寄せて来た雪野から、逃れるように身を傾けて花応が応えた。

「おや? 苦々しっちゃって? そんなにミルクたっぷりのコーヒーが渋かった?」

「あんたね……」

「それとも渋かったのは、私の言い方だった?」

「知るか! バカの上に遅刻ばっかしてちゃ、救いようがないでしょ! この遅刻バカは! 私はクラスメートとして心配してやってんの!」

「ふーん」

「意味ありげに、鼻、ならすな! 顔、にやけんな! 頭、近づけんな!」

「はいはい。ご忠告痛み入りますね。でも、こっちもプラベートな理由でね。遅刻はお答えしません。で、速水の奴どうよ? 俺、昨日あいつのバイト先まで行ったんだけど、うまいこと逃げられてね」

「バイト先?」

 雪野が花応にすりつけていた顔をようやく離し、目の前に立つ宗次郎を見上げる。雪野はもはやベンチに押し倒すように花応に体ごと顔を寄せていた。

「ああ、バイト先ってか、近くかな? バイト先までは、特定できなかった。場所は大人御用達の夜の店のある繁華街で……」

「なっ?」

 己にのしかかっている雪野の顔を押し上げながら、花応がベンチで身を起こす。

「いやはや、あの街で一体何のバイトをしてるのやら! お兄さん、ちょっと部費で取材したいとか思っちゃったりした!」

 宗次郎がわざとらしげに胸の前で拳を握りしめて空を見上げる。

「バカか、あんたは! 高校生がそんなバイトできる訳ないでしょ!」

「どんなバイトだって言うんだよ、桐山? 具体的に頼むわ」

「う……知らないわよ……」

 花応がぷいっと真っ赤になった顔をそらす。

「てな訳で、速水にはやっぱりあのスピードで逃げられた。昼までは普通に授業受けてたな。半分以上寝てたように見えたけど」

「あんたもね」

「眠いから寝る。自然の真理だよ。宇宙の摂理だよ」

「自然とか宇宙のだとか、あんたが語るな。そもそも宇宙はまだまだ謎だらけなの。自然も勿論そうよ。私達は万物の――」

 花応がまたとうとうと語り出す。

「花応。悪いけど、科学談義は後回し――」

 長くなると見たのか、雪野が割って入る。

「速水さんが言ってた人と、私の気配の男子。まだ警戒する人が増えてるみたい。情報をすりあわせておく必要があるわ」

 だが内容は真面目だったようだ。雪野は先程までのふざけた表情を拭い捨て、花応と宗次郎を見回した。

「時と場合によっては、複数同時に相手することになるかも――よ……」

 そして雪野は事実を己の内に落とし込む為にか、すっと視線を足ともに落とした。

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