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四、クラスメート 18

「聞いてよ、花応」

 花応が無為に冷蔵庫の開け閉めに明け暮れた朝。その花応と途中通学路で合流した雪野は頬を見事に膨らませた。

「なんて顔してんのよ、あんたは」

 その雪野に花応が呆れた顔を向ける。

 そう。雪野は怒りに怒り、己の頬を膨らませている。足下もつかつかとせわしなく、花応が歩調を合わせなければ置いて行かれるような勢いだ。

「こんな顔の一つもします。速水さんは放っとけないし、謎の気配には逃げられるし。散々よ」

「気配?」

 花応が周囲を気にしながら不思議そうに雪野に振り返る。

 花応達の周りには同じ高校に通う生徒達の姿がちらほらと見えた。花応は今大通りを歩いている。以前使っていたジョーに出会った脇道ではなく、その一筋向こうの他の生徒も多い大通りの方だ。

 学校がもう目の前に見えてきたこともあり、登校する生徒の姿が徐々に増えていく。そんな周りの生徒に会話が聞かれてしまうのを心配したのだろう。

「そう。この間の食堂でも居たでしょ? 追いかけたら逃げられた男子。昨日部活中に音楽室でも現れたのよ。絶対に間に合うタイミングで飛び出したのに、あっさり逃げられたわ」

「ふぅん」

「ああ、やっぱり瞬間移動ってあるのよ」

 雪野が何処までも真面目な顔でうなづきながら、学校の門をくぐった。

「ないわよ。非科学ね」

 校内に入りいっそう生徒の増えた周囲に目をやりながら、花応は困惑気味に応える。学び舎へと向かう周囲の生徒達の流れに乗って、花応と雪野も校舎入り口すぐの下足室へと消えて行く。

「非科学で結構よ。そうでもなきゃ、あんなに簡単に逃げられるもんですか。足音も物音もなしに、私の前から消えるなんてあり得ない。テレポーテーションしたのよ」

「それで瞬間移動の話? はっ。どんな理論でテレポーテーションできるってのよ? 昨日も言ったでしょ? 量子のエンタングルメントを利用したアインシュタイン・ポトルスキー・ローゼン相関による情報のテレポーテーションならいざ知らず――」

 下足室にずらりと並んだ下駄箱。二人はそれぞれに左側下部と右側最上部に別れて割り当てられていたその扉に手を伸ばす。花応が座り込みながら左下の下駄箱を開け、雪野が少々背伸びしながら右上の下駄箱を開けた。

「もう、それでいいわ。そのエンタでグルメなそれで。それでテレポーテーションしたのよ」

 雪野は上履きに履き替えると少々乱暴に下駄箱の扉を閉めた。

「あのね……」

 こちらはゆっくりと下駄箱を閉めながら、花応が座ったまま呆れたように雪野を見上げる

「何か、聞いてる以上にいらついてるわよ。他に何かあったの?」

「……」

 雪野は答えない。答えないどころか下駄箱に向き合ったまま花応に振り向くこともしなかった。

「何よ?」

「敵……」

 雪野が硬い表情で呟く。

「ん? 何? よく聞こえないわ」

 ぽつりと呟いた雪野に、花応が立ち上がって顔を寄せる。

「ううん。力よ。やっぱり力が、落ちてるのかなって……」

 雪野は身をひるがえしながら答える。

 深刻な気分も、硬い表情も。その回転で振り払いたかったのだろう。何より花応に顔を見られたくなかったのかもしれない。教室へと続く廊下は花応の向こうにあった。にもかかわらず雪野は花応に背中を向けて身をひるがえす。

「他の力はともかく、身体能力は常人以上のはずなのに……生徒会長が歩いてくるのも、気づけなかったのよね。昨日の私」

 わざと一回転した雪野は、花応に顔が見える位置にくると自虐的に笑う。だが自虐的でもその笑みがよかったようだ。花応と並んだ雪野の表情がそれで一気に和らいだ。

「普通の人は、気づかないと思うけど?」

「そう? ところで、日曜日にはお邪魔していいのよね?」

 上履きに履き替えた花応と雪野は教室に向かって廊下を歩き出す。

「うん。ジョーが勝手に言い出したんだけど。まあ、成り行きで」

「ふぅん……本当にお邪魔していいの?」

「何よ? いいに決まってんでしょ?」

「ふふん……本当にお邪魔じゃないかな――って思ったりしちゃったりするわけですよ」

 廊下の先。階段を上り始めたところで雪野が振り返る。その顔は先程までとは打って変わっていたずらな笑みを浮かべている。

「はい?」

「だって河中も来るんでしょ?」

 雪野が急に階段を駆け足で登り始めた。

「はぁ?」

 取り残された花応がその背中に素っ頓狂な声を向ける。

「まあ、最初から二人っきりはハードル高いでしょうし! 私がお邪魔してあげるわ! 何なら途中から抜け出してあげるし!」

「知るか! どうしてそうくっつけようとするのよ?」

「面白いから」

 階段を駆け上った勢いのままで、教室のドアへと走り出した雪野が振り返らずに答える。

「あのね!」

「――ッ!」

 その雪野が不意に立ち止まる。

「ムギャ! こら、急に止まるな――って……」

 雪野の背中にぶつかった花応が、その背後から前に顔を覗かせた。

「速水さん……」

 雪野がその名をポツリと呼ぶ。そう。教室の入り口の前に、速水風子が廊下の窓に背中を預けて誰かを待つように立っていた。

「ちわッス」

 実際花応達を待っていたのだろう。立ち止まった花応と雪野に速水は口調も軽く手を挙げる。

「何? 何か御用?」

「『何か御用』とは、随分ッスね。千早さん。優等生らしくないッスよ」

「私は別に優等生じゃないわ。仮にそうだとしても、あなたに優等生面する必要ないわ」

 雪野が花応を前に出すまいとしてか、両手をかばうように拡げながら答える。

「きついッスね。せっかく忠告しにきて上げたのに……」

「忠告? 何よ?」

 雪野の手を掴みながら花応がその背中から顔を出す。

「何か怪しい男子が居るッスよ」

「『怪しい男子』? 瞬間移動する男子のこと?」

 雪野が花応を後ろに押し戻しながら訊いた。

「さあ、そっちは知らないッスね。まだ、他に居るんッスかね。自分の方はヤケドさせられた男子ッスよ」

 速水は左の腕を見せようとしたのか、右手で左の長袖の袖をまくり上げた。

「ヤケドなんてないじゃない?」

 その様子に花応がいぶかしげな視線を向けながら訊いた。そう。肘の上までまくり上げられた速水の左腕。だが何処にもヤケドらしき痕はなかった。

「あれ? もう少し上だったッスかね?」

 とぼけた口調で速水は更に腕をまくろうとした。だが長袖をそれ以上まくり上げるのは無理があったようだ。折り重ねられた生地自身が邪魔をして、速水の肌は肘の少し上以上はあらわにならなかった。

「まあ、いいッス」

 速水は早々にあきらめたようだ。まくり上げた袖を伸ばし始める。

「何で忠告なんてしてくれるのかしら? 速水さん」

「別に、クラスメートのよしみッスよ。千早さん」

 速水はそうとだけ答えると窓を離れ、

「今日はゆっくりと席に着くッスかね」

 不敵な笑みを花応達に向けると教室のドアの向こうに消えた。

次回の更新の予定は8月21日です。

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