四、クラスメート 17
「どうすんのよ! どうすんのよ! どうすんのよ!」
花応は朝からキッチンを走り回っていた。日が昇ったばかりの陽光はこのキッチンのある部屋を直射していない。それでも朝のさわやかで柔らかな光がキッチンに差し込んでいる。
穏やかな一日の始まりを告げる今日の朝の光。そんな光にそぐわない慌ただしさで、花応はキッチンを右往左往していた。
「どうしたペリか?」
ジョーが眠たげにそのキッチンに現れる。人間くさい翼の動きで己の目をこすってすらみせる。
「どうしたって? 結局日曜日に、雪野も河中も来ることになったじゃない!」
「それでペリ」
「それで! どうしたらいいのよ?」
花応が半狂乱で振り返る。朝起きてそのままのようだ。パジャマのままの花応はもう一度キッチンを走り回る作業に戻る。
「ペリ?」
「ええ! どうすんのよ! これ!」
花応は冷蔵庫を開けては首を振り、収納庫を覗いては首を捻った。
「何朝から怒ってるペリか? てか、何を探してるペリか?」
ジョーがペタペタと、水かきの付いた足でキッチンのフローリングを歩いて近づいてくる。
「別に! 何も探してなんかいないわよ! ただ何かないか! 何かあるか! 見てただけよ?」
「ペリ?」
ジョーが冷蔵庫に手をかけていた花応の後ろで立ち止まる。
「ええ、いいわ! 分からないって返事ね! いいわよ! いいわよ! もったいぶっても仕方がないから、あっさり白状するわよ! 私は……」
花応の動きがピタリと止まる。冷蔵庫の最下部にある冷凍ケースを最後に覗いた花応。その冷気の漏れ出る冷凍ケースを開けたまま、へたり込むように膝をついた。
辛うじて手をかけたケースの扉で、己の体勢を支えているかのようにそれは力ない動きだった。
「ペリ? どうしてそんなに弱ってるペリか?」
「私……私……友達を家に呼んだこと――ないの……」
ジョーに背中を向けたまま花応がポツリと呟く。
「ペリ?」
「ぶっちゃけ、友達いなかったの……中学まで……」
花応がゆっくりと冷凍ケースを閉める。支えを失った花応はジョーに背中を向けたまま今度はお尻を着いて座り込んだ。両足を左右に拡げぺたりとお尻を着く。
「ペリペリ?」
「高校入ってすぐもいなかったけど……別に慣れてたし……それが普通かなって……だから――」
「だから――ペリ?」
「友達を家に呼ぶなんて……どうしたらいいのか分からないの……」
花応は振り返らない。その背中は自信なげに丸まっていた。
「そんなことで朝から走り回ってたペリか?」
ジョーがその長い首を心配げに花応の背中から前に突き出した。
「『そんなこと』って何よ!」
花応が怒鳴りながら勢いよく上半身だけ振り返ると、
「痛いっ!」
「痛いペリ!」
その拍子にジョーの嘴に頭をぶつけてしまう。
「いたたた……ジョー、やってくれるわね……」
花応が自慢の吊り目を吊りに吊り上げて、少々赤くなったオデコを押さえながらジョーを睨みつける。
「何故こっちが悪いことになってるペリか?」
ジョーがやはり人間臭い動きでぶつけた嘴を羽で押さえた。
「うるさい! 水鳥の嘴が硬いのも! 急に友達が来るのも! 皆あんたのせいよ!」
「雪野様も、宗次郎殿も。何も初めて来る訳じゃないペリよ」
「それはそうだけど……勢いで断る間もなく来るのと、あらためて招待するのは別でしょ?」
花応は座り込んだまま今度は冷蔵庫の冷蔵部分の扉を開ける。
「そうだとしても、友達呼ぶくらいで大騒ぎしてるのは、花応殿だけペリよ」
「うるさい! ああ、やっぱ断ればよかった……」
下から見上げた冷蔵庫の中身。それを大して確認した様子も見せずに、花応はドアをもう一度閉めてしまう。
「何でさっきから、冷蔵庫を開けたり閉めたりしてるペリか?」
「友達を呼ぶってことは、もてなしをするってことでしょ? 何か出したらいいのかと思って……」
「ペリ。そんなに意識することないペリよ。普通にしてれば――」
「――ッ!」
ジョーの言葉を最後まで聞かず花応が勢いよく立ち上がった。
花応はジョーに背中を向けたままだ。
「ジョー……」
「何ペリか?」
「『普通』って何?」
花応はジョーに背中を向けたまま質問する。
「ペリ?」
ジョーは質問の意図が分からなかったのか首を捻った。
「普通だと……思ってたのよ……私は……」
「ペリ?」
声のトーンが一際低くなった花応。ジョーがその様子に心配げにもう一度長い首で花応の背中から覗き込む。
「よし! ジョー! 今日の放課後、買物に行くわよ!」
暗い口調で呟いた花応が一転して明るく立ち上がる。
「ペリ! 何か買うペリか?」
「日曜日にクラスメート呼んで一緒に遊ぶ! 普通よ! 普通にできるわよ! そうよ! できるはずよ! その為には先ず、何かこう盛り上げるパーティグッズか何か、仕入れる必要があるわ! だから買い出しに行くわよ!」
花応がどしどしと足音を鳴らしながら、自分に言い聞かせるように叫んでキッチンを出て行こうとする。
「別に普通にしてれば、いいと思うペリ……」
そんな花応の背中を見送り、ジョーがポツリと呟いた。