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一、科学の娘7

「つまんないこと、してるわね」

 毅然とした態度で、それでいて――

「はぁ? 千早ちはやさん。何ッスか? 遅刻寸前に駆け込んできて、優等生面ッスか?」

 そう、たった今まで走ってきたかのように赤く上気した顔で――千早と呼ばれた女子生徒は教室の中を睨みつける。 

「うるさいわね。実際遅刻してないんだから、いいでしょ。まあ、今は――」

 千早はもう一度輪になっていた生徒達を見回す。その中では怯えた様子で女子生徒がはだけていたジャージの裾を何度も押さえていた。

「もっと、早く来てれば良かったって思ってるけど」

「私ら、遊んでやってただけだけど?」

 教室に入ってきた女子生徒に、ジャージの生徒をからかっていた生徒の一人が答える。

 答えた生徒に同意するかのように、他の生徒もニヤニヤ笑いながらその女子生徒を迎える。

「『遊んで』――ですって?」

 千早と呼ばれた生徒は、その人数に恐れも見せず女子生徒達の前に進み出た。

「千早? そんな名前だったんだ……目立つのよね。あの優等生さん」

 花応は千早の顔を見上げる。花応と違いためらいもなく問題に飛び込んで行ったクラスメート。気のせいか授業開始前の陽の光が、彼女を中心に照らされているように見える。

「ま、誰の名前も、あんまり分からないんだけど……」

 花応は喧噪の続きに目をやりながら一人呟く。何故か千早を直視し続けることができずに、視線を自然とその相手をする集団に移した。

「ん?」

 そんな花応はジャージの女子生徒と目が合った。

「――ッ!」

 女子生徒は殊更怯えた目で花応と目が合うや背けてしまう。

「何なのよ。失礼ね……そりゃ、かかわりたくないけど……」

「ほら、何を騒いでいる。授業始めるぞ」

 睨み合う女子生徒達の後ろから国語の教科書を持った教師が現れ、

「はぁい。授業授業。ほら、優等生さんも、席に着けば」

「ふん。私は別に優等生なんかじゃないわよ」

 互いに一言言い残して、騒ぎの輪の生徒はそれぞれの席に着いた。



「退屈な授業……」

 花応は窓際の席でため息を吐いた。

 視線は開けられた窓の外。己が歩いてきた道路を追っている。

 やっと通い慣れた通学路。それでもクラスと雰囲気にはまだ慣れない。

 授業は退屈だ。分からないからではない。分かり切っていることを説明されるだけだからだ。

 クラスメートにも慣れない。慣れ合わないからだ。

 ましてや今日の朝の騒ぎ。首が自然と窓の外を向いた。

 目を上に転じると、青い空が何処までも続く。

 朝から色々とあったしね……普通の授業が余計に退屈――

 朝からあった二つのこと。

「非科学な……」

 その一方の水鳥の騒ぎを思い出してしまったのか、花応は現実から目を背けるかのように窓の外の空から教室に目を戻した。

「……」

 見るとはなしに視線を泳がせると、もう一つの騒ぎの中心だった女子生徒で目が止まった。

「こっちも、非科学よ……しっかりと嫌だって言えばいいのに……」

 ジャージの生徒は教壇の方を見ていた。そして後ろの生徒に背中をペンで強めに突かれ、愛想笑いを浮かべながら振り返っていた。

 一人の方が気が楽じゃない……中途半端に構ってもらえて嬉しいものかしら――

 そんな女子生徒の様子に花応は眉を一つひそめると、机の上に視線を戻した。

「関係ないわ……えっと、うちの学校のジャージの生地は一般的なポリエステルで……」

 花応は授業には関係ない、それでいて科学的なことを呟く。意識して己の世界に入ろうとしているかのようだ。

 その手元では国語の教科書の余白に、次々と化学組成式が絵が描かれいく。

「何で、あの子だけがジャージペリか?」

「さあ? 朝からずぶ濡れになったとか言ってたけど」

「花応殿がそこら中で、今朝の魔法を使ったんじゃないペリか?」

「いくら私だって、ばかすかアルカリ金属放り投げないわよ」

「でも。あの時、敵の向こうに誰かいたペリよ。あの時かもペリよ」

「そう? 目がいいわね。てか、あれは魔法じゃないって――」

 花応はそこまで独り言を呟いて固まってしまう。ポリアセタールやポリカーボネートなど、ポリエステルに似た名前の化学組成式を教科書に埋めていた手がぴたりと止まる。

 そう、それはもはや独り言ではなかったからだ。

「――ッ! あなた!」

 花応が思わず声を荒らげた。イスを蹴飛ばすように立ち上がる。

 イスが音を立てて倒れ、授業に集中していた生徒の注目を一瞬で集めた。

 花応を含め全員の視線が窓の外に向けられる。

 開けられた窓一面を埋めるように、そこには人の背丈程のある水鳥がいた。

 片方の羽を人間の腕よろしく上げて、

「ペリ」

 不思議生命体ジョーが挨拶らしき仕草で暢気に応えた。

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