四、クラスメート 9
「さてと……俺の出番かな?」
狭苦しく暑苦しい四角く切り取られた部室らしき空間に、ノートを繰る軽快な音が鳴り響いた。
狭いのはここが校舎の一角だからだ。暑いのはどうやら中にいる人間の気合いのせいのようだ。
部屋の外には『新聞部』の掛け札がかけられていた。
「怪しい言動で、おかしな行動をするクラスメートっと……まあ、おかしな奴らばっかだがな……」
印刷され写真や、出力されたコピー用紙が机の上に雑多に放り出されている。狭い部屋をより狭くさせるガラス戸付きのロッカーが壁際に設置されていた。いくらへこみ汚れたそのロッカーの中には、乱雑にカメラやノートパソコン、アルバムなどが放り込まれている。
整理とか整頓ということには全く気が回らないようだ。実際カメラから垂れた首掛け用の紐が、ガラスの引き戸からはみ出てその戸が完全に閉じるのを邪魔していた。
そのロッカーを背に河中宗次郎は一人ノートを繰る。座っているのはパイプイスに長机。どちらもいざとなったら折り畳んで片付けられる簡素なものだ。宗次郎はそのパイプイスを前に傾け、長机の脇に己のカメラを置いてノートを開いていた。
宗次郎は慣れた手つきでそのノートをめくる。その表紙には取材ノートと記されていた。表紙の紙質はまだ新品同様しゃんとしているのに、その四隅は早くも擦り切れ汚れていた。購入してからすぐに酷使しているのだろう。
宗次郎は文字でびっしりと埋められたノートをめくり、書きかけのページを開いた。懐からシャープペンシルを取り出しそのまま書き連ね始めた。
「先ずは小金沢鉄次先輩。『あの事件の翌日、授業を怪我で欠席』と。それと千早雪野。『小金沢先輩の件を知らせに戻ると、クラスメートを全力ガン睨み中。優等生のイメージ台無し。相手はクラスメートの速水颯子』。その速水颯子っと――」
宗次郎はペンを休め、ページを繰りノートを前に戻す。
「『クラスでは軽い方。天草にちょっかい出すグループの一人。グループと言っても、速水は何処か冷めたように距離をとってるようにも見える』っと。流石、俺。しっかりとメモとってる。それと『所属の部活なし。だらだら放課後も遅くまで残ってることもあれば、さっさと帰ることもある。バイトをしてるとのもっぱらのウワサ』か……なるほど。バイト先を見つけてみるか……」
宗次郎はそう呟くと音を立ててノートを閉じた。
そのまま机の上に置いてあったカメラを取り上げて立ち上がろうとする。だが狭い部室では完全にイスを後ろに退いて立ち上がることができなかった。宗次郎は背中をイス越しにロッカーにぶつけないようにと、そっと体を斜めにして身を退いた。
「……」
宗次郎は斜めにした体から、まず脇に放り出した足下をふと見下ろす。
己が着ているのは制服のズボン。昼まで着ていたジャージから着替えたらしい。
宗次郎はじっと己の足先を見つめた。開いていた穴は塞がっていた。不格好にも丁寧に、破れた穴が縫い塞がれている。
「はいはい。ちゃんとメモっておきますよ」
宗次郎は誰が聞いている訳でもないのに、やれやれと言わんばかりに呟いた。シャープペンシルをあらためて持ち直し、もう一度座り直す。
「桐山花応。何だ? えっと……『メイドさんでもいそうな金持ちのくせに、自分で料理するらしく……意外にうまいっと。こんな褒め言葉、サービスだぞ――」
宗次郎はそこで一つペンで頭を掻いた。
「で、不器用そうなくせに意外に裁縫もできたりする。無愛想で通してたくせに、話してみれば意外によくしゃべる――」
宗次郎はペンをノートに戻すと、今度は空いた方の手で頭を掻いた。
「むしろ科学的なことは、しゃべり出したら止まらない。まあ、単なるバカ。そう、科学バカ。入学当初からほとんど他人と接触しないんで人間嫌いかと思えば、意外と友達にはべったりするところもある。ずっと澄ましてるのは黙って他人を見下してるからだと思ってたら、本人にも意外に間抜けなところがある』っと――何だ『意外』ばかりになっちまうな……」
宗次郎が頭を掻きながらノートを書き連ねて行く。
「意外と言えば……むしろ今は逆に、黙ってれば意外に……って、何言ったんだ、俺?」
そして宗次郎はそこまで呟くと、最後は両手で頭を掻きむしりながら勢いよく立ち上がった。
メモに夢中で部室の狭さを失念していたのか、
「痛ッ!」
宗次郎はイスごと背中のロッカーにぶつかりその勢いで前につんのめった。