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四、クラスメート 4

「なっ!」

 気配もなく己の背後をとり肩を叩いた女子生徒――速水颯子のささやいた言葉に、雪野は上ずった驚きの声を上げる。

「何よ? 二人ともどうしたのよ?」

 花応が眉間に皺を寄せて二人を見上げる。

 細い目を更に細めて笑みを浮かべる速水。その速水の言葉に己は言葉を失ったのか、驚きに顔を歪める雪野。二人はしばらくそのままの姿勢と視線で固まっていた。

 花応には速水がささやいた内容は聞こえなかったようだ。温度差がありながらも視線を互いから外そうとしない二人を、花応はただ単に不思議そうに交互に見る。

「あなた……まさか……」

「あは! どうしたッスか、千早さん?」

 ようやくまともに口を開いた雪野に、速水はやはり口ぶりも軽く応える。

「どうしたもこうしたもないわ……」

 雪野の目にようやく力が戻る。雪野は素早くその瞳を動かした。左右上下に機敏に視線を走らせ、雪野は昼休みも終わろうとする教室で突然話しかけてきた女子生徒を走査するように見つめた。

 だが続く言葉が出なかったのか、雪野は警戒に目を光らせながらそこまで口にすると無言で席を立つ。

「だからどうしたんスか? 千早さん、何かクラスメートを見る目が怖いッスよ」

「……」

 速水の何処までも軽い口調の問いに雪野は答えない。

「あなた、確か……天草さんを、からかってた人の中に居た娘よね……」

 黙ってしまった雪野に代わるかのように、花応がしげしげと速水を見上げて訊いた。

「あはは! 桐山さんってば、そんな遠回しのいい方しなくっていいッスよ! はっきり天草さんを〝いじめてた〟中の一人って言ってくれていいッスよ!」

 速水は教室中に聞こえるような大きな声で答えた。

 生徒達が授業の為に三々五々戻り始めていた教室。その教室が速水の不穏当な単語に一瞬でざわめく。皆の視線が速水と花応、雪野を取り囲むように集まった。

「な……」

 花応も言葉を失い反射的に天草の席に視線を向ける。無意識が働いたのか顔は動かさず目だけで盗み見るようにして、花応は天草の姿をそこに見つけた。

 天草は一人で自分の席にいた。速水の言葉が届き、一度身をすくませたのだろう。両肩を固く持ち上げるように縮こまり、緊張に身を強ばらせてゆっくりこっちを振り向いているところだった。

 天草は花応達の姿を見つけると逃げるように前に向き直った。

「あは! 天草さんは相変わらず挙動が不審ッスね。あんなんだから、いじめられるッスよ」

「ちょっと……えっと……」

 花応が女子生徒に向かって話しかけながら口ごもる。

「あれ? 桐山さんは、一発でクラスメートの名前を覚えくれない系な人ッスか?」

「あ、いや。ごめんなさい」

「あはは! 知ってたッスけどね!」

「な……」

「まあ、それ以前に。名前ぐらい最初から知ってて欲しかったッスけどね。人として、それぐらいはコミュニケーション能力持っといた方がいいんじゃないッスか? ま、いいッスよ。自分の名前は――」

「速水さん」

 雪野が天草が名乗る前にその名を呼んだ。平静を取り戻したのかその口ぶりにも相手を見つめる目にも、戦闘時のような力がこもっている。

「何ッスか、千早さん?」

 速水はそんな雪野に平然と応える。

「力が――なんですって?」

「……」

 挑むような雪野の視線を速水は無言で受け止める。

「さっきの話よ……どうしてわざわざ私の耳元にそんなこと〝ささやいて〟くれたの?」

「へっ? 何?」

 雪野がわざわざ力を入れて口にした言葉に、花応が素っ頓狂な声を上げる。

「ああ、針仕事――大変そうッスねと思ったッスよ。こう見えても裁縫得意ッスよ。手伝うッスか?」

「それなら、花応に言うべきじゃないかしら……私は見てただけよ……」

「そうだったッスか? 自分頭悪いんで、間違ったッスよ」

「……」

「……」

 二人は最後は黙って視線を飛ばし合う。雪野は元より笑っておらず、速水ももはや笑っているのは目の形だけだった。

「ちょっとあんたら……」

「ああ、桐山さん……どうッスか? 〝力が欲しくない〟ッスか?」

「な……」

 花応が速水の言葉に思わず言葉を詰まらす。

「いいえ……あなたの力は要らないわ……これは花応が好きでやってることよ……」

 雪野が席に座ったままの花応と、それを見下ろすように立つ速水の間に割り込んだ。

「なるほど……『好きでやってる』ことッスか……」

「そうよね、花応?」

「えっ? あ、うん……」

 己を背中にかばう形に隠した雪野。その背中に花応は戸惑いながらも答える。

「ふぅん。なるほどなるほど。あれが『好きで』やってるんッスね?」

 速水はそこまで口にすると教室の前のドアに振り向いた。

「おっ! 桐山! 千早! 聞いてくれ! ちょっと、取材してきたんだけどな――」

 その視線の先には慌てた様子の男子生徒がいた。下半身だけジャージに着替えた宗次郎が、息を切らしてドアから駆け込んでくるところだった。

「趣味悪いッスね。桐山さん」

 宗次郎の必死の様子を軽く笑うと、そのまま笑みを速水は花応に向けた。

「はぁ? そんな意味で『好きで』って言ったわけじゃ――」

 速水の笑みに花応が真っ赤になって反論しかけると、

「小金沢先輩が怪我で授業休んでるってよ!」

 宗次郎が走って近づいてくるや最後は勢いよく机に手を着いてそう告げた。

「えっ?」

「そんな……」

 花応と雪野の視線が走ってきた宗次郎に我知らず向いてしまう中――

「ふふ……」

 速水は一人ほくそ笑んだ。

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