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四、クラスメート 2

「ああ、腹立つ! 要らない恥かいたじゃない!」

 花応は数学の授業が終わり、教師が教室を去るや机に突っ伏した。怒りと恥ずかしさがないまぜになっているのだろう。真っ赤な顔を見られまいとしてか、花応は机の上で組んだ両手に顔を思い切りうずめた。

「あはは! ゴメンゴメン!」

 首もとまで真っ赤になっているのが分かる友人に、雪野は笑いながら近づいてくる。

「無愛想お嬢様と、完璧優等生が怒られたの図――いただきで」

 カメラのシャッター音とともに花応の背中がフラッシュの光に瞬いた。

「河中……何、勝手に撮ってんのよ……」

 花応は突っ伏したまま抗議の声を上げる。ショートカットの花応は、その真っ赤な首筋を友人達に惜しげもなくさらしていた。

うなじいただかれてるわよ、花応。よく似た字ね」

 その姿と状況に雪野がまた笑った。

「よく俺だと分かったな?」

 花応の言う通り勿論シャッターを切ったのは宗次郎だ。宗次郎は尚も花応にカメラを向ける。

「当たり前でしょ?」

「まさか、背中に目があるのか? 非科学だぞ、桐山」

「この教室で、遠慮会釈なくキセノン瞬かせる生徒に、あんた以外誰が居るってのよ?」

「うむ。そのフラッシュをわざわざキセノンとか言うモノの言い様。やっぱ桐山らしい。科学的だな。安心した。ではもう一度。項、頂きで」

 宗次郎が更にシャッターを切った。

「だから勝手に撮るなっての!」

 花応がやっと顔を上げた。長く突っ伏し続けたせいで、今度はオデコが圧迫されて赤くなっている。

 その花応を更なるフラッシュが襲う。

「ぐはっ! こら!」

 花応が反射的に手で目を覆う。

「あはは! 学習しなさいよ、花応!」

 雪野がお腹を抱えて笑った。その様子に周囲の注目が集まり出していた。花応と雪野が数学の教師に頭を叩かれた時のような、戸惑いと好機の視線が集まりひそひそとお互いに生徒達は話し出す。

「この……わざとキセノンたいてるでしょ?」

「まあな。この明るさで、本当はフラッシュなんて要らないしな」

「てか、教室でバカスカ写真撮っていいと思ってんの?」

 花応が眩しげに目を開けた。

「ふっ……こいつを着けていれば、大抵のことは言い訳が立つ」

 宗次郎が『こいつ』と左手で指差した先には、右手の上腕部に『PRESS』の腕章が巻かれていた。

「プレス――圧迫ね……」

 花応が圧迫で赤くなったオデコで呟くと、

「プレス――報道だ……」

 宗次郎が報道の使命に燃える目で応えた。

「どっちでもいいわよ――てか……」

 花応の視線が宗次郎の足下に移った。座ったままの花応は少し視線を下げるだけで宗次郎の足先が目に入ってくる。花応が見ていたのはそのズボンの裾のようだ。

「破れてんじゃない? 制服」

 花応が座ったまま身を折り、宗次郎のスボンの裾を覗き込む。

「おう」

「『おう』じゃないわよ。みっともないわね」

「そうね。そう言えば、ズボンに穴って昨日私が訊いたわね。アレで溶けた穴を想像して訊いたんだけど、何か破けた感じの穴ね」

 雪野も宗次郎の足下を覗き見る。

「ああ、アレか?」

「アレアレ言わないでよ。怪しいモノみたいじゃない」

 花応がむっと不機嫌に眉間に皺を寄せる。

「怪しいよな?」

「怪しいわね。普通は」

 そんな花応を気に留めず雪野と宗次郎はうなづき合った。

「ふん。で、穴違いだっての? あんたのは?」

「そうだろうな。俺のは慌てて生け垣に飛び込んだ時に破れた穴だからな」

 宗次郎がズボンの裾を持ち上げた。

「一応訊くけど……どうして『慌てて生け垣に飛び込んだ』のかしら?」

 雪野が意地悪げな視線を宗次郎に向けた。

「ふっ……スクープがあれば、何処にでも飛び込むぜ……これは、あれだ。昨日見せた写真撮った時のだよ。千早が壁をおっかない顔で睨みつけてたやつ」

「『おっかない』は、余計よ。あれ生け垣に飛び込んで、隠し撮りしたのね。気づかなかったとは、迂闊だったわ」

 雪野が足を軽く床に踏み鳴らした。どうやら悔しかったらしい。砕かれた自尊心から目をそらすかのように、雪野は顔ごとぷいっと横を向いた。

「縫わないの? 繕わないと、みっともないわよ」

 花応が宗次郎の顔を見上げる。

「母ちゃん忙しいしな。あっ、悪い桐山……」

「別に、そこは――気を遣ってもらうところじゃないわよ……」

 気まずげに口ごもった宗次郎に、花応も気まずげに応える。

「ああ、もう休憩終わりね。じゃあね、花応」

 休憩時間の終わりを告げる鐘が鳴った。雪野が一瞬流れた気まずい雰囲気を振り払うかのように、わざとらしく呟いて席を離れていく。

「俺も、戻るか。じゃあな、桐山」

 宗次郎も花応の席を離れようと身を翻す。

「待ちなさいよ」

 教室の前の方の宗次郎の席。背中を向けて歩き出した宗次郎の制服の裾を花応が掴んだ。

「何だよ?」

「繕いに使う糸は……その、ポリエステルで……」

 花応は何故か窓の外を向いて口を開いていた。

「だから何だよ?」

「だから……ウチの――桐山ケミカルとかで扱う材料なの……その、ミシン糸とかに、原料を供給してるのよ……」

「だから何だよ? 余計わかんねえよ」

「縫ってあげるって言ってんのよ……桐山の科学力で……昼休みにでも、ズボン貸しなさいよ……」

 花応は最後まで真っ直ぐ相手の顔を見ようとせずに、そうクラスメートに告げた。

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