四、クラスメート 1
「で、あのバカは、何で今日も遅刻なの?」
科学の力で非科学な敵を倒す高校一年生女子――桐山花応は朝から不機嫌だった。
最初の授業が始まる少し前、おおよその生徒が登校し終わった朝の教室。幾つのかの埋まらない席があることを、脇にカバンが架けられていない机が物語っていた。
花応はその主不在の机の一つを、自慢の吊り目で睨んでいた。生来の吊り目が中央により、その目尻をより吊り上げている。不機嫌そうだ。
「さあ? 本人に訊いたら? アレがいつも始業すれすれにやってくるのは、いくら花応でも知ってるでしょ?」
力を失っていてなお戦う魔法少女の友人――千早雪野はそんな花応に上機嫌に応える。
「……」
「知らなかったんだ? あんなに毎日、先生に怒鳴られながら入ってくるのに?」
雪野は花応の前の席に振り向いて座っていた。長くしなやかな髪を窓から朝日にさらし、柔和な笑みを友人に向けていた。イスに横座りして半ば投げ出されている両足は、校則通りの長さのスカートに覆われている。
「そんな男子がいるのは知ってる……」
花応が目を逸らした。
「それがアレだとは知らなかったと? ホント花応は他の生徒に興味がないのね?」
「うるさいわね……あんたがおかしいのよ」
「そう?」
「そうよ。何で襲ってくる生徒の名前を――」
「花応」
雪野は短くも鋭く友人の名を呼んだ。形としては目も口も笑っているが形だけだ。不穏当な言葉を口にした花応を、雪野は名を呼ぶだけで止めた。
「うっ……何でとことん、他の生徒の名前を知ってるのよ? クラスの娘はともかく、二年の男子まで知ってるなんて、変よ」
「あの先輩は元々有名人だしね。お金を鼻にかける嫌みな先輩。ちょっとした有名人だったわ。知らない花応の方がおかしいのよ」
雪野の固い表情は一瞬で崩れる。
「ふん。お金なんて、あっても鼻にかけることじゃないわよ」
「そうね」
ふふんと楽しそうにこの友人は花応の顔を見て笑う。
「何よ? 人の顔見てニヤニヤして。気持ち悪いわね」
「別に。花応を見てると本当にそうねと思っただけよ。まあ、時折金銭感覚が違うなって思うこともあるけど」
「ふん……ほら、先生くるわよ」
花応が照れたように今度は顔ごと視線をそらし、この話は終わりとばかりにカバンをまさぐった。
「ふむふむ……」
雪野が花応の言葉を無視し、その場に居座ってカバンを上から覗き込む。
「今度は、何よ?」
「いや、あいつ花応のカレー気に入ってたみたいだから」
雪野の視線は更にカバンの奥に注がれる。
「だから、何よ? てか、気に入ってた言うのアレ? 凄い勢いでかき込んでただけじゃない。味も気に入るも何も、ないじゃない。どんなけお腹空かしてんのよって感じだったわ」
「そう――あんなに一心不乱に手作り料理を食べてくれた男子!」
「はぁ?」
「そんな男子の姿についほだされて、今日はお弁当を二つ――作ってきたりなんかしちゃってると見た!」
雪野が花応の手を押し退けるようにカバンの中を覗き込む。
「はぁ!」
「勿論中身はカレー! カレー弁当!」
雪野が花応のカバンを楽しげにまさぐる。
「何言ってんのよ、あんたは! てか、カレーなんか弁当になんかするか!」
「するわよ」
「しないわよ!」
花応が雪野の手を掴んだ。カバンの中でうごめく友人の手を花応は必死で止めようとする。
「じゃあ、何弁当作ってきたのよ? 他にあいつが喜びそうなもの知ってんの?」
魔法少女の腕力と体躯を持つこの少女には、科学の娘を自称する友人の制止など関係ないようだ。花応の手を一緒に引き連れて、雪野はカバンをこれでもかと掻き回す。
「知るか! 作ってはきたけど、普通に自分の分だけに決まってるでしょ! そぼろに片栗粉でとろみをつけた――」
花応がこれ以上蹂躙されまいと両手で雪野の手を掴むと、
「桐山。千早。授業始まるんだが」
その頭が友人とともに教科書の表紙で叩かれた。
「あ……」
「え……」
花応と雪野が叩かれた頭上を恐る恐る見上げる。数学の教科書がイスに座る二人の上に振り上げられていた。そしてその下には呆れた様子の若い男子教諭の顔が見える。
「すいません……」
「ごめんなさい……」
花応がイスに座り直し、雪野が自分の席に飛んで帰る。
周囲からは戸惑うような笑い声が上がっていた。実際何人かは互いの顔を見合わし、ひそひそと話してから笑い声を上げている。怒られている内容も、二人の組み合わせも、他の生徒達には意外だったのだろう。
「はは! バカだな、お前ら! 授業始まってるっての! ねぇ、先生!」
新聞部のエースを自認する遅刻魔の男子生徒――河中宗次郎が、わざとらしい笑みを浮かべてドアから入ってきた。今日もどうやら遅刻らしい。明らかに教師が入ってきた後に宗次郎は教室に入ってくる。
「それは、お前に言うセリフだ」
教師の言葉とともに数学の教科書が宙を舞った。
「ぐはっ!」
宗次郎の顔を数学の教科書の角が襲い、
「ホント、バカばっかッスね」
女子生徒が一人――机に片肘を着いて小さく笑った。