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三、敵16

「で、まあ、何だ……お前らはいつもこんな感じに、ことあるごとにバタバタしてた――って訳だな」

 宗次郎が何度か軽く後ろを振り返りながら走り出す。花応と雪野が女子二人で先に歩き出していたからだ。

 宗次郎は小走りで駆け寄るとクラスメートの背中に呼びかける。

「そうよ。まあ、実際は三度目ぐらいだけど」

 雪野が答える。上機嫌のようだ。後ろ手に手を組み、軽く左右に体をリズミカルに揺らして前を行く。河川敷の小石散らばるその砂利の上を、雪野は苦にした様子も見せず歩いている。

「三度目ね」

「そう。一度目は天草さんとの中庭の件。二度目は今日の放課後、校舎裏で小金沢先輩と一回目の接触。それでこれが先輩と二度目の対決。全体として三度目って訳ね。全部花応が助けてくれたわ」

「ふん。どいつもこいつも、非科学でイヤになるわ。スライムになったり、金になったり、ペリカンがしゃべったり。私の科学的生活が散々よ」

 花応がやれやれと言わんばかりに鼻を鳴らした。戦いが終わり上機嫌な様子を隠そうとしない雪野とは正反対に、花応は殊更不機嫌さを表そうとしているようだ。

「ペリ。同列には並べないで欲しいペリ」

 ジョーは時折羽ばたきながら三人の後についてきていた。

「一緒よ。非科学なのは」

「ペリ……」

「あはは」

 花応にすげない態度を取られたジョーがしゅんとうつむく。その姿に雪野が屈託なく笑った。

「しかしお前ら、あっさりしてるな……」

 宗次郎がもう一度振り返る。そこには暗闇に一人小金沢が小さく取り残されていた。

 力をなくした金色の男子生徒。取り残された男子生徒は一人座り込んでいる。それを後ろに残して立ち去ることに、花応と雪野は頓着というものを見せない。宗次郎だけが何度も振り返っていた。

「女子は過去の男に囚われないものよ」

 花応が自慢げに鼻を鳴らす。

「いや、桐山……お前に、過去の男とかいるとは到底思えないがな……何処の雑誌の受け売りだ?」

「うるさいわね……雑誌の受け売りで悪かったわね……」

「言うに事欠いて『過去の男』だしな」

「うるさいってば……」

「花応もちょっと見栄を張りたかっただけなのよ……河中、察してあげて……」

 街路へと続くなだらかな斜面を登りながら雪野が振り返る。

「そうか……」

「そうよ……」

 雪野と宗次郎が真面目にうなづき合った。

「ちょっと場を和まそうと思っただけよ! こんなことで、見栄なんか張らないわよ! 真面目にフォローすんな!」

 花応が斜面に足をかける。だが怒りに身を任せたせいか、それとも単に運動神経の問題か、花応はそのまま踏ん張り切れずに足をずり下げてしまう。

「何やってんだ? ほら」

 宗次郎が花応に手を差し伸べた。

 宗次郎の振り返った向こうを、雪野が軽々と登っていく。斜面を素足で登っているとは思えない足運びの軽やかさだ。ジョーはむしろ歩くより飛ぶことで、この斜面をすいっと登っていく。

「むっ。別にちょっと滑っただけよ。大した坂じゃないじゃない。大丈夫」

「そうか? まあ、何て言うか――借りは早めに返しておこうと思ったんだがな」

「何よ『借り』って?」

 花応が宗次郎の手を無視して斜面を登り出す。少々身が重いような足を上げながら、それでも一人で登っていこうとする。

「いや、何……お前は俺のこと信じてくれたからな」

「何よ? 何かそんなことあったっけ? あっ――」

 だが暗い法面の足場。盛り土でできた道路へと続くこの人工の斜面は、元より登り易いとは言い難い。花応は暗闇に足をとられてよろけてしまう。

「ほら」

 バランスをとろうとしてか反射的に伸ばした花応の手を、宗次郎がとっさに掴んだ。

「もう! だからいいって……」

「いや、だからよ……お前は俺のこと、〝ささやかれた〟奴じゃないって、千早に言ってくれただろ? その礼だよ」

「何よ? ああ、アレ? あれは別に、科学的に考えた結果よ。科学的考察の結果よ」

「そうか?」

 宗次郎が花応の手を掴んだまま斜面を登り始める。

「そうよ……」

 花応は引かれるがままに、宗次郎の後を登っていく。引かれながらも抗おうとしたのか、上半身を後ろに残すように花応は身を一度逸らす。しかしそれも一瞬のこと。宗次郎に引かれるままに花応の足は一歩一歩前に出る。

「まあ、借りは借りだ……で、何で科学的に、信じてくれたんだ?」

「別に……あんたご飯食わせろって、洗面所に向かったじゃない……」

 斜面を登り切る少し前、花応は己の手の先を見つめながら答える。

「……」

 宗次郎は前を向いたまま、それでもしっかりと花応を引っぱり上げながら先を行く。

「言ったでしょ? うがい薬にはヨードが含まれてるって。私に言われるがままに、うがいをしたってことは、ヨードを口に含んだんだろうな――」

 花応の体が街灯の光か届くところまで引き上げられた。街灯の光は花応の首から下を、足下から徐々に浮かび上がらていく。

「平気な顔してるってことは、金色のあいつじゃないんだろうな――って……」

 立ち止まって二人を待っていた雪野が花応に向かってふふんと笑った。この魔法少女にはまだ闇に隠れる友人の表情が夜目にもよく見えるようだ。

「……」

 宗次郎がピタッと止まった。登り切ったからではなく、どうにも思考が停止しまったような固い仕草で立ち止まる。

「だから、河中はささやかれてないって――何よ……急に立ち止まらないでよ……」

「さあ! 手洗いして! うがいして! メシにしようぜ!」

 固まっていた宗次郎が急に花応を置いて走り出す。女子を一人残して走り出したにしては、声だけは爽やかに宗次郎は駆け出す。

「はぁ? ――ッ! ああ! 河中、ああああんた! あんた、結局あの時――うがいしなかったのね!」

「おう!」

「『おう』じゃないわよ! 私の科学的考察が! 全く無駄じゃない!」

 花応が慌てて宗次郎の後を追った。

「おう!」

「だから、何が『おう』よ! こら、待ちなさい!」

「あはは!」

「ペリ」

 雪野とジョーに笑われながら、宗次郎と花応はその前を走り抜けていく。

「待てってば!」

 真っ赤な顔をして宗次郎の後を追う花応。その花応の顔が追いかけ出す前から赤かったかどうかは――

「やっぱ、カレーにしようぜ!」

「知るか!」

「ふふん……」

 夜目にその頬の色を覗いていた雪野以外にはもう誰にも分からなかった。

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