三、敵15
雪野の放った閃光が夜の河川敷を一瞬昼のように変えた。花応と宗次郎が反射的に手で覆って目を閉じる。ジョーまでもが人間臭く羽で己の目を覆う。
「……」
その三人とは対照的に光を放った雪野自身は目を離さない。
「ああ! 何やってくれてんだよ!」
眩いまでの光が消える。光の中から現れたのは普通の体に戻った小金沢鉄次だ。人間離れした関節はなくなり、黒紫色に染まる普通の服と人間の肌を曝している。
「俺は特別だったのに! こんな力がもらえる程! どうしてくれんだよ? これじゃ普通じゃねえか!」
小金沢は上半身を起こす。お尻を河川敷に着いて己の手足を回した。
「普通で何が悪いんですか?」
雪野が魔法の杖をすっと降ろす。だが視線は真っ直ぐ小金沢を見据えたままだ。
「あぁん? 魔法少女さんに、そんなこと言われるとは心外だね」
「……」
「ちやほやされてんだろ? 他人より優れてて、内心ご自慢だろ? 隠す必要ねえよ」
「この力はそれこそ隠して生きてきました。ちやほやされたことなんてありませんよ」
雪野の目がすっと細められる。
「はん! これだけ派手にやってかよ? ウソつけ! 実際はすっきりしてんだろ? ああ! 自分より目立つ人間の力奪ってよ! 自分だけが特別に戻ってよ!」
「……」
雪野は答えない。あらためて握り直した魔法の杖を今度もやはりすっと上げる。
雪野は杖越しに尚も憎悪の目を向けてくる小金沢を見つめる。
小金沢は雪野の杖と目を何度もその視線で往復した。生身の体に戻ってしまった今、雪野の魔力の一振りに内心恐怖しているのだろう。
「ジョー、もういいわ……戻しておいて……」
雪野は静かに杖をジョーに差し向けた。
「ペリ……」
いまだ目を覆っていたジョーが、その羽を降ろし雪野の杖を嘴を拡げて呑み込んだ。
「雪野。いいの? その、記憶奪ったりしないの?」
花応が雪野の背中からその表情を窺い見る。
「『記憶』! 『奪う』? おいおい。アレか? 俺がやられたヤツか? できるからって、簡単に言うなよな。こっちの常識が狂うって」
宗次郎が呆れ顔で己の肩をカメラで叩いた。
「私だって、科学的に考えたいけどね。こいつの性格を考えるとね」
「まあ、確かに。逆恨みされそうだしな」
「けっ……」
小金沢が河川敷に唾を吐き捨てた。その為に横に向けた顔でじろりと雪野をねめつける。
「無理ね……先輩の性格と、この状況じゃ。天草さんと同じ結果になると思うわ。人の強い感情と経験が染み付いている記憶は、いくら私の魔力でもどうしようもないわ」
「俺やクラスの奴らはあっさり奪われてたな。そんなものなのか?」
「河中は当事者じゃなかったじゃない? まあ、私は自力で科学的に思い出したけどね」
花応が自慢げに胸を張った。
「そういう訳で、先輩。もうこれでよろしいですよね? 先輩は力をなくした。もうこれ以上私達にはかかわらない。勿論私達も殊更ことをぶり返すつもりはありません」
「この街で俺を怒らせたまま……済むと思ってんのかよ? 桐山はともかく、そっちの二人はよ……」
「お好きにどうぞ」
「おう!」
雪野が心底軽蔑の視線を返し、宗次郎が鼻を大きく鳴らして応えた。
「言いたきゃないけど……そんなことをしたら、私が今度は黙っちゃいないわよ……」
花応が小金沢を睨みつける。
「はは! 確かにそうだ! 桐山グループ相手に、流石に俺の金なんて無力だ! ちくしょう……バカにしやがって……」
「何処までも、惨めね……」
「ああん! 桐山! 親の力がなきゃ、ただの学生だってのは! 俺もてめえも、一緒だろうが! 調子こいてんじゃねぇぞ!」
「……」
花応が黙り込み、その横顔を雪野がこちらも黙ったまま覗き見た。
「何だよ? その通りだろは? ま、俺に言われたきゃないだろうけどな!」
「ふん……親なんていないわ……だから、桐山の力は私の力よ……あんたと違ってね……」
「はぁ?」
「……」
花応が嫌悪もあらわに顔をそらした。
「行きましょう、花応。ジョー、煙幕解いて! 河中、花応をお願いね」
雪野はそう告げるとこれで終わりと言わんばかりに身を勢いよく翻した。
「ペリ!」
ジョーが名を呼ばれた喜びにか、一つ飛び上がって応える。
「おう! て、何で俺が桐山のお守りなんだ?」
「そうよ。何で河中に、私をお願いされなきゃなんないのよ?」
早くも煙幕に向かって歩き出した雪野の後を、花応と宗次郎がそれぞれ不満を垂れながら追いかける。
「あら? もう河中も仲間でしょ? せっかく男手が手に入ったんだし、やっぱか弱い女子は守ってもらわないとね」
「誰がか弱い女子よ?」
「自分で河中に言ってたじゃない? それとも、何? ははん? 河中にだけ――そういうアピールがしたい訳?」
散り始めていた煙幕を払いのけながら、雪野は花応ににやけた笑みを向ける。
「なっ!」
「おいおい!」
「こっちは素足で窓から飛び出す逞しい魔法少女ですから。一人で大丈夫。でも、また今度こんなことがあったら――」
雪野が花応に振り向けた笑顔をおさめて、その向こうに座ったままの男子生徒を見つめる。
「……」
男子生徒は何処までも花応達の背中を睨みつけていた。
「私一人じゃ――守り切れないかもしれないしね……」
雪野はそう呟くと、ぷっと頬を膨らませている花応にもう一度笑ってみせた。