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三、敵9

 その場に居た全員が反射的に目をつむった。

「ちょっと……」

「この……」

 流石の雪野も不意を突かれたせいか目をつむって首を左右に激しく振り、男子生徒は痛みまで感じたようにとっさに手を目にやる。

 男子生徒の手の下の唇は屈辱に震えていた。瞼はつむりながらもその目は怒りに目尻がつり上がっている。

「ペリ!」

 ジョーがその白い羽先で両の目を覆った。驚きの表れか嘴を大きく開く。

「ジョーッ!」

「――ッ! モガッ! モガモガモガガガガガ……」

 そのジョーの嘴に走り込んできた花応が、その勢いのままに手を突っ込んだ。花応はジョーに抗議するいとまも与えず、その手を喉の奥に差し入れていく。

「我慢なさい! 昼間のアレを……」

 花応はジョーの喉の奥で何か探し物をするかのように上下左右に動かし、

「モガモガモガモガモガ……」

 その度にジョーが苦しげに呻いた。

「あった!」

「てめえ!」

 男子生徒が怒りに震えながら、ようやく手を下ろして薄目を開ける。

 男子生徒の目の前でジョーの喉に手を突っ込んでいた花応。その背中が男子生徒の前で揺れる。

 残光に目を眩まされながらもその様子は分かるのだろう。男子生徒は花応の背中を掴まんと右手を伸ばした。

「花応!」

「桐山!」

 雪野がその手をとっさに左手で掴んで阻止し、宗次郎が走り込んできて花応の身を引いた。

「邪魔すんな!」

「あんたの相手は私よ!」

 己の手を掴んだ雪野に男子生徒は金の歯を剥いて威嚇する。対する雪野が向けたのはこちらも怒りをあらわに剥いた目だ。

「キャッ!」

「おわっ! 何だ? 桐山! お前、何してんだ?」

 宗次郎にその身を強引に引かれた花応は手に持ったビーカーから液体をこぼしてしまう。ビーカーからこぼれ落ちた液体は花応と宗次郎の足の間に落ち、ジュという音を立てた。宗次郎は思わず熱した鉄板の上に乗ってしまったようにその場で一、二度飛び跳ねる。

「危ないわね、河中! 急に何すんのよ?」

「それは全部こっちの台詞だ! 危ないだろ? 何してんだ? これ――酸か……」

 宗次郎はあらためて花応の両肩を後ろから掴んで、男子生徒と距離をとらせようとその身を後ろに退いた。

 そして宗次郎は河川敷の地面にできた黒いシミと花応の手元のビーカーを交互に見る。

「そうよ」

「『そうよ』って、お前!」

「それも只の酸じゃないわ! 王水って言う――昼間こいつをやっつける時に、作った特別な酸よ! 濃塩酸と、濃硝酸を――」

「自慢げに言うことか!」

「自慢に決まってんじゃない! 私は科学の娘だもの!」

「お前な!」

「ペリ……ゲフ……ペリ……」

 言い争いながら後ろに下がるの二人の後ろ、ジョーが咳き込みながら早足で逃げ込んでくる。

「離しな……」

「嫌よ……握りつぶしてあげるわ……」

 残されたのは雪野と男子生徒。正面に向き合い直った二人は、雪野が相手の手を掴んだまま睨み合いを始めていた。

 金の質量感を持つ男子生徒が、その男子としての腕力で雪野を振りほどかんと力を入れた。

 女子相応のか細い腕ながら、雪野は男子の腕力に力負けしていなかった。利き腕でもない左手でがっしりと掴み相手の腕を離そうとしない。

「はん! 少々人間離れしてるようだけどな! てめえに、俺をどうこうする力はねえよ!」

「な……」

 雪野が男子生徒の言葉に歯ぎしりで応えてしまう。実際状況は男子の言う通りだった。雪野は金の腕を押しとどめてはいるが、それを上回ることができていない。勿論流石の雪野にも握りつぶすなど論外に見えた。

「離して、雪野が危ないの! あいつは、雪野の手に余るわ! 私が科学的に倒さないと!」

「そうは言ってもな、桐山! お前は、普通の女子だろ!」

「私は科学の娘よ! ――ッ! て、てか……か、河中……」

「何だよ?」

「いつまで、その……だだだ、抱きついてんのよ……」

 花応が顔を真っ赤にして己の胸元に目を落とした。

 危険な場所から引き離した花応。それでも戻ろうとする体を抑える為に、宗次郎の両腕はいつの間にか背中から腕ごと花応の胸に回されていた。端から見れば只の抱擁のようになっている。

「あ? 悪い!」

 宗次郎は慌てたように両手を離した。

「雪野、そのままよ! 今、王水で――」

 花応が宗次郎の手の中から逃れるや、手に持ったビーカーを振ってみせる。

「――ッ! てめえら!」

 男子生徒が花応の言葉を背中で聞いて目を剥いた。男子は自ら雪野をとらえんと、つかまれていた手とは反対側の左手を伸ばす。

「く……」

 雪野は杖を持った右手でそれを打ち払おうとして避けられた。そして逆に右手は相手につかまれてしまう。

 男子生徒は続いて右の足を前に出し、雪野の足の間に差し入れた。体ごと密着するように前に出ると、そのまま刈るように足を内から外に払った。

「投げ技? そんな器用な――」

「ああ、そんな器用なことは、できないね!」

 男子生徒は不敵に金の顔を歪める。

「けどな! こんな器用なことは、できるんだよ!」

 男子生徒がそう叫ぶと、雪野につかまれていた右手がその部分から折れたようにぐにゃりと曲がる。折れた先の手首が雪野の左手を逆につかまえた。

「――ッ!」

 驚く雪野の足下で、男子生徒の右足がこちらも飴のようにぐにゃりと曲がった。弁慶の泣き所が反るように曲がり、雪野の足を絡み取って地面に足の裏を着けた。雪野の足に密着しながらも地面をとった男子生徒の右足は、雪野の左足から完全に自由を奪っていた。

 男子生徒の変化はそれに止まらない。己の右足でバランスの主導権を握ると、今度は左足も折り曲げながら雪野の右足を絡めとった。

「く……」

「お嬢様! お手をどうぞ!」

 男子生徒は雪野の右手をつかんでいた左手を、天を突くように突き上げた。雪野の体は更に男子生徒に密着し、その左手はやはり少女の腕を新しい関節で絡めとっていく。

「な……金の展性や延性の高さを利用して、自ら変形させているの……」

 その光景に花応が息を呑む。花応はビーカーを手に近づいてきたところで立ち止まった。

 花応が呆然と見つめる中、男子生徒は手足のありとあらゆるところを曲げて、雪野の体を正面から絡めとっていく。体すら腰とは違う位置で折れ曲がった。

 もはや人の摂理を無視したその体は、ありとあらゆるところが歪んで雪野を絡めとっている。

 だが男子生徒の体の中で一番歪んでいたのは、


「そのおかしな酸をつかってみろよ! こいつもただじゃ、済まねえけどな!」


 花応に見せつけたその笑みだった。

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