三、敵8
「うっとい! 言われなくってもな! 全員俺の敵だっての!」
花応と宗次郎をかばうように割って入った雪野。素足で魔法の杖を構えるこの少女に、金色の男子生徒はその重い金属の拳を繰り出してくる。
「――ッ!」
雪野は両手で構えた杖でその攻撃を受け止めた。やはり金属の質量感を持ちながら、それでいて人のしなやかな動きで襲いくる敵の攻撃。その衝撃で杖がたわみ、振動が雪野の両腕まで伝わり震えさせた。
「ふん! あんたの弱点なんて分かってるわ! ジョー――」
雪野の背後にかばわれた花応が、その名を呼んで男子生徒の向こうに転がるジョーに手を差し向けた。
「って、死んでるし!」
だがジョーは煙の壁に頭からぶつかったらしい。羽と足を投げ出し長い首をだらりとさせてピクリとも動かない。
「いや、桐山。流石に、まだ死んでないだろ」
同じく雪野の背中で守られている宗次郎が呆れたように花応を見た。
「どっちでも一緒よ! 肝心な時に、役に立たないわね! あの鳥は!」
「お前のペットらしいな」
「私のじゃないっての!」
「花応! そのまま後ろにいなさい! 河中! 花応を頼んだわよ!」
「おう!」
「何言ってんのよ? 防戦一方じゃない! 何とかあの鳥、起こして――」
「るっせぇ! 俺を無視して勝手にしゃべるな! 俺はそんな扱い受けていい人間じゃねんだよ!」
男子生徒は最後に両の拳を組み、上からの一撃を雪野に放った。そんな大振りの攻撃を雪野は背後に居る二人を守らんとしてか、その場から逃げずに魔法の杖で受け止めた。
「く……」
その重みに雪野は思わず目を剥いてこらえる。
「俺は特別なんだよ!」
そして一度攻撃の手を止めるや、男子生徒は金色の拳を見せつけるように挙げて言い放つ。
「俺が持っていないモノを持ってる奴も! 俺の上を行く奴も! 俺を軽んじる奴らも!」
雪野、花応、宗次郎に次々と憎悪に燃える目を男子生徒は向ける。金と化し、人間的な光を失っていながら、その悪意に歪む瞼は充分に男子生徒の感情を表していた。
「俺をバカにする奴は! 全員ぶっ飛ばしてやる!」
「何なのよ、雪野? 何でこいつ、こんなに人を逆恨みする訳?」
「知らないわよ。私が魔法少女なのも、花応が常識外れに資産家なのも、河中が成金呼ばわりしたのも、全部気に入らないんでしょ?」
「リアルに金に成ってじゃねえか! まさに成金! 俺は真実を指摘したまでだ!」
「うるせえ! 俺をバカにするなって言ってんだ! 俺はお前らとは違うんだよ!」
「河中! わざわざ、相手怒らせてんじゃないわよ!」
花応がまたもや宗次郎の足を踏んだ。
「痛っ! 桐山! てめえ、人の足を何だと思ってやがる!」
「ふん! あんたが、空気読まないからでしょ?」
「『違う』から――って、やってたことは食堂の席の独り占めじゃないですか?」
雪野が二人の喧噪を背にあらためて魔法の杖を構え直した。その杖の先を己の言葉ともに、相手の鼻先に突きつけた。
「あぁん……」
「何、こいつ? あん時の男子なの? ちょっと注意されただけで、キレてたあの――」
「あん! 『キレてたあの』――何だ? 言ってみろよ!」
「キレてたあのバカよ!」
花応がその自慢の吊り目を更に鋭くして言い放つ。
「てめえ! バカにするなって言ってんだろ!」
男子生徒の怒りは頂点に達したようだ。憎悪に歪みたわむ金属の瞼を痙攣までさせて、男子は己の金の歯を剥いてみせた。
「桐山。俺、お前の足。踏み返していいか?」
「何で?」
「いや、いい……」
「ペリ……」
男子生徒の向こうでジョーがようやくその首を起こした。長い首を立ち上げその大きな嘴を左右に振った。意識をはっきりとさせようとしたのだろう。嘴の下にぶら下がる袋を音を立てて揺さぶりながら首を振り終えると、ジョーは目を何度かしばたたかせた。
「ジョーッ! きなさい!」
花応がその様子に気づいて手を伸ばす。
「ペリッ!」
「ちっ! あの鳥か――」
男子生徒が反射的に身を翻した。ジョーが羽を広げ軽く羽ばたかせているところだった。
「鳥! 大人しくしてろ!」
「余所見? 余裕ね!」
雪野が一瞬の隙を突く。振り返って大声を上げる男子生徒の首筋。無防備に曝されたそこに、立て一本の残光しか残らないような杖の素早い一撃を打ち込んだ。雪野の渾身の一撃は、杖を男子生徒の首筋にへこみを入れて食い込ませる。
「ああ、余裕だね!」
だが雪野の鋭い一撃を首筋に見舞われながらも、男子生徒はむしろめり込んで抜けなくなった杖を己の左で掴んだ。
「なっ!」
「ダメよ、雪野! 金は展性も延性もいいって言ったでしょ! 叩いても無駄! 柔らかく延びるだけよ!」
「おう、痛くも何ともねえしな!」
男子生徒は掴んだ杖を強引に引っ張った。己の体から杖を引き抜き、雪野の体を引き要せる。
「く……」
「雪野様!」
ジョーが羽ばたきながら、低空を這うようにその横をすり抜けようとする。
「させるかよ! 昼間みたいなやっかいな液体! もう、ゴメンでね!」
男子生徒は雪野の杖を左手で掴みながらも、己の目の前をすり抜けようとするジョーに右手を伸ばした。雪野と男子生徒、そしてジョーの三者が交差する。雪野は男子生徒に引っ張られてバランスを崩しており、ジョーはそのか細い首筋を今まさに金の腕で掴まれようとしていた。
「河中!」
その瞬間宗次郎の名を呼ぶと、花応は雪野の背中から飛び出した。恐怖の為か、勇気を振り絞る為にか、花応の目は何も見まいとするかのように固くつむられていた。
「キセノン!」
いや花応はもっと科学的な理由で目をつむっていたらしい。
「おう!」
宗次郎が花応の声に応えると右手を反射的にはね上げた。
「く……」
「きゃっ!」
「ペリッ!」
その場に居た全員が――固く目をつむっていた花応を除く全員が、宗次郎が闇夜に突如たいたカメラのフラッシュに目を眩まされ動きを止めた。