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三、敵7

「何だ……」

 金の拳を振り上げた男子生徒は、水の噴き上がる音に思わずその手を止めた。

「……」

 眼前で止まった金の拳。それにようやく一度目を移してから、雪野は更に視線を己がきた方に向けた。

 聞こえてきたのは怒鳴り合う男女の声だ。

「何だアレ? 何で爆発してんだよ!」

「アルカリ金属よ。水と激しく反応するの。普通に科学的反応の結果よ。驚くことないわ」

「アホ! 俺が言いたいのは、何であんな危険なもの、ぜえ、はあ……俺に投げさせたのか――て、とこだよ!」

「いやね! 私があんな遠くから投げて、はあ……届く訳ないじゃない!」

 声の主は走りながら言い合っているらしい。時に荒々しい息を混ぜながら、互いに大声を出し合っていた。

「花応……河中……」

 雪野が声の主を聞き分けて、その名を思わず呟く。

「せめて、言えよ! 危険物だって!」

「大丈夫よ、私の管理下なら。私、甲種の危険物取扱者免許持ってるもの」

「正真正銘! 本物の危険物かよ!」

 薄やみの向こうに男女二人の人影が現れた。

 勿論現れたのは桐山花応と河中宗次郎。二人は紅潮し切った顔で闇の向こうから走ってくる。

「正確には第3類危険物よ。指定数量は五十キログラム。第2種自然発火性物質で、危険等級は――」

「『危険等級』とか何だ! 危険〝投球〟したのは、むしろ俺だよ! いや、待て! 色々突っ込ませろ! 何でそんな免許持ってる? 何でなんでそんなブツが、普段着のポケットに収まってる? それに一体こいつは――」

 腰辺りまでたまり出していた円形状の煙幕の煙。その前で立ち止まり、宗次郎は煙の中心に向かって思い切り指を指した。

「この全身金ぴかは何だ! 成金か? 趣味悪い!」

 雪野の上にのしかかったままの金の男子生徒。宗次郎は薄やみの中でも光るその体を真っ直ぐ指差す。

「あぁん……」

 男子生徒は怒りに顔を歪めながら雪野の上から状態を起こした。花応と宗次郎の方に向き直り、歪めた顔をこれでもかと見せつける。

「この!」

 雪野は相手の注意が離れた隙に襟首を掴まれていた手を振り払った。

 同時に腰を丸めて足裏を男子生徒に向けると、そのまま相手の腰に蹴り入れて己の体を跳ね上げる。雪野は体を斜めによじりながら男子の下から抜け出した。

「けっ!」

「花応! 河中!」

 雪野は素早く立ち上がり、服に着いた砂を払いながら追いついた二人の名を呼んだ。

「何、先走ってやられてんのよ?」

「別に、やられてないわよ。ちょっと、不利になってただけよ」

「それをやられてるって言うんでしょ?」

 名を呼ばれた花応は腰辺りまでしかたまっていない煙幕に手をかけた。そのまま身を傾けると片足を上げて引っかけ、躊躇いもなく乗り越えようとする。

「コレ、アレか? ささやかれた奴か? うお、何だこの煙! かてぇ!」

 宗次郎も煙に恐る恐る手を添える。そしてその強度が分かると勢いよく手を突いて乗り越えた。花応よりも後に煙に手を着いた宗次郎が先に内側に着地する。

「桐山、遅いぞ。何やってんだ?」

 宗次郎はそのまま後ろを振り返る。見れば花応はようやく煙の上に抱きつくように登ったところだった。

「うるさいわね。こっちはか弱い女子なの」

「『か弱い』? 『女子』?」

「ムカつく! 『か弱い』はともかく、『女子』にまで疑問符つきで聞き返すな!」

 花応は最後は乱暴に煙の内側に着地した。降りてきた勢いで宗次郎の足を踏む真似までしてみせる。

「はっ! そっちから、やられにくるなんてな」

 金の男子生徒は不敵な笑みを浮かべて、二人が乱入してくるのするに任せて待ち構える。

「いいぜ! 全員ぶっ飛ばしてやる! いけ好かない魔法少女様も! 鬱陶しい金持ちお嬢様も! 人のこと成金呼ばわりする――うわっ!」

 男子生徒の憎まれ口は突如瞬いた閃光に阻まれた。

「とりあえず、一枚」

 相手の話を最後まで聞かず、宗次郎はポケットから取り出したカメラのフラッシュをたいていた。

「なっ! びっくりするでしょ、河中! 撮るなら撮るって言いなさいよ!」

 花応が思わず右腕を前に出して己の目を抑える。

「俺がおかしな被写体を見つけたら、そりゃ言う必要もなく撮るだろ」

「てか、もう! 残光で前が見えない!」

「夜中の撮影なら、フラッシュも当たり前!」

「偉そうに、何を言ってんのよ!」

 己の苦情にむしろを胸を張る宗次郎に、花応は今度こそ本当にその足を踏みつけた。

「痛っ!」

「てめえら! 俺をバカにしてんのか!」

 半ば無視された男子生徒は、怒りをバネにしたようにその金属の体で前に出た。重厚な空気を切る音を従えて、拳を振り上げるや花応に襲いかかってくる。

「――ッ!」

 驚きに反射的に身を固めてしまう花応。

「桐山!」

 宗次郎がその前にとっさに割って入った。背中に花応をかばうように立ち、金属の拳の攻撃を防がんと両手を構えた。

「河中?」

「隠れてろ!」

「お前からか!」

 その宗次郎に男子生徒が拳を振り下ろす。

「いいえ、あなたの敵は――」

 襲いかかる男子生徒よりも早く、花応をかばう宗次郎よりも更に前に割って入ったのは、

「私よ」

 その金の拳を魔法の杖で受け止めた雪野だった。

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