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三、敵6

「慣れたきたからな――全身が金でも、今度は話せるぜ」

 男子生徒は顔をも金属と化し威嚇に牙を剥くように歯を剥いてみせる。両手の指もわざとらしく曲げ、まるで具現化した何かかそこにあるかのように虚空を掴む。いやその何かは欲望そのものかもしれない。かぎ爪の形に曲がった指は男子生徒の歪んだ心のままに力が入れられる。

「何よ。そんなの只の総金歯じゃない」

 雪野はじりっと足を半歩後ろに引き、油断なく身構えながら相手の剥いた口元に挑発の笑みを向ける。

 ベランダから飛び降りた雪野は素足だった。それでも雪野はそれが気にならないらしい。むしろ大地を味方にせんとか、その足指をぐっと曲げて地面を掴まんばかりに力を入れている。

「あぁん?」

「それとも何? お金持ち自慢の為に、そこは最初から総金歯? 趣味悪い」

「な……」

「ちょっとした有名人ですからね、先輩は。お金持ち自慢のちょっと――距離をとりたいメンドクサイ人だって聞いてますよ」

「バカにしてんのか!」

 男子生徒は金と化した右の拳を振り上げる。

 金属の質量を持ったそれが、人の拳の動きでしなやかに雪野に襲いかかる。

「ここじゃあ――ね!」

 雪野が拳を右にかわしそのまま横に跳んだ。緩やかなノリ面を滑るように着地し、そのまま川縁へと降りていく。

 その河川敷は人びとの憩いの場として整備されていた。土が踏み固められランニングコースが真っ直ぐ通っており、その両脇も芝生が生い茂りベンチが並んで用意されている。

「きなさい!」

 今は日も落ちそこに憩う人は居ない。雪野は戦いの場をこの開けた人の居ない場所に選んだようだ。

 雪野は水流を背にもう一度魔法の杖を構え直す。せせらぎを束ねたような、軽やかではあるが勢いのある水流の音。それはまるで雪野の心音に同調したかのようだ。軽やかに勢いよく。雪野の心臓が全身に血をめぐらせる。その証拠に雪野の頬が一気に紅潮した。

「待ちやがれ!」

 男子生徒が雪野の後を追って河川敷に滑り降りてきた。こちらは何処までも荒々しい。金属の質量で地面を揺らしながら、男子は雪野の前まで駆け降りてくる。

「ジョーッ! 煙幕よ!」

「ペリッ!」

 雪野にその名を呼ばれたジョーが、小さく羽ばたきながら飛んでくる。途中で男子生徒を追い抜く形になったジョーは、軽く横目で睨まれ慌てたように翼を更に羽ばたかせた。

 ジョーは最後は雪野の後ろに隠れるように着地し、半ばその足にしがみつきながら嘴を開いた。そこら質量を持ったような白煙が吐き出される。

「昼間のおかしな煙か? いいね! 邪魔は誰にもさせないってか?」

 早くも薄く積もり始めた白煙を踏みつけ、男子生徒がジョーの結界の中に踏み込んでくる。踏みつけられた白煙は、そこだけスニーカーの足の裏の形にへこみ跡がついた。

「まあ、煙がたまり切る前に――瞬殺してやるけどよ!」

 男子生徒は走ってきた勢いのままに右の拳を打ち込んできた。

「く……」

 雪野が魔法の杖でその拳を受け止める。重い一撃がずんという響きを上げて両の手で構えた杖越しに雪野の腕をふるわせる。

「効くだろ? 俺の力はよ!」

「この……」

「重いだろ? 俺の拳はよ!」

「ぐ……」

「てめえらに、バカにされるような俺じゃねえんだよ! 俺より上の奴がいていいわけねえんだよ! 特別の力を持った奴とか! 段違いのお金持ちのお嬢様とかよ!」

 男子生徒は左右の拳を次々と繰り出す。雪野はその攻撃を細い長い杖で正確に待ち構えて防いだ。

「おいおい、防戦一方じゃねえか! 面白くねえだろ!」

「……」

 だが男子生徒の言葉通り防ぐのが精一杯のようだ。素足の足裏がじりじりと攻撃を受ける度に後ろに下がり、雪野の身が退いていく。

「ペリ……」

 ジョーが少しでも力になろうとしたのか、煙を吐き出しながらも雪野の身を両の羽で支えようとする。

「つまんねえ! もっと盛り上げてやるよ!」

 男子生徒の攻撃の矛先が変わった。男子はやはり金と化した右足をはね上げ、ジョーの脇腹にそのつま先を蹴り入れる。

「ペリッ!」

 ジョーが体をくの字に曲げてあっさりと後ろに弾き跳ばされた。

「ジョーッ!」

 雪野が思わずそちらに首ごと目を向けてしまう。ジョーは地面に激突して転がり、自らが作り出した煙幕の壁でようやく止まる。

「ジョー! 大丈夫――」

「おいおい! 余所見かよ!」

「――ッ!」

 雪野の体が不意に宙に浮く。そのまま腰を中心に反転し脇腹から地面へと落ちた。

 ジョーに蹴り出した男子生徒の右足。それがその雪野の膝の裏に回されていた。金属の質量を持つそれに払われ、雪野は重心をあっさりと失った。

「いたぶってやるよ!」

 男子生徒はそのまま雪野の上に馬乗りにまたがってくる。男子は金の左手で雪野の襟首を乱暴に掴んだ。

「く……」

 雪野が思わず唸り、男子の顔を見上げた。その上空を何かが煌めきながら弧を描いて飛んでいく。

「ガラス――」

 闇夜に放物線を描くそれ。その煌めきが遠くの街灯を僅かに受けて輝くガラスだと、雪野は夜目にも見抜く。雪野は何故自分が男子生徒よりもそちらに気をとられたのか自分でも分からなかったのだろう。答えを求めるかのように、そのガラスの煌めきを目で追った。

「なっ? この期に及んで、シカトかよ!」

 雪野の上にのしかかった男子生徒。だが追い詰めたはずの相手の視線の動きを見て、男子は怒りに震えながら掴み右の拳を振り上げた。

 金属の拳が硬く、そして固く握られ振り下ろされた。

 その瞬間――


「アルカリ金属!」


 少女の叫びとともに轟音を響かせて川面が爆発した。

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